2.



 いくらか経緯を説明したい。


 僕は高校入学を機に実家を離れ、下宿でひとり暮らしをすることになっていた。


 学生、こと未成年のひとり暮らしとなると、小説やコミック等ではしばしば、家庭を飛び出してきたりだとか帰るべき居場所を失ったりした主人公の行き着く先、やむにやまれぬ結果、というのが常道のひとつとしてあるだろうと思うが――、

 僕の場合は、まあそうではない。

 もとい家を飛び出してきたどころか自身がひとり暮らしをしたいと希望を出したのでもなく、実家の全面的な支援の下の新生活であった。



                  *


 ことの発端は、さらに数か月前。

 高校進学の当てがおおよそついた頃合いのことだった。

 受験勉強も大詰めに入っていたその日。

 

 お茶の間談義の過程において、僕の進学後のことが俎上に上がった。


 その中で何となく通学手段の話になり、また何となく「学校が家からずいぶんと離れている」「交通の利便性に難あり」「ならいっそ下宿もいいかも」――と、話題が移っていったのだった。



                  *



 おそらくそこに叔父が加わったことがきっかけで、話が大きくなった。


「下宿? いいね、ならば私が手配しようじゃないか」


 そうしてみるみるうちにお膳立てがなされ、気づけば僕が高校入学と同時にひとり暮らしをすることは、早くも覆しがたい決定事項となっていた。僕一人の生活の今後が、まるで暮樫くれがし一族全体の問題であるかのように扱われていたのである。


 とんとん拍子に話が進む中、妹だけは最後まで反対していた。

 が、多勢に無勢だった。



                  *



 叔父の動きは素早かった。

 ただちに安価な物件を見つけ出し、高校の合格発表当日にはすでに懇意の不動産屋へ連絡を取りつけ、ほとんどの手続きを済ませてしまっていた。そういったリサーチや交渉ごとに、叔父は卓越した手腕を発揮した。



                  *



 このように箇条書き的に列記すると、一切が叔父のワンマンであったように見えるが(そしておおかたその通りなのだが)、話し合いや選択肢の提示がまったくなかったわけではない。


 現在のアパートに決まるまで、叔父はいくつか物件の情報を集めてきては僕に見せてくれた。


 例えば――、


「これなんかどうだい。中高層マンション、十一階建て、築二年、最新鋭のセキュリティ完備!」


 叔父が揚々として食卓に資料を広げる。

 仰望した写真にうつるマンションは真新しく、際立って威容に見えた。


「場所はやや郊外よりになってしまうけど、それでも充分にバス通学の圏内だ」

「それはかなり条件がいいような……」


 正直、学生の下宿とするには少し贅沢なようにも思える。

 そう答えようとしたところで、


「ただね――」


 と、叔父が声を低くする。


「ただ……?」

「ただ、このマンション、四階が一部屋を除いて全フロア立ち入り禁止でね。その部屋を格安で貸し出しているという、そういう話なんだよね」

「四階だけ立ち入り禁止……?」

「ああ。なんでもたまに間違って進入してしまう人があるんだけど、多くそこでぷつっと消息を絶つ――そんなことが往々あると」


 消息を絶つ?

 マンションの中で?


「そうだね、マンションの中で」


 ……それはどういう状況なのだろうか。


「理由は分からないそうだよ」

「分からない……?」

「ああ。でも、或人あると君ならきっと大丈夫だろうさ」



                  *


 ――と、なべてこんな調子であった。


 他にも『病院跡地に建てられた学生寮』や『ある有名な実話怪談のモデルになったというマンション』、『物件そのものには問題はないが両隣を自殺が絶えない貸家に挟まれているアパート』……などを紹介された。


 僕としては気になる物件もないでもなかったのだが、僕が詳細を見ようとする前に、妹が、


「駄目に決まってるでしょ」


 と、即断で切り捨てていったがためにいずれも候補とはなり得なかった。



                  *



 そういった経緯で幾分かの取捨選択があり、結果として残ったのが冒頭語った〝妖怪屋敷〟であったのである。


 このアパートは複数提示された物件の中でも叔父が特に推挙していたもので、当初からの最有力候補であった(それでもやはり妹は反対していたようであったが)。


 かくして僕は、叔父が仲介をしてくれた不動産屋へと、新たな住居の下見に来ていたのだった――。


                  *



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