3.



「――


 彼女は言った。


 それは何かもののついでのような、さもそれが日常の一部であることが当然であるかのような口振りで、しかしそれまでの会話の流れを翻させるにはじゅうぶんな一言だった。


 思い返すに、あの一言を聞いてしまったのを契機に僕は彼女の『相談』にずるずるとかかわっていくことになったのだ。


 肝心の彼女が抱える問題の核心らしい部分には、最後まで届かないままに――。



                  *



 経緯を説明しよう。


 発端は、月曜日の午後――昨日の放課後のことであった。

 閑散とした図書室の一角。

 僕は布津ふつと二人で卓上に紙束を広げていた。

 図書室の閲覧テーブルは一般教室の机よりも幅が広く、ノートや資料を複数並べるのには具合がよかった。


 しかし僕たちの目的は相互に予習復習の進捗を見せ合って自主学習――、などと殊勝な取り組みではもちろんない。

 では何かと言えば、今学期に入ってから聞き及んだ怪異について、集まった諸情報を整理し、まとめるためであった。



                  *



或人あると、こっちの分は終わったぞ」

「ああ、ありがとう布津。悪いけど、次はこのリストをお願い」

「うむ。じゃあ、読み上げるが――トイレの怪異二十五件、うちトイレの花子さん十件、謎の手五件、鏡に映る影四件、ムラサキババア二件、その他四件。……トイレのはこれくらいだな」

「よしチェック完了……、と」


 僕たちの前には手帳の切れ端やルーズリーフに書き起こした手書きのリスト等が散らばっている。すべて最近この学校で採取された〝怪異〟の話に関するものだ。



                  *



「いやしかし悪いね、布津。手伝ってもらっちゃって」

「なに、いつものことだろう。それに、俺にも原因の一端はあるからな」

「原因?」

「ああ、まあ深くは訊かないでくれ」


 そう答えて布津は忌々しそうにかぶりを振った。



                  *



 布津智久ともひさは高校での僕の級友である。

 僕にとっての誰より親しい友人であるが、彼の外見的特徴をつぶさに述べる語彙を僕は擁していない。いわゆる「ごく普通の男子高校生」の顔を擂り合わせて煮詰めたような外貌をしている、とでも言えばよいか。

 だけれど、こうして僕の個人的な怪異探求につき合ってくれるのもまた布津くらいのものであった。


 そして忘れてはいけない人物がもう一人――。



                  *



「図書室は二人の妖怪研究所じゃないんだけどな」


 遺憾そうに告げたのは、同じ二年の五筒井いづつい佐波さなみだった。

 僕と布津が向かい合う横に、彼女は立っていた。

 ちんまりとした容姿と眠たげな瞳は、冬眠から目覚めたばかりの小動物のたぐいを思わせる。


「あー、五筒井さん、それはなんか……、ごめん」

「なんだ佐波、今更だろうよ」


 と、僕と布津の弁解(?)に対し、


「図書委員としてはあまり奨励したくはない」


 中央テーブルの大部分を占拠する僕たちを見て五筒井さんは言う。

 布津と五筒井さんとは、幼い頃から互いをよく知る親しい間柄であった。

 しかしまた図書室当番を預かる図書委員の立場にもある五筒井さんからすると、僕たちの活動を容認するには複雑な思いがあるようだった。


「でも佐波。俺もここ数日或人と図書室に来ているが、俺たち以外の利用者なんてほとんどいないじゃないか、この図書室は」

「むう。それはその通りなんだけどね……」


 布津の言い返しに五筒井さんは言葉を詰まらせた。



                  *



 この学校の生徒の図書室の利用頻度は低い。


 進学校を謳っていることもあってか、直接的な学習環境以外の設備に関心を向ける層が薄いのである。僕としては大っぴらに調べ物をしていても誰かと衝突を起こすことなく済んでいるので、現状には満足しているのではあるが……図書委員の側からは本意ではないだろう。



                  *



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