3.
僕と妹とのあいだに起こったあれこれを追想していくとそれこそ語り切れないほどだが、あえてひとつ選ぼうとしても――、ううん、なかなか判断に迷う。
どれというのではないのだけれど、いま、ふと思い出したことを話してみよう。
*
あれは小学校の高学年、僕が六年生、妹が五年生だったときのことだったと思う。
夏休みを目前に控えたその日。
僕はクラスメイトから肝試しの会に誘われた。
七月中旬、昼休みの出来事だった。
*
その頃の僕たち兄妹は親しい友人というものに縁がなかった。
地元の子供たちからは暮樫家の人間だからというだけで忌避されがちであった。
何かみんなで集まるようなことがあっても、最初から頭数には入っていないのが不文律となっていた。
*
しかしそのときはどういうわけか僕にも声がかかった。
というのも、どうやらその肝試しの会の主催者は転校生の男子(名前は覚えていない)とのことで、彼はその年の春に僕たちの小学校へ移ってきて間もなかった。首都圏から越してきたという彼は、どこか都会的でスマートな物腰を備えていた。
*
「暮樫君も参加しない? きっと楽しくなると思うんだけど……どうだろう?」
屈託ない笑みを見せて、彼は言った。
そういった催しごとの経験に乏しかった僕としては願ってもない誘いで、
「だ、だったら、妹も一緒に行ってもいいかな?」
わくわくした調子でそう尋ね返した。
それを聞いた他のクラスメイトたちは「げっ」と、一様に難色を示した――が、転校生の彼は「もちろん!」と快諾し、渋る他の子たちをも納得させてしまった。彼にはどこか周囲に有無を言わせぬカリスマ性があるようだった。
結局、僕たち兄妹含め十余名程度の参加者を以て、後日、肝試しの会が開催される運びとあいなった。
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僕はその日のうちに、肝試しに行くことになった旨を妹に告げた。
妹はあからさまに嫌そうな顔をしたが、それでも参加を拒みはしなかった。
これで妹の交友の幅が少しでも広がる機会になればいい――そんなふうに僕はひそかに期待した。
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肝試しの会、当日。
その日は地元の神社の夏祭りの日でもあった。
夜の帳が下りた頃、僕たちは町外れの墓地に参集していた。
表向きは――つまりは保護者に向けてはまさか「夜の墓地で集まって遊ぶ」などと堂々と言えるわけもなく――、みな「お祭りの縁日に行く」という建前で家を出てきていた。
*
その墓地は裏手に回れば小川と雑木林があるのみという寂寞かつ辺鄙な場所で、近くに人家らしい人家もなく、雰囲気的には申し分ない。
集まったメンバーはおおよそ男子が半分、女子が半分。いちおう、お祭りの日ということもあって浴衣姿も幾人か見えた。
そこでも妹は終始むすっとしていた。
むかしから、妹はいささか協調性に欠けるところがあった。
*
肝試しの会の概要だが、だいたい二、三人のグループに分かれて順に出発し、墓地の中にあるポイントを経由して戻ってくる――というまあ説明に文量を割くのが億劫になるくらいのよくある趣向ではあったのだけれど、そこは小学生、スタート前の段階からそれなりに盛り上がり、男女ともにきゃあきゃあ喚声を上げていた。
かくして全員が揃ったところで催しは始まった。
*
クジ引きの結果、僕は例の転校生の彼と、あと同じクラスの女子一名(こちらも名前は覚えていない)とともに最後尾の組に当たることに決まった。
クラスメイトたちはしばらくクジによる組み分けにああだこうだと言い合っていたが、それもやがて静まり、ひと組またひと組と出発していく。
妹もクラスの他の女子たちに付き添われて先に行ってしまった。
「じゃあ、暮樫君、僕たちも行こうか」
転校生の彼が促す。
「あ、ああ、うん」
先行組の姿が見えなくなったあたりで、僕たちも出発した。
*
僕の気分は高揚していた。
それは大人に内緒で子供だけで、しかも夜間に男女連れだって遊ぶというシチュエーションはもちろんのこと、「小学校最後の夏」という期間限定の季節が醸し出す独特の空気感に流されていた面も多分にあったとは思うのだが――、
そんな表面的には甘酸っぱいようなこそばゆいような青春シーンはしかし唐突に打ち切られることになる。
*
予定されたルートを半ばほど進んだところで、それは起こっていた。
狭い墓地の参道の、少しく開けた箇所。
先に行ったはずのクラスメイトたちがグループ入り混じって膠着している。
その様子がどうにも奇妙であった。
ある者は頭を抱えて両の耳をふさぎ、ある者は何かから目をそらすように必死に首を振り、またある者はがくがくと膝を震わせながら何人かで身を寄せ合い――と、一同そのような状態でとてもイベントを楽しむといった感じになかった。
*
「ど、どうしたんだみんな!」
混乱するクラスメイトを前に転校生の彼が慌てて声を張る。
彼は「ほら、まだ肝試しの途中だよ!」「さっ、しっかりしてっ!」などとみなを鼓舞していた。
しかし彼の説得もむなしく全員右往左往するばかりで一向に収拾がつかない。
それどころか各人泣き叫びつつも段々と何かに追い詰められるかのように参道の中央一点へと集まっていっていて、それを見て僕は、なんだかテンションのおかしい押しくら饅頭のようだな、と場違いなことを連想した。
*
そのときだった。
「――聞こえる」
ぼそっと妹が言った。
妹はその押しくら饅頭には参加せず、異様に低い意気で傍観を決め込んでいた。
「え、何がだい」
僕は彼女に問いかける。
「……何って、幽霊の――」
「え?」
妹は続けて「あそこにいる。ほらあそこにも、こっちにも……」と冷めた口調で淡々と辺りを指さしていく。
対して、クラスメイトたちはまったくパニックに陥っており、「いない、いないもん!」「ああ、あんなのまさか……」「そ、そうさ、よく見てみろよ、何かの間違いだ……!」と、自分たちが遭遇している〝何か〟を必死に打ち消そうとしているようだった。
*
ああ、せっかく僕たち兄妹を招いてまで開催してくれた肝試し大会だというのに。
これでは主催者の彼にも面目が立たない。
どうしたらいいのか……。
…………そうだ。
*
そこで思い至った僕は、
「みんな、大丈夫だよ!」
と、クラスメイトたちへと呼びかけた。
その場にいた全員がはっとして僕のほうへ視線を向ける。
「今日の肝試し、みんなあんなに楽しみにしていたじゃないか!」
僕の言葉に反応して、転校生の彼が「暮樫君……」と感じ入ったように表情を崩していた。
大勢の級友にこうして話す機会など、僕には初めてのことだった。
僕は何か喉元に熱く込み上げるものを感じた。
「だって肝試しなんだよ? みんなさ、幽霊とかお化けとか……、そういうのが見たくてここまで来てるんじゃなかったの? だから、何も間違ってやしないって! 自信を持ってよ!」
――と、その僕の台詞にクラスメイトたちの顔色がさっと変わったように思えた。
「だから何もいないなんてことはないって! それに、なにより僕の妹がそこにいると言っている!」
*
僕は力強く宣言した。
渾身の演説だった。
僕としてはお化けを怖がって楽しむという肝試しの趣旨を最大限に顧慮したつもりだったのだが……、しかしそれがどうもいけなかったらしく、僕が言い終えるのを待たずにクラスメイトたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。
残されたのは閑静な夜の墓地に僕と妹の二人だけであった。
*
仕方がないのでその日は妹と墓地をひと回りして帰った。
妹に友人をつくるまたとないチャンスだったかもしれなかったのに……。
僕は内心消化不良だったが、帰路の妹は当初の不機嫌さはどこへやら、妙に嬉しそうにしていた。何が嬉しいのか、僕にはやはり分からなかった。
でも、妹が楽しんでくれたのなら慣れないイベントに参加した意味もあったのかもしれないな、と僕は妹の手を引きながら思ったのだった――――。
*
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