3.怪猫

1.



『――私がいないからってあまり勝手なことはしないでよね!』


 僕は妹の言葉を思い出す。


 その日の早朝、僕はひとり身支度を整えていた。午前中の不動産屋との約束に間に合わせるためだった。暮樫くれがしの家から市内中央の駅前へ行こうとすると、必然、早い時間に出発せざるを得ないのである。


 ――が、いざ玄関を出ようとしたところで、妹に引き留められた。


 妹は最後まで僕の下宿行きに強く反対していたのだが、その段階に至ってもまだ諦めていなかったらしく、ついにはどうしても行くと言うのなら自分も同行するとまで言い出す始末であった。


 妹の意見を尊重することは――他でもない最愛の妹が言ってくれた意見なのである――、僕としてもやぶさかではなかった。


 しかし一歳下の彼女は当時中学二年生で、平日のその日は通常通り授業がある。まさか学校を休ませてまで僕の個人的な用事につき合わせるわけにもいかない。



                  *



 それでも一緒に行くと言い張ってはばからない妹を、繰り返しいさめ、なだめすかし、いたちごっこの押し問答の末に引きはがして、そのうちなんだか涙目になってきたので大丈夫だからと頭を撫でてやり、なお納得できない様子の彼女が出掛けの間際に僕に言い放ったのが、先の忠告であった。


 まったくどうにも彼女は心配性だ。


 しかし、そうまでして妹が僕の身を案じてくれる――そのことに素直に嬉しさを覚えたのも、また偽らざる僕の本心であった。



                  *


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