第3話
呪縛から目覚めたように俺は肩を掴んで引き離す。シヲリは状況を飲み込めず呆然としている。
俺は、泣いているのかもしれない。だが、その涙は雨によって覆いつくされてシヲリの目には映らない。
「俺……トウヤじゃないよ。トウヤは死んだんだ……」
「……何を言っているのかわからないわ……だって私の目の前にいるじゃない。トウヤさん冗談はよし——」
「弟なんだ……双子の。トウマだよ。トウヤじゃない。トウヤは……今日のような雨の日に」
「嘘よ! そんな筈ない。昨日だってその前の日にだって私の傍にいてくれたわ。雨の日にだけ、こっそり会いに来てくれた。晴れの日はあの女のものかもしれない。でも、雨の日は私のものだったの。だから、だから、だから……」
「もう、トウヤは死んだんだ。ここに来るつもりだったんだと思う。でも……バイクが転倒して」
シヲリは錯乱して俺の胸を叩いた。何度も、何度も。力強く。否定の言葉を口にしながら……
俺の掴む手を振り解いてシヲリは居間にある仏壇を目に捉えた。
「ううう……ううううう、ああああああああ——」
声にならない咆哮で天を仰ぐシヲリ。その背中があまりにも小さくて、寂しくて、辛くて……俺は後ろから抱き締めた。
「ダメなのかな! 俺じゃあ、トウヤの変わりになれないのかな! 俺は好きだよ、トウヤは二股なんて掛けるから罰が当たったんだ。だからシヲリさんがこんなに悲しまなくていいんだ。こんなに苦しまなくていいんだ。こんなに、こんなに……」
俺も肩越しに雨の所為で掻き消えそうになりながらも、叫んだ。有りっ丈の声で叫んだ!
雨はいつの間にか小降りになっていた。肩を抱かれるシヲリは乾いた声で呟いた。
「……これくらいの雨じゃ……溺れないね。私は雨に……トウヤに淫していたけど……」
立ち上がろうとするシヲリに俺は手を貸す。はじめて清々しい笑顔を浮かべるシヲリ。
「トウマ……さんのいうように、トウヤは死んだのね……私を置いて」
「本当に……俺じゃダメかな。トウヤと同じ顔で思い出しちゃうかもしれないけど……」
「違うわ。トウヤさんはトウヤさん。トウマさんはトウマさんよ」
そういって、また優しく笑った。雲の隙間から陽光が庭に差す。陰鬱な空気は雨と共にあがったのかもしれない。
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