4.千里眼
1.
どうしたことかと思う。
よく分からないままに相談を引き受け、よく分からないままに心霊写真実験が始まり、よく分からないままにクラス一致団結イベントがあった――。それが、今朝までの出来事である。
*
須奧三埜奈。
そして、
賀井藤梨々に至っては、その顔を見てすらいないのである。
覚えられないも何もクラスメイトの名前だろうというご指摘は甘受する。
*
心霊写真を受け取ったあとのことだ。須奧さん本人はどうしているだろうかと思い、教室を見回した。
変らず彼女は前列の自分の席に着いていた。
何やら虚空に向かい、にこにことして独り言に興じている。
それはまるで彼女の机の前に誰かもう一人、話し相手がいるかのようであった。そのさまが酷く自然に楽しげで、先ほどまでの寂しそうな背中が幻にも思え、僕は半ば見惚れるようにしばらく眺めてしまった。
途中で向こうもこちらに気づき、恥ずかしそうに手を振る。
僕もそっと手を振り返した。
そのときちょうどチャイムが鳴って、彼女とのやり取りはそれきりになってしまったが、秘密を共有しているようなあるいは二人だけが分かる暗号を交換しているような、そういった感じがして、僕は胸のうちに少しこそばゆさを覚えた。
*
さても。
幽霊。恋愛。宇宙。
この三つが、抽出されるキーワードであろう。
順番に考えていこう。
心霊写真実験の件を勘案し、この中からひとまずは「幽霊」を差し引く。
「宇宙」については……情報不足につき保留。
では、「恋愛」はどうだろうか。
*
いわく、それは須奧さんの友人の悩みである。
いわく、ある相手に伝えたい思いがあるが言えずに困っている。
いわく、ある相手というのはクラスメイトの男子である。
そういう話であった。
須奧さんの友人の話であるというのだから、それは同じクラスの、つまりはこの教室内で発生した問題である可能性が高い。
ならば。
同じクラスの生徒間で起こっている問題は、同じクラスの生徒に訊いてみるのが早期解決につながるのではないだろうか。
*
……いや待て。身近な仲間うちで解決できなかったからこそ、須奧さんは僕に相談に来たと考えるべきか。では、いくら話を聞き集めても徒労になるのではないか。
それ以前に、話を聞こうにも普段クラスメイトとまともに交流を持って来なかった僕である。現状、僕の手札には圧倒的に判断材料が足りていない。ならいっそう最低限の情報収集は必要ではないか。いや、だがしかし……。
*
と、脳内で逡巡を繰り返していたのがだいたい午前中一時限目の、授業半ばあたりまでのことになる。
手をこまねいていても変化は来訪しない。
どう足掻こうと避けて通れぬ道というのもある。
何か行動を起こさなければならないだろう。
*
とは言え、やはり僕に出来るのは人から話を聞くことくらいに限られている。
方策は単純である。
クラスメイトたちの間に分け入り、問題の中心を回避し、それとなく有用な情報を集める。話しかけやすそうなグループに混ざり、流行の話題を探る。そうして徐々にクラス内の関係性の構図を
その過程で何か手がかりがあれば僥倖であるし、僕自身がクラスに馴染むよい機会ともなるだろう。
さっそく僕は休み時間や授業の合間に機を窺い、クラスの面々に話しかけるタイミングを模索した。
*
すぐに挫折した。
釈明するのではないのだけれども、まず以てクラスメイトと会話が成立しなかったのである。
誰も彼も何かぼうっとしていて、間近に迫ってみるも視線が合わない。
表面上は日常通りの受け答えがなされているようでも、少し深く入ったことを問うと「ああ」とか「うん」とかいった胡乱な声しか返ってこなかった。
どうしたことかと思う。
*
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