2.



「――という案配なんだけどね」


 三時限目が終わった直後、僕は布津ふつに話を振った。ともに須奧すおうさんからの相談の場に居合わせた者同士、その後何か気づいたこともあるのではと――そう思ったのだ。


「布津から見て須奧さんってさ、こう、どうなのかな」

「ああ、そうだな……」


 しかし、返ってくるのは生返事ばかりであった。


「人的な交渉は僕より布津のほうが上手くやれるのじゃないかって思うのだけど」

「ああ、そうだな……」

「僕だとなんかクラスの人たちに相手にされてない感じがあるのだよね」

「ああ、そうだな……」

「ねえ、布津ってば」

「ああ、そうだな……」


 埒が明かない。



                  *



 概して、他のクラスメイトも布津と同じような態度を示していた。

 そのような状態では授業の応答にも不都合が出ようという指摘もあると思うが、どうしてかその点はおおむね支障なく行われていた。解せない。


 休み時間においても僕以外とのクラスメイト間の会話は穏当になされていたようであったし(僕が加わろうとするとそれも途切れていたが)、これはいよいよもって、単に僕の声のかけ方がつたなかっただけという仮説が色濃くなる。



                  *



 ……そういえば、午前の授業では例の洞ノ木どうのき君と烏目からすめさんが随分積極的に回答や発言をしていた気がする。はて、昨日までの授業であの二人がそんなにも目立っていた記憶はないのだが……。


 しかし、午前中の僕はもっぱら須奧さんの相談解決案の検討に意識を潜らせていたので、細かい状況によく注意を払っている余裕はなかった。



                  *



 昼休み。四限終了のチャイムと同時に僕は席を立った。教室の空気になんとなく疎外感を覚え、周囲に脇目を向けることもせずに、そそくさと抜け出す。


 いつもこの時間は布津とともに学生食堂に向かうのが習慣である。

 が、今日は先約があった。



                  *



 漸次、わらわらと生徒であふれ返り始める昼どきの廊下。

 その中の、人の波を縫って往く。


 約束に遅れてはいけない。

 そう思って急ぎ歩みを進めていたのだが――、


「あれ、言鳥ことりじゃないか」

「あっ、兄さん……」


 購買近くの自動販売機コーナーの前で妹――言鳥と遭遇した。



                  *



 言鳥は同じ一年生の友人二人と飲み物を買いに来たところらしかった。

 並んでいた妹の友人(髪の長いほうを敷手石ふていしさん、巻き毛のほうを甘木あまきさんというらしい)とも軽く会釈を交わす。


「言鳥と休み時間にこうやって会うのはめずらしいね」


 僕が告げると言鳥は不機嫌そうな顔をして、


「……兄さんこそ、今日は布津先輩とは一緒じゃないのね」

「ああまあ、ちょっとね」

「ふうん……、そう」


 彼女の鋭い視線に僕は苦笑してこたえた。

 このあと控えているについては……あえて言う必要はないだろう。



                  *



 どうせ話のついでと思い、恋愛相談に関して妹とその友人らに少し事情をぼかして話を聞いてみた。

 しかし、


「……知らない」

「あたしもラブ方面はちょっとワカンナイっすかねー」

「ルートは一本ずつ攻略したほうがいいですよ、wikiとか見て」


 ……あまり参考にはならなかった。



                  *



 実のところ、僕の数少ない女子の知り合いとして、かつ、女子学生のコミュニティとして、こういった相談事に察することもいくらかあるのではないかと、尋ねた瞬間には彼女たちに淡い期待を抱いてもいたのだった。


 だが、やや楽観に過ぎたようだ。


 昨日の話の限りだと、五筒井いづついさんも首を横に振るのみであったし、これで頼れそうな先はほぼ尽きたことになる。

 自分の人脈の乏しさをこんなにも恨んだこともない。


 退路は断たれた。

 残された道は、もはやひとつである。



                  *



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