4.




「それでトモヒサ、作業の進捗はどうなの?」


 五筒井いづついさんが布津ふつに尋ねる。

 彼女が言葉をかけるのは、たいてい僕よりもまず布津に向けてであった。


「そうだな、先月の怪談騒動の分はおおかた終わったんじゃないか。なあ、或人あると

「ああうん。とりあえずはひと区切り、かな」

「しかしまあ、あの数日間でよくこれだけ怪異話が集まったもんだよ」


 布津は嘆息気味に手元のノートをぱらぱらとめくる。



                  *



「あのときは二人とも大活躍だったみたいだもんね。暮樫くれがし君は」


 五筒井さんが意味深長な目で僕に話を振ってきた。


「事件解決の立役者だって、うちのクラスでも評判だよ」

「いや、みんなそう言うんだけどさ。僕は本当に何もしてないんだよ」

「そうは言うが或人、まったく何もしてないってことはないんじゃないのか」


 と、布津も加勢する。


「ううん……、喧嘩や揉め事の仲裁は少しはしたかなあとは思うけど」


 それも言い合いになっているそばでいくらか話を聞いていたに過ぎない。


「廊下で倒れていた子を助けたり、保健室の怪物のあれを収めたりしたろ」

「私は玄関で大勢が混乱状態になってたのを暮樫君が解消させたって聞いたよ?」


 布津と五筒井さんが揃っていろいろと例を挙げてくれるのだが、僕にはどれもピンとこなかった。

 ああでも、廊下で倒れていた女子を一人介抱したということは……あったような気もする。

 しかし他に特筆して何をしたかと問われても、よく分からない。



                  *



〝先月の怪談騒動〟というのは、先月、つまり今年の四月前半に僕らの高校で起こったのことだ。


 事件――とまで言うと過言であるかもしれない。なにしろ僕自身、あのとき起こったことの全容を把握も実感もしていないのだから。


 とにかく、〝学校の怪談〟を巡ってちょっとした騒動が巻き起こったのである。


 その仔細を開陳することはここではしないが、僕は生徒会から依頼を受け、学校内で頻発しているという怪異現象の調査を任された。結局、騒動は学校に侵入した不審者の仕掛けた工作とそれに伴う集団パニックということでかたがついたのだった。


 僕も無事依頼を全うし、学校にも平穏が戻った。



                  *



 それまではよかった。

 問題は騒動の顛末よりも、そののちに僕の日常にもたらされたのほうが、質的な偏重性は大きかった。


 あの騒動の収束のあと。


 どういうわけか僕は事件解決の功労者として全校に名前が知れ渡ることになってしまったのである。どこから聞きつけたのか、僕のもとに怪異関係の相談事が持ちかけられるようになっていた。


 確かにあのときは怪異調査のアドバイザーとして生徒会に協力しはした。

 が、それとこれとは話が別であろうと思う。



                  *



 騒動の際、校内を巡っているうちに多くの怪異怪談を聞き取ることができたのは僕としては稀なる成果ではあった。しかしながら、それ以外に僕が何か利他的な行動を経て学校に貢献したような覚えは皆無に等しい。


 僕にできることと言えば、多少の知識を以て助言を添えることくらいであった。

 何がそんなに評判を呼んでいるのか。

 誰かが僕のことを誇大に喧伝しているのではないかと思えてならなかった。



                  *


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