4.
「――いや、いい話なのかそれは」
布津はそれまで黙って相槌を打っていたのであるが、話に一区切りがついたものと見て
*
布津は高校のクラスメイトであり、僕の数少ない友人である。
僕と布津とは、僕の下宿先のアパートの六畳間で向かい合って座っていた。
窓から差し込む夕日が、畳の上に濃く二人分の影を落としている。
「あとな、話が長い」
「そうかな」
「そうだよ」
「ううん……、それはでもさ、布津」
「なんだ、
「ほら、前にさ、僕の話が少しくらい長くてもつき合ってくれるって、そう言っていたじゃないか」
「……確かにそんなことも言ったかもしれない」
「ならいいでしょ?」
「いや、だがなあ」
「うん?」
「……あれはだな、俺はあくまで怪談とか怪異蒐集の話ならつき合うと言ったのであって、お前たち兄妹の惚気話を延々聞かされても構わないっつう意味じゃない」
「ううん、そんなつもりはなかったんだけどな……」
「お前は……」
と、布津は加えて何か言おうとしたのをのみ込んだ様子で、
「だいたい、場を収めようとして余計に怖がらせてどうするよ」
「うん。さすがにあれは悪いことをしたかと僕も少し反省してる」
「あー……。まあそれはいいとしてもだな、意味ありげに出てきた転校生はどうなったんだ。その後、何もなかったのか」
「…………さあ?」
「どうして疑問形なんだよ……」
布津は眉間にしわを寄せた。
*
「でもさ、妹が言うにあのときは実際に怪異が発生していたらしいんだよね」
「ああ……。妹ちゃんが言うなら、そうだったんだろうな……」
「だけどさ、布津」
「なんだ」
「それなれば――なればこそだよ、怪異の実物に集団で遭遇していることを、みんなもっとポジティブに受け止めてもよかったんじゃないかって、僕なんかは思うのね」
「誰もがお前みたいに怪異探求に飢えてるわけじゃないだろうよ」
僕の抗弁に布津はただちにツッコミを入れてくる。
なかなかに隙がない。
「それはそうかもしれないけど……、だって肝試しをしていたら本当の幽霊に遭ってしまった……なんて話は、怪談だと割とありがちなパターンなわけじゃない」
「まあ、そうだな」
「むしろその手の話で最後まで霊の気配のひとつもないなんて、そのほうが例外だと言ってもいい」
「うむ……?」
「だから肝試し中に幽霊を見たからって、みんなあんなに驚くことなかったんじゃないかなって、どうしてもそう思ってしまってさ……」
「リアルの肝試しとフィクションのそれを同列で語ってやるなよ……」
そう言って布津は軽く目尻を押さえた。
*
「そもそもだな、或人」
「なんだい」
「ああいや、こんなんことを訊くのも今更かもしれないが……」
「なに、なんでも訊いてよ」
「じゃあ訊くが……今の話でもそうだったが、妹が何かいると言ったらだな、たとえそこに何も見えなくても無条件に信じるのかよ、お前は」
「それは……まあ、でも僕だって、無条件に何もかもとは言わないさ」
「……そうなのか?」
疑わしげに目を細める布津。
どうも信用がない。
「そうさ。僕にだって譲れない信条くらいある」
「信条?」
「うん」
「……あまり確認する意味がないような気もするが、一応その信条ってのは何だ」
「そりゃあ、僕の信条と言ったら、妹を信じることの他にあるわけないじゃん?」
「それ、言っていて自分で疑問を感じないのか?」
布津は深いため息をつくと、再び目尻を押さえた。
*
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