第1話「戦士アイーシャ」第2章 火竜の団①
第二章「火竜の団」
「連中、役人でもないのに通行料だなんだと訳の分からない事を言ってきて、しまいには無理やり金を取ろうとしてきたんだ。」
アイーシャは昨夜の男たちとのいきさつをそのように語った。
「…それで実力行使ですか。」
「ああ、いちおう死なない程度に手加減しておいたが、どうやら痛めつけたりなかったようだな…」アイーシャはいまいましげにつぶやいた。
「怖いです!アイーシャさん目が怖い!」
市場での騒動の後、メアはアイーシャと共に〈樽と麦亭〉に戻っていた。
メアがアイーシャに助けてもらったお礼をしたいと連れてきたのだ。
二人が座るテーブルの上にはお礼の品が並んでいる。香草入り腸詰めにパンにスープにチーズの盛り合わせ等々一人で食べる分としてはやや多すぎる程である。
「あんたが噂の剣士様かい?市場で連中を一泡ふかせたらしいじゃないか」
おかみが追加のパンを皿にのせながらアイーシャに声をかける。
「でも気をつけなよ、連中しつこいからね。またあんたにお仕返しに来るかもしれないよ。」
「その時はまた返り討ちにするだけだ。」
アイーシャが壁に掛けた剣に目をやり答えた。
「…それにしても、メア、あなたも随分度胸がある。一人で連中に食って掛かって行ったんだから。」
「あ、あれはつい、どうしても見過ごせなくて…」
「見過ごせないと思っても実際にあそこまで言えるのは大したものだわ、勇気がある。」
「あ、ありがとうございます…」
助けられた相手からの思いがけない称賛の言葉にメアはなんだか気恥ずかしくなった。
「でも時と場合は考える事ね。正しい事をしようとしてもそれに伴う力がなければただの蛮勇だわ。あたしみたいなお人よしがいつもいるとは思わない事ね。」
「ご、ごめんなさい…」
褒められたと思った直後の厳しい言葉に思わず俯いてしまう。
「確かに私には何の力もありません…。でも、困ってる人を見過ごすことがどうしてもできなくて…。」
「そう思うことは悪いことじゃないわ。その思いに見合った力を身に付けなさい。」
「でも私ではとてもアイーシャさんのように強くは…」
「力といっても腕っぷしばかりじゃないわ。今からそれを学びに行くんでしょう?学士様」
「私なりの力…そうですね、身に付けられるように頑張ります。」
話し終わるとアイーシャはメアから目をそらし、気まずそうに頬をかいている。
「?どうしたんですか」
「…しゃべりすぎた。こんな説教じみた話するつもりじゃなかったんだけどな」
「ふふ、そうですね。早く食べないとせっかくの料理が冷めてしまいますね。」
「まあ、それではアイーシャさんも王都まで?」
「ああ、イースファリアで修行するなら王都がいいと聞いてな。」
「でもアイーシャさんもう十分お強いのではないですか?」
先ほど男を一瞬で倒した動きを思い出しながらメアは言った。
「いや、世界は広い。あたしでも適わない相手はいくらでもいるさ。」
「そういうものですか…」
「メアあなたは王都何を学びに行くの?」
「えーと私は、…アイーシャさんその頬の傷は?」
アイーシャの左ほおにはうっすらと赤い筋となった傷跡があった。
「ああ、ゆうべあいつらとやりあった時についた傷だ。放っておけば治るさ。」
「いけません。女性の肌に傷がついたままでは。…私に任せてください。」
メアは懐から短い杖を取り出した。表面には複雑な文様が刻まれており、先端部には赤い宝石が埋め込まれている。
「アイーシャさん、左頬を私の方に。」
アイーシャは言われるまま頬をメアに差し出る。
メアは杖を構えるとしばらく目を瞑った。
アイーシャはメアの周囲の空気が濃くなるような感覚を覚えた。
何かがメアの周りに集まっている、そう感じた
メアが目を開けるとその瞳はぼんやりと光り、体も青白い燐光を発している。
光はやがて杖の先端に収束していく。そしてメアは光を帯びた杖の先端をアイーシャの左ほおに当てた。
「…結べ。」
メアが短くそうつぶやくと、アイーシャの頬の傷は綺麗に塞がっていった。
「あなた、魔導士だったのね」
術が終わった後、アイーシャはメアに訊いた。
肝心のメアは術で集中したせいか、机に倒れ込むように伏せっている。
「…はい、一応は。でもごらんのとおり簡単な治癒の術を使っただけでこの有様ですから。まだまだ端くれもいいところで…。」
「でも綺麗に治っているわ、ありがとう。」
アイーシャは自身の頬を撫でながら言った。
「王都へは魔術の修行に?」
「はい。なんでも大きな学院があるという事で、そこで学ばせて頂きます。」
そこまで言うとメアのおなかが鳴った。
「あはは…やっぱり魔術を使うとおなかが減りますね…」
メアは気恥ずかしそうにつぶやいた。
◆
「…それでそのままやられて帰ってきたってわけかい。」
声の主は不機嫌そうな様子を隠そうともしなかった。
「お、お頭聞いてくれよ。そいつが滅法強くてよ。デムのやつをあっというまにの島ちまったんだ。」
『お頭』は手下の言葉には興味もないという様子で、爪の手入れに余念がない。
「ゆうべ五人がかりで返り討ちにあったってものそいつなんだろ?」
「あ、ああ…」
「で、どうするんだい?」
「へ?」
「あたしとお前は〈火竜の団〉の家族も同然。お前が受けた屈辱はあたし自身が受けた屈辱に等しい。」
お頭は赤く長い髪をなびかせ部下に目を向けて言った。抑揚は抑えているが、その声には怒気がこもっているのがはっきりと感じ取れる。
「お前は、このレティ―アの顔に二度も泥を塗って平気でいられるのかい?」
〈火竜の団〉と呼ばれる集団のお頭レティ―アはぱっと目立つ美女だった。だがその身からはふれなば斬らんと言わんばかりの気を発しており、屈強な男たちが平伏している様子からも、ただの女ではないことがわかる。
「とととんでもない、すぐにでも仕返しに行ってやりてえが…」
「が?」
あいまいな返事は許さないとばかりに言葉尻をとらえる。
「そいつの腕っぷしが半端がなくてよ…なぁ?」
思わず隣の仲間に同意を求める。
「ああ、あの女、すばしっこいうえに剣の腕も立つし…」
そう言った直後、部下はまずいと思ったがすでに遅かった。
「今〝女〟って言ったかい?」
レティ―アの声低く小さかったがそこには深い怒りが込められていた。
「なんだその剣士様は女だったわけかい。…よりにもよって女に!そんな舐められた真似されたわけだ、あたしは!」
レティ―アは怒りの炎を上げた。
比喩ではなく彼女の周りから炎が噴き出していた。厳密には彼女が右手に持つ杖からである。
彼女は炎を操る魔導士であった。男たちが彼女に従っているものひとえにその力によってであった。時折今のように怒りに任せて無意識に術を出す癖があり、部下たちは彼女を怒らせないように苦心していた。
「い、今すぐにでも仕返に、女を叩きのめしに行ってきやす!」
部下はとっさに叫んだ。
「…言ったね。あたしの前でそう言ったからには見せてもらおうじゃないか。」
だが周りの部下たちは具体策が思いつかず顔を見合わせて思案顔だ。
「頭を使いな頭を。腕っぷしでかなわないなら搦め手でもなんでも使うんだよ
…さっきの話じゃあその剣士様がかばったガキがいるらしいじゃないか。」
もう機嫌が直ったのか、レティ―アは不敵な笑みを浮かべた。
◆
日が傾き始め、ゆうげの準備を始めた〈樽と麦亭〉の看板には「仕込中」の看板が掛けられていた。人気のない店内ではアイーシャが剣の手入れをしている。
「おかみ、メアは?」
「ああ、あの子なら市場に買い物に行ったよ。さっきは騒ぎで結局買い物ができなかったみたいだからね。」
「そうか…」
「あはは、あんたも話し相手がいないと寂しいかい。」
「そう言う訳では…」
カタン、と店の入り口が開いた。
メアが帰ってきた来たと思いアイーシャ入り口に目を向けたが、そこにいたのは一人の男だった。
顔には見覚えがある。昼間の市場で返り討ちにした男の一味である。
「…何の用だ、昼間の続きでもしに来たか?」
「うちのお頭がどうしてもお前さんに礼がしたいってな、ちょっと付き合ってもらいたい訳よ。」
「あたしもそこまで暇じゃない。そこまで付き合う義理はないね。」
「これを見てもそう言っていられるかい?
男は懐から帽子を取り出した。金の縁取りをした黒い帽子だ
「貴様!」
状況を察したアイーシャは剣の柄に手をかけ、男に向けて殺気を放つ。
「おっと、今ここで俺とやりあっても無駄なのはわかるだろ?」
浴びせれらる殺気たじろぎながらも男が答える。
男がメアの帽子を持っていることから推察するに、彼女はアイーシャをアジトに呼び寄せるための人質にされたと思って間違いないだろう。
だとすればここでこの男を斬っても問題は解決しない。
「…お頭とやらの所まで連れていけ。」
「へへっ話が早えや。」
「…だが覚えておけ。」
アイーシャは射貫くような視線を向けて言った。
「卑劣な手段を取った代償は高くつくことをな。」
男はアイーシャの言葉がただの脅しではないことを感じ取り、背中から冷や汗を噴き出した。
「…へ、変な気を起こすなよ、俺に何かあれば人質もただじゃあ済まねえからな。」
「ああ、そこまであたしも馬鹿じゃない。終わったあとでじっくりと…」
「その身に刻み込んでやる」
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