5.



「それは或人あると、誰かが喧伝しているからじゃないのか」

「誰かって誰がだい」

「あの生徒会長を別にしていないだろう、そんなことをするのは」


 布津ふつは言う。


「生徒会長……針見はりみ先輩が?」

「他に誰がいるよ」

「それは……」



                  *



 針見りよん先輩は、我が校の現生徒会長だ。


 〝学校の怪談〟騒動の一件があったあの日――、

 僕は彼女の依頼によって先の騒動の調査を請け負ったのだった。

 その針見先輩が僕の評判を広めているのだと、そう布津は言うのである。


「だいたい、あのときの或人の活動を万事把握したうえで、それを多くの生徒に宣伝できる人物っていったら何人もいない」


 布津は断言した。

 ……確かに、先輩の持つ人望と人脈を鑑みてもそれは納得できる理屈ではあった。

 しかし、何のために?

 僕の評判を高めることで、針見先輩にいかようのメリットがあるというのか。



                  *



「でもまあ、僕の評判を広めてそれが誰の利益になるのかは分からないけれど……、少なくとも僕にとってはそう悪いことばかりでもなかったよね」

「そうなのか?」

「うん。いろんな人から相談を受けて、今までただ文字資料を読んでいるだけだと知れなかった話も集めることができたというのは大きいし」


 もっとも、相談件数が増えるにつれ妹と過ごす時間が削がれるのはジレンマではあったが……、あくまで結果的な話である。

 その結果すらも誰かの意図の延長線上というのなら、それはもう僕の想像力の許容範囲ではない。


「お前がそれでいいならいいが……」と、布津。

暮樫くれがし君はいつもそこに帰り着くよね」と、五筒井いづついさん。


 二人の目は冷めていた。



                  *



「たとえば奇妙な夢を見るとか、部屋に妖精がいるとか、どこからか見られている気配がするとかさ――そういう個人的な話を聞くことができたのは収穫だったよ」

「それだって女子の相談者がほとんどだったがな」


 布津はノートを放り出して頬杖をつく。


「女子生徒の相談が多いというのは傾向のひとつだったかもね。……ほら、校庭の桜の樹に名前を書くと両想いになれるって本当ですか……なんて訊かれたこともあったじゃない」

「あったな」

「部活中にメンバーが一人増えているんだけどそれが誰だか分からない……とか」

「あの騒動のときに立ち会った奴が相談者としてやって来たこともあったよな」

「あったねえ。あと聞いた話だと……そうだね、教室の最後列窓側の席は幽霊が座っているから空けておかなければならない、とか――」

「…………それ、うちのクラスの話だぞ」

「あれ、そうだったけ」

「そうだよ」


 どうだったろうか。

 何しろ短期間に類似の話を聞き過ぎて自分でも整理がついていないのだ。

 まだまだ情報の見直しの余地がある。

 そう思って手元のメモを見直そうとしたのだが――、


 パチンッと乾いた音がして、顔を上げた。



                  *



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