第1話「戦士アイーシャ」第2章 火竜の団②


 ゴーラの街はずれに廃墟となった館がある。建物の本来の持ち主は既にいなくなり、荒れるに任せるままとなっている。先年に起こった戦争では多くの貴族が故国を守るため出陣しそして帰らぬものとなった。そうした貴族が所有していた邸宅等の一部は家主不在のまま打ち捨てられたままとなった。そのためそういった場所には自然と浮浪者やごろつき等が住み着くようになる。彼ら〈火竜の団〉が根城の一つとしているのはそうした建物だった。

 日が傾き始めている。春になったとはいえ、日の入りはまだ早く冷たい風が吹いては館の立て付けの緩んだ戸をかたかたと揺らす。

「こ、こんなことをして、主の罰が下りますよ!」

「ははぁ、こいつは噂にたがわず威勢のいいガキだ。」 

メアは後ろ手に縄を縛られ、館の一室に監禁されていた。

レティ―アはメアの事を興味深げに眺めている。

「ふむ、こいつはそこそこいい家のお嬢さんじゃないか?身に付けてる服の仕立ては上等だし、何より魔術の杖を持っていた。さぞ名のある家のお嬢様だろうことさ。ただの餌にしちゃあ惜しいねぇ。」

「姉さんそれは…」

「決まってるだろ、身代金さ。裕福な貴族様ならかわいいわが子のためなら金は惜しまない。」

「あなたたちのような卑劣な人たちに払うお金なんて銅貨一枚だってありません!」

 次の瞬間、レティ―アがメアの頬をはる鋭い音が響いた。

「…少し口やかましいところが玉に傷か。よく見張っとくんだよ。」

部下に指示すると彼女は奥の部屋へ引っ込んでいった。


 館の各所では男たちが見張りをし、アイーシャが来るのを心待ちにしていた。昨晩は五人で遅れを取ったが、今館にいるのは〈火竜の団〉総勢三十余名である。これだけの人数差で勝てない道理はなかった。

 レティ―アからはアイーシャに対しては何をしても構わないと言われていた。

 気が強く腕が立つことを除けば若く美しい少女である。自然と男たちには下心も湧いてくる。

アイーシャに恐れをなしていた男たちも、思う存分仕返しができる期待感ににわかに興奮に震えている。

 総じて〈火竜の団〉の士気は高いと言って差し支えないだろう。

 ただ、裏を返せば勝って当然という状況から気のゆるみが感じ取れる。だがそれも無理からぬこと。相手がいくら腕の立つ剣士とはいえ、三十一対の戦いで負けるはずがないではないか。

 頭目のレティ―アですらそう思っていた。


  ◆


「頭ぁ、来やがったぜ!」

 日は西の空に傾きつあり、夕日が空を焦がしている。

 夕日に照らされてアイーシャが一人歩いてくる。

 レティ―アと団員は館の前に揃い出て彼女を半包囲するように並んでいる。

「ふん、約束通り一人で来たね。」

「あんたがアイーシャかい。」

 アイーシャは沈黙で肯定する。

「あたしはこの〈火竜の団〉の頭目、レティ―アだ。昨日今日とうちの者がだいぶ世話になったそうじゃないか。その礼ってやつがしたくね。」

 レティーアの隣には後ろ手に縛られたメアの姿があった。

「メアを開放しろ。」

「そいつを決めるのはお前じゃないんだよ。…やっちまいな。」

 レティーアは部下たちに号令をかける。

「アイーシャ、逃げて!」

 一斉に十数人の男たちが殺到する。

 最初に接近した二人を同時に剣で薙ぎ払う。しかし同時に後ろからも相手は襲い掛かってくる。アイーシャは時に跳び、伏せ、敵を盾代わりにするなど巧みな体さばきを見せ、団員の攻撃をかわしていく。

「…意外と、やる。」

 団員が二度も遅れを取った理由をまざまざと見せつけられる。

 アイーシャは剣の技量が熟達しているのだ。剣で受けた攻撃を巧みに受け流し別の敵に当てるように仕向ける、相手の利き腕・利き足を切り付け相手を無力化す等、乱戦慣れしているとしかいいようがない。

「お前ら、手ぇ抜いてんじゃないだろうね?殺すつもりでやるんだよ!」

 業を煮やしたレティーアは団員に発破をかける。それでも状況は変わらず、五人、六人と団員は倒されていく。一対多とはいえ、団員たちの攻撃の統制はとれておらず、機敏に動き回るアイーシャを捉え切れていなかった。

(乱戦ではやつが有利か…なら)

 レティーアは一旦全員をアイーシャから引かせ、陣形を整え直させた。

 団員達が陣形を整える最中、レティーアは尋ねた。

「アイーシャ、お前うちに入る気はないかい?」

「お頭ぁ?正気ですかい?」

 レティーアの突然の提案に驚く団員達。

「お前らは黙ってな!」

 団員の異論をぴしゃりと遮る。

「正直お前ほど腕が立つ剣士をみすみす潰しちまうのも惜しい。お前ならさぞいい切り込み隊長になるだろうさ。」

 ややあってアイーシャは答えた。

「正直あたしは剣が振るえるなら仕事は何でもいいと思ってはいるが…、

残念ながら賊の片棒を担ぐ気は毛頭ない。」

「…交渉決裂か、まあいい。」

 陣形が整うのを確認すると突撃の号令をかけた。残り全員で攻撃をさせるつもりだ。

「さっきのような小細工の利く乱戦とは違う。」

「潰れちまいな!」

 陣形を組んだ男たちがアイーシャを包囲する形で襲い掛かった。

「アイーシャさん!」

 メアは思わず声を上げる。

 全方位から武器が振るわれ勝負あったか、そう思った瞬間それは起きた。

 アイーシャの周囲に突如猛烈な風が巻き起こったのだ。

 彼女の周囲で風の直撃を喰らった男たちはひとたまりもなく吹き飛ばされた。

 あるものは館の壁にしたたかに打ち付けられ、またある者は風の刃で切り裂かれた。

死んだ者はいないようだが、それぞれに重傷を負いうめき声がほうぼうから聞こえてくる。

 レティ―アはその様子をあっけにとられ見ていた。

 やがて風が収まり砂埃の中からアイーシャが姿を現す。

「…まさか、あれは」

 メアは目の前で起きたことがにわかに信じられなかった。

 起こるはずのない風を起こす奇跡の業。あれは間違いなく―

「魔導士!」

 レティ―アはとっさに叫んだ。

 アイーシャはゆっくりと歩を進めながら答えた。

「違う」


「あたしは戦士だ。」

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アイーシャの戦記 珪素 @keiso_si14

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