エピローグ 旅立ち
妖王・天鬼が、討伐されてからというもの、聖印京は、平和を取り戻したように見える。復興も進み、活気を取り戻していった。
だが、彼を討伐した柚月と九十九は、行方不明となった。
彼らを帰りを待っていた人々は、一向に彼らが戻ってくる気配がなかった為、隊士達が、獄央山へ、向かったのだ。
だが、獄央山の洞窟は、崩れており、彼らは見つからなかった。ありとあらゆるところを探してもだ。今も捜索しているが、未だ見つかっていない。
それから、二年の月日がたった。
「姉さん……行ってきます。もう少しだけ、これ、貸してね」
朧は、姉の墓の前で、そう、告げる。
そして、椿の愛刀であった紅椿を手にし、荷物を肩にかけて、歩き始めた。
あれから、朧は、自分を鍛えた。柚月と九十九を探す旅に出るために。たった一人で。
本当は、二年前に、旅立ちたかった。
だが、彼は、まだ、幼い。
それに、呪いが解けたばかりだ。勝吏や月読、そして、綾姫達からも反対された。
そのため、朧は、自分を鍛え上げ、強くなった時に、旅立とうと決意したのだ。
少しだけ、大人びた朧は、討伐隊に所属し、妖を討伐する日々が続いていた。
だが、おびえた妖をむやみに、討伐せず、逃がしてやることも多かった。
それは、彼の優しさであるが故であろう。
だが、彼だけでなく他の人々も、妖を受け入れつつある。聖印京は、変わっていこうとしているのだ。
だが、問題は、山積みだ。襲ってくる妖もいる為、戦いは、まだ終えていない。
彼の支配から解けた一部の妖達は、人間との共存を望んでいるともいう噂もある。
だが、まだ、妖におびえる人々もいる。妖によって家族を奪われた悲しみや憎しみは、簡単に消す事は、難しい。心の傷が癒えるのは、まだ時間がかかるかもしれない。
それでも、朧は、信じていた。いつの日か、人間と妖が共存できる日が来ると。柚月と九十九が、願った日が来ると。
鳳城家の屋敷を出た朧は、本堂にたどり着いた。
そして、部屋にいる勝吏と月読に挨拶するため、部屋に入った。
勝吏と月読は、朧を迎え入れ、朧は二人の前に座り、一人で旅に出る事を報告した。
「そうか……行くのか」
「はい」
「……だが、隊士達が、柚月と九十九を探している。それでは、駄目なのか?」
「……どうしても、見つけたいんです。兄さんと九十九を」
月読が言いたいこともわかる。旅に出るという事は、危険が迫る可能性もある。朧は、たった一人で行こうとしているのだ。
もし、何かあったらと思うと、気が気でないのであろう。
だが、朧の決意は固い。そう言うところは、柚月にそっくりだ。やはり、兄弟なのであろう。柚月に見せてあげたいくらいに。
「そうか、なら、もう止めはしない。行ってくるといい」
「はい、ありがとうございます、母さん」
「たまには、ここに帰ってくるんだぞ」
「はい、父さん」
勝吏と月読に分かれを告げた朧は、本堂を出る。
本堂の入り口で虎徹が待機していた。朧に会うために。
「よう、朧」
「あ、虎徹様……じゃなかった。師匠」
「うん、よろしい」
虎徹は、朧の師匠となった。
前まで、「虎徹様」と呼んでいた朧であったが、柚月同様、「師匠」と呼ばされることとなった。
だが、朧は、未だ、「師匠」と呼ぶことに慣れていない。虎徹に、指摘される前に、言いなおす癖ができてしまったほどだ。
だが、そのやり取りもほほえましい。当分できないのだと思うと、少し、寂しく思う虎徹なのであった。
「行くんだな」
「はい。あ、でも、綾姫様達にご挨拶してから行きます」
「そうか……」
やはり、朧の決意は固い。行くと聞かされていた時から、虎徹は、行かせたくなかったため、説得を試みたものの、彼が揺らぐことはなかった。
ついに、虎徹は、承諾したのだ。朧の想いを感じ取り、彼に柚月と九十九を託そうと決意して。
「でもなぁ、可愛い子には旅をさせよと言うが……寂しくなるなぁ」
「たまには、帰ってきます。父さんにもそう言われましたし」
「そりゃあ、そうさ。勝吏は、人一倍の寂しがり屋だからな」
「そうでしたね」
朧は、噴き出して笑ってしまう。
確かに、勝吏も、相当、反対されたものだ。
それでも、最後まで、朧の決意を変えることはできなかった。
その時の勝吏は、涙を流していた。とても、寂しそうに。
だからこそ、たまには、帰ってこいと言ったのであろう。朧も、勝吏の性格をわかっているからこそ、あの時、うなずいた。
たまには、帰ってこないと、勝吏や月読が寂しがるだろうからと。
「あ、師匠。僕がいない間、妖をいじめちゃ駄目ですからね!」
「はは。わかったよ。お前さんは、柚月より上手だなぁ」
朧にさらりと忠告されてしまった虎徹。九十九によって助けられたことで、妖に対する考えは、改まったものの、幼い妖達を見るとついついからかってしまうようだ。柚月のように。
そのせいで、朧達は、妖達に警戒されたことがある。
そうならないようにと思って、忠告したのだろう。あの真面目な柚月なら、到底できない事だ。
もし、柚月や九十九がこんなやり取りを見たら、驚くであろうと虎徹は、思っていたのであった。
「行ってきます、師匠」
「ああ」
朧は、虎徹に別れを告げて去っていった。
朧は、蓮城家を訪れる。景時に会うためだ。
景時の部屋には、景時、透馬、天次がいた。
朧は、景時達の前に座り、旅に出ることを告げた。
「そう……朧君、行っちゃうんだね」
「さみしい……おぼろがいなくなるの……」
天次は、寂しそうな表情を見せる。
朧は、天次と仲良しだった。景時が、嫉妬するほどに。
だからこそ、別れを惜しんでいるのであろう。
天次の気持ちは、朧にも痛いほど伝わっていた。
「うん、ごめんね、天次。でも、天次も、兄さんと九十九に会いたいでしょ?」
「うん!あいたい!」
「見つけたら、すぐに会わせてあげるからね!」
「うん!まってる!」
天次は、元気よくうなずく。
朧は、よく柚月と九十九の話を天次に聞かせていた。
だから、天次も彼らに会いたがっていたのだ。
朧に諭された天次は、朧が、柚月と九十九を見つける時が来るのを待ち望んでいるかのように、微笑んでいた。
「けどさ、朧。本当に、一人で行くのか?俺達も一緒に行きたいんだけど……」
「そうだよ~?僕達だって探しに行きたいよ~?」
景時と透馬は、朧の身を案じて、一緒に連れてってほしいと再度懇願する。
朧が、旅に出ると聞いた時、二人は、何度も、一緒に行きたいと懇願したのだが、それでも、朧は、断った。
彼らも、柚月と九十九を探しに行きたい。 何より、朧を一人で旅立たせるのは、心配だったからだ。旅の道中は、何があるのかわからないのだから。共に行けば、その心配も、少しは解消されるであろう。
だが、朧は、断り続けたのであった。
「駄目だよ。透馬は、鍛冶職人になるんでしょ?先生だって、ここを離れたら、誰が、病気を治すんですか?みんな、先生の事、頼ってるんですよ?」
「そ、そうなんだよね……」
「まぁ、そうなんだけどさ」
景時は、医者である。それも、優秀な医者だ。誰しもが、景時を頼っているのだ。かつての朧と同じように。
そのため、もし、彼が、聖印京を離れてしまっては、皆が、不安がってしまうだろう。
それほど、景時は、彼らにとってなくてはならない存在なのだ。
透馬も、今は、天城家の屋敷に戻って修行している。立派な鍛冶職人になるために。
そのため、朧は、邪魔をしたくなかった。彼には、鍛冶職人になって、自分の宝刀を作ってほしかったから。
「それに、もし、僕がいない間に、兄さん達が帰ってきたら、教えてほしいんです。それに、二人は、次期当主。ここを離れるなんて言ったら、反対されますよ?」
「そう来たか……。そう言われると何も言えなくなるんだよね……」
「そうそう。本当、朧には、適わないよなぁ」
もちろん、それだけが、理由ではない。
景時と透馬は、次期当主。もし、彼らに何かあっては、一族にとっては、困るのだ。
それに、朧は、巻き込みたくなかった。旅は、困難となる可能性だってある。
彼らを傷つけたくない一心で、朧は、一人で旅立とうと決意したのだ。朧に諭された二人は、何も言えなくなり、ついには、観念した。
やはり、朧の決意を変えることはできないようだ。
「本当に、ありがとうございました」
「気をつけてね」
「絶対、戻ってこいよ」
「うん」
景時、透馬、天次に別れを告げて、朧は、蓮城家を去った。
最後に、訪れたのは、千城家だ。綾姫と夏乃に、旅立つ事を告げるために。
綾姫の部屋に案内された朧は、綾姫と夏乃に会い、腰かけて、旅立つ事を告げた。
「そう、行くのね」
「はい」
「本当に、一人で行かれるのですか?」
「はい」
やはり、ここでも同じ質問をされてしまう朧。
皆、朧の身を案じているのだ。朧が、一人で旅立つと言った時は、誰しもが反対したぐらいなのだから。
それでも、朧は、一人で行くと決め、彼らは観念したように承諾した。綾姫も夏乃も。
夏乃の質問に対して、うなずいた朧を見た綾姫と夏乃は、やはり、朧の決意は、帰られない事を悟り、それ以上は、尋ねることも反対することもしなかった。
「絶対に、見つけてきますから、待っててください」
「ありがとう、朧君」
見つけると宣言した朧。
綾姫は、微笑み、うなずいた。
柚月と綾姫が愛し合っている事を知っている朧は、綾姫の為にも、必ず、見つけようと心に決めているのだ。もう一度、柚月に会わせたいと願って。
「あーあ、本当は、朧君についていきたかったのになぁ」
「そ、そうですね……ですが……」
「わかってるわ。ここを守るのが、私達、千城家の務め。柚月達が帰れるように、守らなきゃ」
「はい」
やはり、綾姫は、大胆不敵なお姫様だ。
姫と言う立場であるにもかかわらず、朧の旅についていきたいというのだから。
だが、夏乃も今回は、綾姫と同意見のようだ。夏乃も、柚月と九十九に会いたい。
だが、綾姫は、千城家の姫君。結界を張り、ここを守らなければならない。
今は、まだ、その役目は来ていないが、いつか来るはずだ。
そのため、綾姫と夏乃は、ここに残り、柚月と九十九が帰ってこれるよう守る事を決意した。
「頑張るのよ、朧君」
「旅の無事をお祈りしています」
「ありがとうございます」
綾姫と夏乃に別れを告げた、朧は、千城家の屋敷を出る。
いよいよ、旅立ちだ。向かう先は、獄央山と決めている。自分の目で真実を見る為に。
朧は、聖印門の前に立つ。緊張しているのか、心臓が高鳴りそうだ。
深呼吸をし、心を落ち着かせた。
「よし、行こう!」
朧は、聖印門を潜り抜けて、外へ出た。
――必ず、見つけるよ。兄さん、九十九。僕が……必ず!
こうして、朧は、旅立っていった。
柚月と九十九を必ず見つけると誓って。
聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書― 愛崎 四葉 @yotsubaasagiri
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