4.皿屋敷
1.
「それでは坊っちゃん、お部屋へご案内いたしますのでお上がりください」
不動産屋は気を取り直して僕に言う。
僕はさあさどうぞと彼に促されるままに土間で靴を脱いだ。
玄関は掃除が行き届いているのか、塵ひとつ見受けられない。
用意されたスリッパに履き替え、廊下に足を下ろす。板張りの廊下は足元でみしっと厭な音を鳴らした。
*
「そうですな、ご予定のお部屋は二階になりますが……さきにまず、一階から見て回らせていただきましょう。よろしいでしょうか?」
「ああはい、それでお願いします」
反射的に頷く。
ふと室内に気を向けると、玄関の横の壁に、下駄箱と並んで大きな鏡が掛けられているのが目に入る。矩形の重そうな鏡だ。
きっとこれも古い物なのだろう。
*
古めかしいことを除けばごく普通のアパートだと思っていたが、なかなかどうして中は広いようだ。存外に奥行きがある。しかし続くアパートの廊下は長く、暗く、奥のほうに至っては壁の色も判然としない。
照明を点ければいいのにと思うも、時刻はまだ午前中である。
では――、どうしてこんなに暗いのだろう。
*
「ああ。あと、そこの鏡なんですが――」
と、先に進むと思われた不動産屋が、思い出したように振り返って告げる。
「え。あ、はい、立派な姿見ですね……。年代物ですか?」
「古い……というより、いつからそこにあるのかも私はよく把握しておらないのですがその……」
「……? 何かあるんですか?」
「ええまあ。その鏡……、夜に覗き込むとそれきり帰ってこれなくなることがままありまして……」
「……へ」
覗き込むと、帰ってこられなくなる。
どういう意味だろう。
「入居者の方には毎度ご注意いただいておるのですが……、坊っちゃんは平気な方でしたね。余計な口出しでございました。はっはっ」
そう言って、わざとらしく笑った。
何とも返事に困る。
「いや失礼失礼。では、あらためて参りましょう」
なまじ家の事情を理解されているというのもやりづらいものだなと思う。
この後も彼とのこんなやり取りが続くのかと想像すると、少し気が滅入る。
早く用件を済ませてしまいたい。
なお、件の猫はまだ僕の頭上をキープしている。重い。
そろそろ本当に首がつらくなってきたが、降りようとする気配はない。
*
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