6.
「――で、どうして公園なんだよ」
僕たちは城址公園の砂利道を列を成して歩いていた。先頭に
ときは放課後。学校から直接徒歩で来たため、みな制服のままだ。傍から見れば遠足か修学旅行に来た学生グループのようにも映るかもしれない。
*
「いやあ。僕もね、はじめは高校の中で済ませるつもりだったんだよ」
歩みを進めつつ、僕は背後の布津の問いに返答する。
じゃっじゃっと踏み鳴らされた砂利が足元で小気味よい音を立てていた。
城址公園は曲がりくねった道が網目状に張り巡らされている。園内は生け垣と松林に覆われ、遠くの端までを見通すことはできない。
*
「なら、それがどうしてこうなった」
「それはまあ……、成り行きかな」
「お前なあ」
「まあまあ。そう言っていつも付き合ってくれてるじゃないか」
僕はやや歩調を緩めて布津の隣に並ぶ。
同意を求めて笑いかけると、布津はやれやれと肩をすくめた。
「……はあ。だがよ、なんで俺がカメラ持たされてるんだよ」そう言った布津の手元には
「だって、撮影係は必要じゃない?」
「お前が受けた相談だろうよ、もとはと言えば」
「そう言わずにさ、あのとき相談の場に居合わせた仲じゃないか」
「そりゃあそうだが」
「だからさ布津、ひとつ頼むよ」
「むう」
布津は一言唸って、いっそう顔をしかめた。
*
心霊写真を撮る。僕のその提案に、須奧さんは意外にも二つ返事で応じた。そればかりか、どこか憂鬱そうだったその表情にぱっと期待が満ちたふうさえあった。
では早速実行に移ろうという段に至り、撮影は当然それらしい由来やいわくのある場所で行うのが
「それじゃあ――、まずは学校の中を回って撮ってみようかと思うんだけど、須奧さんはそれでいいのだよね?」
「うん、もちろん!」
須奧さんは笑顔で快諾した。
斯くして、心霊写真撮影実験の続行が決定された。
*
偶然にも先月の〝学校の怪談〟騒動の際、校内の怪異関係の要所はあらかた確認してある。撮影場所の選定にはおよそ不自由しない。
その日の授業後。教室でぼうっとしていた布津を誘い出し、保健室から戻ってきた須奧さんと――そして気づけば随行していた言鳥と――を伴い、僕たちはいざ撮影に向かった。
取りまとめたばかりの校内怪異リストを携え、ひと月前に巡った箇所を順にたどるのみ。然して時間もかからないだろうという見積もりだった。
*
が、しかし本当に短時間で終えてしまったので逆に困った。
何しろ結果が出ていない。写真に霊が写ることもなければ、先月のように騒動に行き遭うこともなかった。ただ学校を一周して戻ってきてしまった。
またもや行き詰まっていた僕たちだったが、状況を打開したのはそれまで黙々と被写体に徹していた須奧さんだった。
「えっと。
「公園……って、隣の城址公園のこと?」
「うん。私、撮影にいい場所を知ってるかも」
*
城址公園は道路を挟み高校に向かい合って所在している。僕も毎日登下校の際は城址公園横の並木道を通学路として利用しているのだが、園内を意識して散策したことはなかった。須奧さんによれば、この公園には市内でも有名な心霊スポットがあるのだという。
「暮樫君、こっちだよ、こっち!」
るんるんという擬音を発しそうな調子で手を振る須奧さん。
須奧さんは学校の中にいたときと打って変わって明るく生き生きとしていた。先を行く彼女は時おり言鳥にも何か話しかけているようだったが、言鳥のほうは始終鬱陶しそうにしていた。
*
石畳の小路をいくらか抜けた池の前で、須奧さんは足を止めた。こじんまりとした池の淵では、石灯籠や松の植木が並んで和の風情を醸し出している。
「撮影にいい場所って、ここ?」
僕は須奧さんに訊ねる。
「うん。ここの池の辺りはね、幽霊の目撃情報があるって地元の観光雑誌とかネットの書き込みで知られていてね」
池を見つめながら須奧さんは言う。
「昔、ここにはお城の御殿があったらしいのだけど、仕えていたお侍の亡霊が鎧武者の格好で今も出ることがあるって云って――」
「それは私が倒しました」
須奧さんの話に割り込んで、言鳥が言った。
「――で、その武者の霊が夜な夜なって――え?」
「ですから、その武者の亡霊は私が先月斬り倒しました」
ので、今はいません――と言鳥は淡々と付言した。
「そう、なんだ……」
「何か?」
じっとりとした眼差しで須奧さんと対峙する言鳥は、上級生相手にもかかわらず不遜な態度を崩そうとはしなかった。
*
「あの、ええと……」
と、一瞬たじろいだ須奧さんであったが、すぐに何か思いついたらしく、
「あっ、そう! あのね! 街中のスクランブル交差点に正体不明の黒い影が立つことがあるらしいのだけど――」
「それも私が倒しました」
「ええっ……」
「その交差点の影も私が同じく先月叩き倒しました。何度も言わせないでください」
「うぅ……」
須奧さんが見る間に自信を喪失していくのが分かった。
*
「じゃ、じゃあね、大橋のたもとに女性の怨念が妖怪のかたちとなって……」
「ああ。それも私が威嚇したら隠れていったので、おそらく当面は出てこないかと」
「そんな……」
須奧さんはがくっと肩を落とした。
「え? うん、ありがとう
須奧さんが幾度目かの懺悔モードに入ってしまったのを見て、僕もまた行動の指針を失う。沈黙が僕たちの間を流れていた。どうしたものか思う。
言鳥は何故か勝ち誇ったように得意げな顔をしていた。
*
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