2.



「あれ、おかしいなあ……」


 不動産屋の男性は当惑気味につぶやいた。

 彼は玄関の格子戸を半開きにして、しばらく軒先と土間とを行ったり来たりしているようだった。


 アパートは傍目に見ても全体が酷く絶妙な案配で歪んでいて、どこを取っても何かが傾斜しているありさまなのだが、また戸や柱に触れるたびにぎっちゃぎっちゃと不穏な音が立つのだった。


「……どうかしたんですか?」

「いえ……、どうもですね、管理人さんがいらっしゃらないみたいで……」

「管理人さんが?」

「ううん、この時間に伺うと連絡していたはずなんですが……、あ、鍵はあるのでお部屋のご案内のほうはご心配いらないのですけれども……」


 どうやらこのアパートの管理人である人物と、玄関前で落ち合う手はずであったらしい。

 しかし、その姿が見えないと。



                  *



 本来のスケジュールでは部屋の案内と同時に、新規入居予定者である僕と彼女――管理人の女性との面会も兼ねていたといい、いつもは示し合わせなくとも向こうから声をかけてくれるくらいであるのに、今日に限っていったいどうしたことだろうか――と、そこまで説明して不動産屋は恐縮する。


 聞けば、その管理人さんはこのアパートに住み込みであるのだという。


「なら、アパートの中にいるのではないですか? なんなら僕、ここにいますので、本当に不在かどうか入って確認してきてもらっても……」

「そうですか……? いや、お客様に気を遣っていただいてしまいまして、すみませんねどうも」

「いえ、おかまいなく……」


 それではすみませんが少々お待ちください――言い残して、不動産屋は廊下の奥へと消えた。



                  *



 しばしの静寂が訪れる。


「……ふう」


 ひと息。


 あまりだいの大人にへりくだって対応され続けるというのも、どうにも緊張する。

 卒業式は済ませたとはいえ僕もまだ中学生の身空、慣れない居心地の悪さを感じて仕方がなかった。


 そんな息苦しさから、少し解放される。

 些かの安堵に身を浸そうとしたそのとき――、


 ふいに、ポケットの中で振動するものがあった。



                  *


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