2.



 薄冥うすぐらいアパートの廊下を歩く。

 進行方向の右手に壁、左手に部屋のドアが並んでいる。窓はない。

 学生向けのアパートと聞いていたが、少しの物音も聞こえてはこなかった。

 季節は三月半ば。

 静寂に包まれて、廊下の空気は冷え渡っている。


 ――が、如何せん僕の頭の上には現在、大きな黒猫がいっぴき我が物顔で覆いかぶさっているのである。絵面的にはいまひとつ締まらなかった。



                  *



「こちらいちおう、学生アパートということでお貸ししておりますのでね、入居されるのも学生さんが中心ですが……、まあその基準も緩いものでして。高校生の方もいれば、大学生の方も、卒業後も引き続き……という方もおりますな」


 不動産屋が今度は振り返らずに言った。

 何故か頭上の猫が「ナグルルゥ」と合の手を入れるように鳴く。


「お部屋はどちらも六畳間です。畳の和室でして、造りは古いですが、設備は適宜整備しておりましてね。トイレもシャワーも各部屋にございますよ」


 淡々と説明される。

 だが、どうも内容が入ってこない。

 それも当然で、僕はまだその実際を見てもいないのだ。




                  *



「それとこれはセールスポイントなのですけれども――、学生さんといえばみなさん食べ盛りでございますでしょう? こちらのアパート、管理人の園田そのたさんが朝晩と食事を用意してくださるんですよ。それがなかなかに好評でして――」


 管理人さん――。

 住み込みで働いているというその女性も、話に出てくるばかりでいっこうに実像が見えてこない。


 具体的なことが何も分からない。

 何もかもが曖昧然としている。



                  *



「ああ、あとですね」


 そこで、前を進んでいた不動産屋がはたと立ち止まった。


「このアパートが近隣から〝妖怪屋敷〟とうわさされているということは、すでにお話しいたしましたよね」

「はい……、なんでもそう呼ばれる所以があるとか」

「そうですそうです。その所以と申しますのがまあ――」


 と、言いながら不動産屋が

 そうしてそこに――ずるりと隙間ができた。



                  *



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