6.



 それは誰かが指を打ち鳴らしたような音だった。


 見れば、生徒が三人ばかり連れ立って図書室に入ってくる。

 女子が二名、男子が一名。

 胸もとの学年バッジは全員が同じ二年生であることを示している。


 その女子のひとりが踏み出し、そのままつかつかと近づいてきた。

 やがて彼女は中央テーブルの前で立ち止まり――、


暮樫くれがし君」


 僕の名前を呼んだ。

 つぶらな双眸が僕を捉える。

 卵形のつるりとした輪郭に、ややもっさり感のあるミディアムヘア。

 その顔に僕はどこかで見覚えがあるような気がしたが、どこで見たかまでは思い出せなかった。



                  *



「暮樫君?」


 再度呼ばれる。

 言いながら彼女は軽く小首を傾ぎ、肩ほどではねる髪が柔らかく形を崩した。


「えーっと、暮樫或人あるとは僕だけど」

「あっ……。あの私、同じクラスの須奧すおう――須奧三埜奈みのなっていうんだけど……、暮樫君は私のこと、知ってる?」


 須奧三埜奈。

 知らない名前であった。


「いや……」

「あはは、暮樫君はそうだよね……」


 困ったふうに笑う。

 なんだろうか。

 しかし、彼女は『同じクラス』と言った。

 道理で見覚えがあるはずだ。

 つくづく僕は他人の名前を覚えるのが不得手である。



                  *



「暮樫君」


 みたび呼ばれる。


「それで私ね、暮樫君に聞いてもらいたいことがあって」

「僕に?」

「うん。その、暮樫君がお化けとか心霊とか……の相談を受けているって、その、聞いて……」

「あー、うん。そういうことになっているらしいね」


 ――世間的には。

 僕個人としては、いまだよく分からない立ち位置である。



                  *



「だからええと……」


 言い澱んで、須奧さんはおずおずとおのが背後を窺う。

 すると後ろでは、彼女と一緒に来ていた男子と女子がそれぞれ、


「おう。頑張れ須奧!」

「三埜奈ちゃんなら大丈夫だよ!」


 と、何か励ますような言葉を投げかけている。

 須奧さんも「うん、二人ともありがとう」と静かに答えて小さく「よしっ」と呟き、再び僕のほうへと向き直ったかと思えば、



                  *



「暮樫君」


 四度目ともなると新鮮味も薄れる。

 しかし合わせて、その呼びかけの中に彼女の切迫した想いのようなものを感じたのも事実であり、張り詰めた視線に僕は思わず気圧された。


「う、うん」

「私、暮樫君に相談があるの」



                  *



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