第4話
——五年後、
病院へと汗だくになりながら駆け込んだ俺。
看護士に注意されながらもシヲリの待つ病室に向かった。
「シヲリ!」
俺の声に反応して微笑みを浮かべるシヲリ。
隣には生まれた赤ん坊が健やかに胸を上下させて眠っている。
それを見た瞬間、俺は泣いていた。歓喜の涙だった。
外は陰鬱な雨がしとしとと降り注いでいる。雨に濡れた背広を椅子にかけると、赤ん坊に近付いた。
俺と、シヲリの子どもだった。あのあと、俺の大学卒業を機にシヲリと結婚。小さな工場だが就職もしてバリバリと働いた。
幸せな時間は、すぐに二倍になった。シヲリに子どもが出来たと知ったとき、自分も父になるのだとまだ見ぬ子どもを想像して奮えた。
「シヲリ、よく頑張った。ふたりの子どもだよ。こんなにちっちゃくても生きている。すごいよ!」
興奮が冷め遣らず、何を言っているか自分でもわからない。それほど、俺はこの一大イベントに盛り上がっていた。
そんな俺を見てにこやかに微笑みながらシヲリは話し出す。
「ねえ……トウマさん。私ね男の子がもし生まれたら、付けようって思っている名前があるの」
外は大嵐になりそうなのか、稲光が轟いている。
「私ね、男の子なら——ってつけようと思うの……」
近くで落ちたのか……
シヲリの言葉は天を衝かんばかりの稲妻と轟音で聞き取れない。
だが、シヲリの顔はあの日と同じ……
あのトウヤの死を知って塞ぎ込んでしまったシヲリを、励まそうと訪れた。
シヲリは俺をトウヤと勘違いしていたあの……
「この子は、トウヤ。私のトウヤ。私だけのトウヤだわ……ふふ」
——シヲリの冷たい笑い声が病室の中でいつまでもこだまする。
俺の中で何かが軋む音がした……
<了>
朔日の雨 発条璃々 @naKo_Kanagi885
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