5.依代人形と呪いの部屋

1.



 部屋から顔を出したのは年若い青年だった。

 年齢は、僕よりひとつふたつ上に見える。

 明るい短髪にカジュアルシャツ。

 背は高いが痩せていて、立ち姿もどこか覚束ない。

 

「あぁ、ども……」


 吐息を漏らすような声とともに彼は会釈した。

 受けた不動産屋も口調を切り替えはきはきと応対する。


「ああ、ハヤさん。今日ご出立でしたね。すみません、ろくなお構いもできず……」

「いや、部屋の確認とかは昨日のうちに済ませていただきましたし、持っていく物もそんなにないので……」


 ハヤ、と呼ばれた彼は力なく答える。

 総じておよそ気迫が感じられず、血色もよくない。

 なにか具合でも悪いのだろうか。



                  *



「しかし残念ですなぁ。まだ半年ですのに……」

「そうですね……、でもこのアパートは僕にはちょっと早かったようです。これでもいっぱいいっぱいっすよ。それに――」


 彼は自分の胸元に視線を下げる。

 そこには、古風な人形が一体抱えられていた。

 それは黒髪を長く垂らした、女の子の人形だった。

 鮮やかな紅色の着物を着せられ、真っ白な肌にはほのかに赤みが差している。


「それに――、アヤが僕の家に来たいとせがむものですから……これでよかったんですよ」


 彼は愛おしげに人形を見つめ、弱々しく微笑んだ。


「そうですか……。寂しくなりますなあ」

「ありがとうございます、そう言っていただけると……。あとこれ、部屋の鍵です」

「おおはい、確かに」


 不動産屋が青年から鍵を受け取る。


「どもです。ああ、アンシュサマもお元気で」

「ナアァオオン」


 青年の言葉に、頭上の黒猫が少し長めに鳴いて答える。

 合わせてぐるるると軽く喉を鳴らし、生暖かい息が僕の額に浴びせられた。



                  *



「それでは――」


 お世話になりました。

 と、頭をかくんと落とすようにお辞儀をして、ふらふらと彼は去っていった。

 始終、人形を大事そうに抱えて。



                  *


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