7.



 翌日、木曜日の昼休み。

 僕たちは再び保健室に集まっていた。


 今回は行き違いのないよう、前以て須奧すおうさんとも互いの予定を確認済みだ。

 やはり問題の解決のためには何より相談者自身と誠実に向き合うのが最短距離セオリーだろうという常道の初歩に立ち返った結果である。


 そしてコミュニケーション不全に陥るのを避けるべく、今日は布津ふつにもあらかじめ同伴してもらっていた。かつてなく、態勢は万全であると思われた。



                  *



暮樫くれがし君、昨日はごめんね。私のせいで……って、私、なんか謝ってばっかりだね、えへへ……」


 居心地悪そうに、須奧さんは笑う。彼女は前日と同じベッドの端に、同じように腰かけていた。僕と布津はベッドの前に小椅子を置き、それぞれ須奧さんと向かい合っている(ちなみに、今日も保健室に須奧さん以外の人はないようだった。学校の保健室として十全に機能しているのか少なからぬ不安が残る)。



                  *



「こちらこそ申し訳なかったよ。僕の妹が余計なことしたみたいで」


 昨日は結局、言鳥ことりとやり合っているうちに須奧さんが塞ぎ込んでしまって状況が膠着し、それで何となく空気が気まずくなったことも手伝い、そのまま学校に戻って解散となったのだった。


「あの、それでね。今日は見てほしいものがあって……」


 と、須奧さんはベッド脇に寄せてあった学生カバンから折りたたまれた何かを取り出す。そこで彼女が広げて見せたのは――、


「これは……地図?」

「うん。市内の心霊スポットマップだよ」


 差し出された一枚紙を受け取ると、それは僕たちの高校がある街を表した地図だった。ところどころに赤く×印が書き込まれている。話の流れから察するに、おそらくはこの印の箇所が心霊スポットなのだろう。


「これは、どうして?」

「えっとね。洞ノ木どうのき君に心霊写真撮影の話をしたら、用意してくれて……」

「洞ノ木君が?」

「う、うん……えっと、その……」


 僕の問いに、須奧さんはきまりが悪そうに言い澱んで目を逸らした。



                  *



 洞ノ木君たちが須奧さんに協力的なのは納得できる。そもそも僕と須奧さんを引き合わせたのも彼らなのだから。


 だが、それにしても昨日の今日だ。


 この地図はいったいどの時点で作成されたものなのだろう。それとも、元々これを渡す前提で、洞ノ木君は心霊写真撮影実験などというものを提案してきたのか。要領のよい彼ならあり得なくはないが……よく分からない。



                  *



「昨日は私も準備不足だったなって思って……だからね、暮樫君。今日の放課後、この地図を頼りにもっかい行ってみない?」

「う、うん。僕は構わないけど……」

「本当!? ありがとうね、暮樫君!」


 須奧さんは柔らかく顔をほころばせた。

 僕が心霊写真の話を持ち出してから、須奧さんは見るからに積極的になっていた。

 教室で縮こまっていたときの様子とは、明らかに差があった。


 何が彼女をそこまで駆り立てるのか――。その理由は今は窺い知れないが、当事者たる彼女が満足するというのであれば、僕はそれに従ってみようかと思う。



                  *



「でもよ、心霊スポットなら昨日須奧が結構な数を挙げていたと思ったが……この地図にあるのはそれ以外ってことか?」


 布津が訊ねる。


「うんっ、今度は間違いないはず! …………って、洞ノ木君が言ってたよ!」


 にこにこと答える須奧さんに「この街どんだけ心霊スポットあんだよ……」と悩ましげに目尻を押さえた布津だったが、


「はあ……。しゃあないな。じゃあ、どこから行くか決めてかないとな」


 不承不承ながらも参加の意を示した。



                  *



「やっぱり近場から押さえていくべきだろうかな?」と、僕。

「私は多少遠くても大丈夫だよっ」と、須奧さん。

「待て待て。こういうのはまずバス停の位置とかを調べてからだな……」と、布津。


 おのおの意見を交わしつつ、地図を中心に三人で膝を突き合わせる。


「あとね、これも洞ノ木君が言ってたのだけど……、心霊スポットを回るのなら妹さんも一緒に行ったらいいんじゃないかって」

「言鳥と……?」


 そういえば、以前にもそんなことを助言されたような……。

 そのとき――、


「それ、私もついて行くから」

「えっ――、あ、言鳥、いつのまに?」


 見ると、妹の言鳥が地図を覗き込む輪に加わっていた。まるで最初からそこの並びにいたかのように、平然と僕の傍らに陣取っている。


「いつって、今さっきだけど」

「全然気づかなかったよ……」

「兄さんが鈍感なだけでしょ」


 ……そうなのだろうか。

 否。妹が言うのだからそうなのだろう。そこに僕が疑問を持つ余地はない。

 いつもより妹の肩と顔が少し……いや、だいぶ近くにある気がするが、行動に支障がない限り、それも僕がいちいち口を挟むことではないのだ。



                  *





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