第百五十七話 奇跡の後に

 ついに天鬼を討伐した柚月と九十九。

 灰の中から一振りの刀だけが残った。煉獄丸だ。

 煉獄丸もまた、刃がかけボロボロの状態だ。

 九十九は、明枇で、煉獄丸を突き刺す。煉獄丸は、見事真っ二つに砕かれた。


「これで、煉獄丸は、砕いた。もう、大丈夫だろう」


「いや、まだだ」


「え?」


「あの石と黒い妖がまだいる。あいつらをどうにかしなければ」


 まだ、問題は、残っている。

 風塵と雷塵が作った妖を生み出してしまうあの石と、その石から生まれた黒い妖達だ。

 この二つの問題を解決しなければ、人間も妖も解放されたとは言えない。

 妖達も黒い妖達に恐怖を感じているかもしれないのだから。


「けど、どうやって……」


 石は、誰にも破壊できなかったため、この地獄に放り込まれた。

 それに、黒い妖達も一気に浄化する方法など見つかっていない。

 二人では、どうすることもできないように思えてくる。

 だが、柚月は、希望を捨てていなかった。


「今なら……」


「柚月?」


 柚月は、歩きだし、あの石の前に、たどり着く。

 まだ、彼らは、異能・光刀と九尾の炎を纏った状態だ。

 その状態であるなら、石をも破壊で斬るかもしれない。

 自分の状況に気付いた九十九も、柚月が何をしようとしているのか理解し、希望を見出した。

 八雲と真月で石を破壊しようとしているのだと。

 だが、柚月は、なぜか、八雲を鞘に納めてしまった。


――待て、なぜ、私を使わない!


 八雲は、柚月に尋ねる。

 八雲も、九十九と同じことを考えていたからだ。

 柚月は、なぜ、八雲を鞘に納めたか語り始めた。


「これが、破壊できても、耐えられるかどうかは不明です。あなたの魂に影響が出るかもしれません。ですが、真月なら……」


「お前、真月が、砕かれちまったら……」


 たとえ、石が破壊できたとしても、刃が砕かれる可能性がある。

 八雲の刃は、魂でできた刀だ。

 八雲の魂に影響が出てしまう可能性があるだろう。

 だからと言って、真月で石を破壊しようとするなら、真月だって同じ状況になるはずだ。

 これまで、柚月を守ってきた真月が、砕かれるのではないかと思うと九十九は、柚月を制止しようとしたが、柚月は、振り向き、微笑んだ。


「構わん。矢代様に、謝罪して、新しい宝刀を作ってもらうさ」


 もちろん、真月を失ってしまうのは、柚月にとっても痛手だ。

 真月は、彼を幾度となく守ってきたのだから。

 だが、それも、覚悟の上だ。

 たとえ、このまま、真月が、砕かれたとしても、やらなければならない。

 柚月は、真月を握りしめ、振り上げた。

 そして、異能・光刀と九尾の炎を纏わせ、真月の技も、発動した。三つの力が石へとぶつかる。

 その力に、耐えられなくなった石に、ひびが入り、一瞬にして、砕かれた。

 だが、真月は、耐えきったようだ。

 奇跡が起こったように柚月は、思えた。


「ありがとう……」


 柚月は、真月にお礼を言い、鞘に納めた。


「後は、黒い妖だな」


「ああ。今なら……」


「できそうだな」


 石を破壊で来た時、柚月と九十九は、確信した。

 この状態でなら、黒い妖達も浄化できるであろうと。

 しかし……。


――それは、無理だ。


「え?」


「なんでだよ、親父」


――あの光刀と九尾の炎を飛ばすことは不可能だ。範囲が広すぎる。


 八雲は、無理だと告げ、九十九は尋ねた。

 光刀と九尾の炎が同時に発動できるのは、八雲の術のおかげだ。

 だが、外にいる黒い妖達を浄化となると範囲が広すぎるため、術が発動できない。


「じゃあ、どうしろって言うんだよ……」


――方法はある。私の全てで浄化するのだ。


「八雲様の?」


 今の自分達の力でさえも、浄化できないと知り、途方に暮れる柚月達であったが、八雲は、方法があると告げる。

 だが、それは、自身の全てで浄化するというのだ。

 全てと言うのは、一体どういうことだろうか。

 まさか、自分を犠牲にしようとしているのではないか。

 嫌な予感がし、柚月は、胸騒ぎを覚える。

 どうか、この予想が当たっていないように祈るばかりであった。

 だが、現実は、残酷だった。


――そうだ。私の魂、全てを九十九にささげ、その魂で九尾の炎を生み出し、飛ばす。それなら、できるはずだ。


「駄目です!」


――柚月!


「そんな事できるわけないでしょう!九十九は……やっと、家族に会えたんですよ!それなのに……」


 八雲は、自身の魂を九十九に明け渡し、その魂で九尾の炎を生み出して、飛ばすというのだ。

 自身の魂なら、遠方でも、飛ばすことが可能であると考えたのだろう。

 自分の意識を分散させ、飛ばすだけなのだから。

 だが、それは、柚月の予想通り、八雲を犠牲にしての事だ。

 それを、柚月が承諾するはずがない。

 天涯孤独の身だった九十九は、八雲と再会し、明枇に支えてもらったことを実感できたのだ。

 もし、それを発動してしまったら、九十九と明枇は、二度と八雲に会うことができなくなってしまう。

 柚月は、八雲の提案に反発した。


――柚月、八雲様に従って。


「え?明枇?」


 明枇の声が聞こえる。

 それも、とても、優しそうな声だ。

 明枇は、まるで、母親のように柚月に語りかけていた。


――この方は、とうに覚悟できている。それに、九十九も……。


 明枇は、八雲の覚悟を感じ取っているらしい。

 九十九も、同様に、覚悟を決めているようだ。

 柚月もまた、彼らの覚悟を感じ取った。

 もはや、止めることすらできないほどの覚悟を……。


「柚月、頼む……」


「……わかった」


 柚月は、ついにうなずき、八雲を鞘から抜いた。両手で、握りしめて。

 柚月も、覚悟を決めた瞬間であった。


「行くぞ」


「おう」


 柚月は、聖刀・八雲を九十九へと突き刺した。

 刃が、八雲の姿へと変わり、九十九へと入る。

 九十九は、八雲が、自分の中へと入っていくのを感じた。

 その時だった。


――九十九……。お前とまた、会えて、うれしかったぞ。


――俺もだ。


――さらばだ。


――おう、ありがとうな、親父。


 最後の親子の会話を交わした九十九と八雲。

 九十九と八雲が、同化していく。

 八雲の魂は、まばゆい光を放ち、白銀の炎……九尾の炎へと変わっていった。


「おおおおおおおおっ!」


 九十九は、雄たけびを上げながら、ありったけの想いを込めて、九尾の炎を外へと飛ばした。

 一つとなった九尾の炎は、無数の炎に別れ、四方八方へと飛んでいく。流れ星のように……。



 そのころ、黒い妖達は、結界を破壊しようと、攻撃している。

 結界の中にいた、隊士達は、息をのむ。もう、結界も持たないと感じながら。朧も覚悟を決めていた。

 だが、その時だ。流れ星のように、飛んできた九尾の炎が、黒い妖達を包む。

 黒い妖達は、瞬く間に、浄化され、消えていった。天鬼の支配に、解放されたかのように。

 その光景を目の当たりにした朧と隊士達は、目を見開き、驚愕していた。



 九尾の炎が黒い妖を浄化したと隊士から報告を受けた勝吏と月読は、急いで本堂から出る。

 見上げると、無数の九尾の炎が、四方八方へと飛んでいくのが見えた。


「これは……九十九の九尾の炎なのか……?」


「なんと、綺麗な……」


 その九尾の炎は、いつになく、輝きを纏って飛んでいく。美しい光景だ。

 聖印の力が、八雲の魂が宿っているからだろう。

 その光景に、勝吏と月読は見とれていた。


「すごいなぁ……流れ星みたいだ。あの妖狐……いや、九十九の奴、やるじゃないか」


 目覚めた虎徹も、寝たまま外を眺めている。

 柚月と九十九が、自分達を救ってくれたのだと察し、ついに虎徹も九十九を認めた。



――浄化は、できたか。あとは、あの者達を……。


 和ノ国に攻め入った黒い妖達は、ほとんど浄化できたようだ。

 そう感じた八雲の魂の一部は、四つの炎に別れ、四方へと飛んでいった。



 一つ目の炎は、蓮城家へと。

 部屋から九尾の炎が飛んでいくのを見ていた景時は、喜んでいた。

 だが、未だ、天次は、目覚めていない。

 いつか、目覚めるだろうと予測はしているのの、いつになるかわからない。

 天次にもこの美しい光景を見せてあげたかったと景時は、寂しさを感じていた。

 だが、その時、一つの炎が天次へと入り込む。まるで彼を救うかのように。

 命を削られた天次であったが、九尾の炎が命火となったのだ。

 九尾の炎に救われた天次は、目を覚ました。


「天次?」


「かげとき?」


 天次は、目を覚まし、景時を見る。

 そして、自分は、目覚めることができたと、気付いた。


「やったぁ!うごける!しゃべれる!」


 気付いた途端、天次は、布団から飛び出し、喜び始めた。まるで、人間の子供ように。

 景時が意識を封じていたにもかかわらず、天次は、自我を取り戻した。

 いや、もう、封じる必要などなかったのだ。彼らは、心を通わせていたのだから。

 天次は、喜び、飛び上がっている。

 その光景を目の当たりにした景時は、思わず、天次を抱きしめた。


「わっ!」


 突然、景時に、抱きしめられた天次は、驚いた様子だ。

 景時は、涙を流していた。


「よかった。本当に……天次……」


「うん!かげとき、だいすき!」


 奇跡は、起きた。

 天次は、目を覚ますことができたのだから。

 だが、奇跡は、これだけでは終わらない。



 二つ目の炎は、天城家へと。

 透馬は、屋敷で九尾の炎が飛んでいくのを見ていたのだが、なぜ、九尾の炎が飛んでいったのか、わかっていない。

 記憶を失った為、九十九が、九尾の炎を飛ばしたと思いつかないのだ。

 透馬と共に眺めていた矢代は、心苦しく感じた。

 もし、記憶を取り戻せていたら、透馬は、喜んでいただろうに。

 そう思うと、母親として何もできなことを悔やんだ。

 だが、二つ目の奇跡は、起こった。

 一つの炎が、透馬へと入り込んだのだ。


「透馬!」


 突然の光景を目の当たりにした矢代は、驚愕し、心配する。火傷を負ってしまったのではないかと。

 だが、透馬は、火傷を負った様子はなく、目を瞬きさせていた。


「か、母ちゃん?」


「透馬……あんた、記憶が……」


「お、おう、そうたみたいだ」


 なんと、透馬の記憶が戻ったのだ。

 九尾の炎が、透馬を回復させてくれたのだと、矢代は、察した。

 起き上がった透馬だが、矢代は、思わず、透馬を抱きしめた。


「透馬!」


「母ちゃん……ありがとう」


 矢代は、涙を流す。

 透馬も、涙を流して、喜んでいた。

 だが、奇跡は、さらに続いた。



 三つ目と四つ目の炎は、千城家へと。

 夏乃は、寝たきりのまま、九尾の炎が飛んでいくのを見ていた。

 美しいと思える光景を夏乃は、見とれていたが、悔やんでいたことがあった。

 それは、自分の体が動かない事、そして、綾姫が未だ、眠りについていることだ。

 もし、奇跡が起こったら、綾姫と共にあの光景を見たかった。あの美しい光景を綾姫にも見せたかった。

 だが、それすらも叶わない。美しいと思えるからこそ、余計に悲しさが、生まれていた。

 しかし、一つの炎が、夏乃へと入り込んでいく。

 夏乃は、驚愕していたが、感じ取っていた。九十九の九尾の炎と聖印の力が自分の中に入っていくのが。

 だが、なぜ、そのような現象が起こったのか、夏乃には、わからないが、夏乃は、あることに気付いた。


「体が……動けるように……」


 そう、いくら動かしたくても、動かせなかった体が、動けるようになったのだ。

 あの九尾の炎が自分を助けてくれたと夏乃は、感じ取った。

 そう、思ったら居てもたってもいられなくなった。


「綾姫様!」


 夏乃は、起き上がり、急いで綾姫の部屋へと向かう。

 もしかしたら、もう一つの奇跡が起こったのではないかと、予想していたのだ。 

 自分に起きた奇跡のように。



 夏乃は、綾姫の部屋へと急いで入る。

 すると、奇跡は起きていた。本当に。

 なんと、綾姫は、目を覚まし、起き上がっていたのだ。

 もう、目覚めないかもしれないと言われていた綾姫が。


「綾姫様……」


「私、どうして……」


 何が起こったのかも、綾姫は、わからない状態のようだ。

 自分は、二度も儀式を行い、命をほとんど削ってしまったにもかかわらず。

 だが、綾姫は、涙を流し始める。感じ取ったのだ、九尾の炎と八雲の聖印の力を。これらが、綾姫の命の代わりとなってくれたのだと。

 綾姫は、これからも生きることができるのだと思うとうれしくて、涙が止まらなかった。


「九十九が……八雲様が……私に、命をくれたのね……」


「綾姫様!」


「夏乃!」


 夏乃も、涙を流して、綾姫を抱きしめる。

 こうして、八雲は、奇跡を起こして、綾姫達を救った。



「やったぞ!」


「黒い妖が、消えた!」


「柚月様と……あの妖狐が助けてくれたんだ!」


 外にいた隊士達は、次々に喜び始める。互いに抱きしめあい、飛びあがる者達もいた。黒い妖達が浄化され、喜びを分かち合う隊士達。柚月と九十九が、自分達を救ってくれた事に感謝しながら。

 その場にいた朧も、確信していた。柚月と九十九は、勝ったのだと。自分達を救ってくれたのだと。

 そう思うと、涙があふれ、止まらなかった。


「兄さん……九十九……」


 朧は、手で涙をぬぐい、微笑んでいた。


「ありがとう……」


 朧は、いつまでも、外を眺めていた。柚月と九十九が、帰ってくると確信して。

 こうして、九尾の炎は、いくつもの奇跡を起こした。



 八雲と共に九尾の炎を発動したのが、体に多少負担がかかったらしく、九十九は、柚月に支えられた状態で、立っていた。

 

「やったか?」


「ああ……黒い妖は消えた。お前と八雲様のおかげでな」


「そうか……」


 九十九の命は、削られなかったが、八雲は、もういない。

 自分も八雲に救われたのだと、九十九は、感じていた。


「ありがとう……親父……」


 九十九は、涙を流し、意識を失った。


「ありがとう……九十九……八雲様……」


 柚月は、二人に感謝し、微笑んだ。

 だが、その時だ。地面が揺れ始めたのは。

 その影響により、壁が崩れかけていた。


「力を失ったからか……」


 天鬼が、地獄の力を吸い取ったからなのであろう。 

 地獄も洞窟も、今にも崩れそうだ。

 柚月は、九十九を肩に担ぎ、進み始めた。


「急がないと」


 柚月は、地獄の門を潜り抜け、外へと急ぐ。

 朧達が待つ聖印京へと帰るために。


「もうすぐだ。もうすぐで……」


 後、少しで外に出れる。 

 聖印京へと帰れるのだ。

 柚月は、そう確信していた。

 だが、誰も予想できない事態が起こった。


「っ!」


 突然、柚月は、立ち止まってしまった。

 腹部に、激痛が走ったからだ。体を刀に貫かれたような痛みが。

 何が起こったのか、理解できない柚月は、恐る恐る自分の腹部に目をやる。

 なんと、本当に、柚月は、体を刀で貫かれていたからだ。

 それでも、何が起こったのか、事態を把握できない柚月は、振り返る。

 何者かが、確かに、柚月を刀で貫いていた。


「お前……は……」


 柚月が、問いただす前に、刀が抜かれる。

 体に、さらなる激痛が走った柚月は、意識を失って、倒れてしまった。

 洞窟は地獄と共に、跡形もなく、崩れた。

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