声を売った夏
——見つかったわ! 素敵な仕事よ!
コンスタンスが頬を紅潮させてフラットに駆け込んできたのは、まだ二人が学生同士だった頃だ。学生、とはいえ、コンスタンスはすでに教師になるための大学院コースを始めていたし、私は弁護士になるための勉強をしていたところで、20歳にもならないような子供というわけではなかった。大学在学中に同居を始め、卒業と同時に結婚して2年目。コンスタンスの妊娠がわかったばかりの頃だ。
——なんだいそれは。
私は、コンスタンスのはしゃぎように、思わず自分も頬をほころばせた。
妊娠がわかってから、収入のない私たちは頭を抱えていたのだ。あと数年待てば経済的にも安定するだろうけれど、このままでは途中で勉学をやめなくてはならない。ただでさえ2010年の大学学費改定で私たちは二人とも大きな借金を抱えていた。
——音声提供ですって。病院や銀行で文字に頼るんじゃなくて音声でガイダンスをするでしょう? そのための「声」を探しているんですって。あとは、学校で子供達に外国語を教えるための発音だとか……。
コンスタンスの声——。私は思わず目を見張った。
なるほど、確かに。
確かに、コンスタンスの声は美しかった。
女性の声としてはやや低いけれど、柔らかく、それでいて明瞭。かすかなアイルランド訛りの醸し出す親しみやすさ。
その上、コンスタンスは
——英語とフランス語とスペイン語、それにドイツ語をお願いされたの。2ヶ月ぐらい毎日通っていろいろなセリフを読んだりすることになるんだけど、最初の前金で学費の借金が返せるし——そのあとも、どこかで2千回私の声を使って何かが再生されるたびに1ペンスもらえるんですって。
「2千回で1ペンス!」
私が思わず目を回すと、コンスタンスは笑い転げた。それは途方もない回数のように思えた。
——多分、時々アイスクリームが買えるくらいのお金になるんじゃないかな!
のちに私は、彼女の契約書の内容を吟味しなかったことをひどく後悔することになる。
コンスタンスの声は、私たちがびっくりするほどのスピードでイギリス社会に浸透した。
——何かお探しですか?
店で妻の声に尋ねられ、焦って振り返ったことも一度や二度ではない。最初のうちは一月にほんのわずかだった「音声使用料」が、やがて安定した収入となって私たちの銀行口座に入ってくるようになった頃には、人々はすでに、日々の生活に自動音声が入ってくることに何の違和感も覚えなくなっていた。
仕事で電話をかけては相手に困惑されることが増えた、とコンスタンスは時折こぼしたが、それもまた二人にとってはジョークのうちだった。
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