第百五十話 二人の帰る場所
その数は、百匹以上はいるだろか。
柚月と九十九は、これまで、大群の妖と対峙し、討伐してきたが、今までとは、比べ物にならないほどの数だ。
動けば、一瞬にして取り囲まれるかもしれない。
それに、援護してくれていた綾姫達は、ここにはいない。
この大群をたった二人で、討伐し、進まなければならないのだ。
そうしなければ、自分達が戦わなければ、この大群の妖は、聖印京へ向かってしまうかもしれない。
いや、おそらくは、自分達が、ここへ目指していた間、大群の黒い妖達が、聖印京へ向かっていた可能性もある。
もはや、後戻りなどできない。
しかし、生き残れる保証もなかった。
「どうするんだ?この数。さすがに、二人は、辛いぞ?」
「それでも、やるしかないだろ。嫌なら、逃げてもいいんだぞ?」
「誰が、逃げるかよ」
九十九の質問に対して、憎まれ口を叩く柚月。
だが、九十九は、逃げるつもりは毛頭ない。
それどころか、喜んでいるようにも見える。九十九は、元々好戦的な性格だ。これだけ多くの妖達を殺せると思うと血が騒いでいるのだろう。
彼の表情を見た柚月は、半ばあきれていた。この状況だというのに、笑っているのだから。
だが、たくましくも、心強いとも思える。勝利が、確信できるほどに。
柚月と九十九は、鞘から刀を抜き、構えた。
「全部、ぶっ殺す」
「ああ、そのつもりだ」
二人は、そのまま、大群の妖の中へと突進するかの如く、走りだす。
それに反応した黒い妖達も、一斉に二人に襲い掛かっていった。
朧は、鳳城家の離れでたった一人、聖印京で柚月と九十九の無事を祈っていた。
あんなに賑やかだった離れは、静かだ。
それだけで、心苦しくなってしまう。不安に駆られそうになるほど。
二人が、聖印京を出てから、長い時間がたった。
もう、二人は、たどり着いているのだろうか。無事なのだろうか。
考えることは、そればかりだ。
あの天鬼を討伐するというのだ。
熾烈な戦いとなることは、朧も目に見えている。
あの二人ならと、信じているのだが、二人を身を案じていた。
――兄さん、九十九……。
今は、無事を祈るしかない。
そう、朧は、自分に言い聞かせていた。
不安を無理やり、拭い去るように。
だが、その時だった。
「大変だ!あの黒い妖が、こっちに来てるぞ!」
「!」
黒い妖が、迫ってきていると聞いた朧は、居てもたってもいられず、離れを出て、裏門へと向かう。
真実を確かめるため、朧は、勢いよく裏門を開けた。
だが、現実を目の当たりにした瞬間、衝撃を受け、立ち止まってしまった。
「あ、あれは……」
今、朧の目に映っている光景は、ひどく、残酷だ。
大群の黒い妖が、聖印京へと迫ってきている。
しかも、取り囲むように。
なんと、黒い妖達は、聖印京を包囲しようとしていた。
黒い妖達の事は、本堂にいる勝吏と月読の耳にも届いており、唖然としていた。
「こうも早く来てしまったとは……」
「勝吏様……二人は……」
「……今は、信じるしかないだろう」
聖印京の事も、心配であるが、何より、柚月と九十九の事が気がかりであった。
彼らは、自分達以上に、過酷な状況に違いない。
だが、それでも、二人を信じて待つしかない。
彼らなら、天鬼と討伐できると……。
「私達は、信じて待つ。そして、二人の帰る場所を守る!それだけだ!」
「はい!」
勝吏は、決意を新たにする。
自分達のできることをやるために。
柚月と九十九を信じて、聖印京を守るために。
月読もうなずき、勝吏についていくことを決意した。
「月読、全隊士に告げよ!警戒態勢に入れと!」
「はっ!」
勝吏に、命じられた月読は、急いで本堂を出た。
月読に命じられた隊士達が、一斉に、外に出て、聖印京を守るように、構えている。
結界が、張ってあると言えど、破壊されてしまうかもしれない。黒い妖達の力は未知数だ。どうなるか、誰にも分らない。
警護隊、討伐隊、密偵隊、陰陽隊が、妖の前に立っている。聖印京を守るために、一丸となって。
――信じなきゃ!兄さんと九十九は、絶対に帰ってくるって!だから……。
隊士達を見た朧は、決意して、懐から、札を取り出す。
今、自分にできることは、二人を信じて待つばかりではない。
二人の帰る場所を守る事だ。
――僕も、ここを守る!
朧は、構えた。
必ず、聖印京を守ることを誓って。
柚月と九十九は、大群の黒い妖達と死闘を繰り広げていた。
「せやっ!」
「おらっ!」
迫りくる妖達を次々と切り裂いていく二人。
幸い、ここにいた妖達は、自分達が思っていたほど、強くないらしい。
と言っても、数が多すぎる。
噛みつかれ、斬られ、傷を負っていく。
だが、血が飛び散り、顔にかかろうとも、何度も傷を負おうとも、構わず、刀を振り続けた。
柚月が、真月輝浄と八雲聖浄を同時に発動し、九十九が妖気を放って、妖達を吹き飛ばすように、倒していく。
ここで、ようやく、妖達が減ってきたのを感じ取り、後退して、妖達と距離をとった。
「だいぶ、やったんじゃねぇの?」
「なんとかな……。だが……」
柚月と九十九は、あたりを見回す。
確かに、減ってはいるものの、ようやく、半分は、倒したと言ったところであろう。
大群の妖が立ちはだかっていることには変わりない。
気が遠くなりそうだ。
終わりの見えない戦いのように思えてきた。
「まだ、半分くらいは残ってるみてぇだな……」
「そうだな……」
柚月は、一呼吸し、心を落ち着かせる。
九十九は、明枇を肩に担いで、威嚇しているようだ。
すぐさま、二人は、妖の群れへと突っ込んでいく。
だが、先ほどと比べて、確実に疲労はたまってきている。
このまま長期戦には持ち込みたくない。
――やっぱ、やるしかねぇか。
九十九は、ある覚悟をしていた。
だが、柚月は、気付いていた。
九十九が何をしようとしているのかを。
「九十九」
「なんだよ」
「お前、九尾の炎を発動しようと考えてないか?」
「……だったら、どうしたんだよっ!」
九十九は、薙ぎ払いつつ柚月の質問に答える。それも、否定せず。
やはり、九十九は、九尾の炎を発動しようとしているようだ。
「それだけは、させないからなっ!」
「やるしかねぇだろっ!」
柚月も、妖達を薙ぎ払うように、斬りながら、九十九を止めようとする。
大群の妖を、九尾の炎で燃やし尽くそうとすれば、どれほどの命を削るか、一目瞭然だ。
そんなことさせるつもりはない。
「長期戦に持ち込みたくねぇんだよ。いい加減、腹くくれ!」
「断る!」
このまま戦い続けても、終わりは見えてこない。
最悪の場合、天鬼にたどり着く前に、殺される可能性だってある。
ならば、確実にこの妖達に勝利する方法は、九尾の炎で一斉に燃やし尽くすことだ。
もはや、それしか手段はない。
そう、考えていた九十九は、自分の命を犠牲にすることをためらわず使用しようとしている。
それでも、柚月は、使わせようとはしなかった。
「……失いたくないんだ。お前を」
柚月は、九十九を失いたくないから、止めていた。
いくら、切り札だと言えど、九十九を犠牲にして得た勝利など欲しくない。
二人、そろって聖印京に帰還しなければならない。
それは、朧との約束であり、自分に対する誓いでもあった。
彼の想いを聞いた九十九は、言葉が出てこなかった。
「おおおおおおっ!」
柚月は、雄たけびを上げて一気に妖達の中へと突進する。
傷を負った体に鞭を打ちながら。
「馬鹿やろう……」
柚月の想いを知った九十九は、九尾の炎を発動する事をためらってしまう。
以前の九十九なら、ためらわず、制止されても使用しようとしただろう。
だが、真実を知った柚月は、二度と九尾の炎を使わないようにと忠告していた。
それでも、いざという時、九十九は、覚悟を決めていたのだ。柚月に恨まれても、九尾の炎を使用することを。
それなのに、柚月は、自分を迷わせる。
ただ、柚月を助けたいだけなのにと。
どうするべきなのか、九十九は、迷っていた。
だが、その時だ。
「っ!」
「柚月!」
柚月は、妖にかみつかれてしまう。
柚月の妖を振り払おうと、刀を振るう。
だが、その隙を逃さなかった妖達が、一斉に柚月にとびかかかっていった。
「うおおおおおっ!」
危機に陥ろうとしている柚月を目撃した瞬間、九十九は、雄たけびを上げる。
そして、ついに発動させてしまった。九尾の炎を。九十九の命を削って。
「やめろ!九十九!」
柚月は、制止して叫ぶ。
それでも、九十九は、止めない。
九尾の炎を発動し続け、一気に妖達を燃やし尽くした。
妖達は、一瞬で灰となり、その場に残ったのは、柚月と九十九のみとなった。
柚月と九十九は、荒い息を整えるように、呼吸を繰り返している。
二人は、辛くも、大群の妖達に勝利した。
「くっ!」
「九十九!」
命を削ったせいか、九十九は苦悶の表情を浮かべ、胸をかきむしるように抑え、うずくまる。
柚月は、九十九の元へ駆け付け、支えた。
「なぜ、九尾の炎を使った!そんなことをしたら、どうなるかわかってるだろ!」
「わかってるよ!けど、俺も同じなんだよ!お前を失いたくねぇんだ!」
「九十九……」
九十九の想いも同じだ。柚月を失いたくない。だからこそ、九尾の炎を発動したのだ。
自分の命を犠牲にしてでも、守りたいものがあった。
「すまない……。ありがとう……」
「おうよ」
九十九に助けられた柚月は、九十九に謝罪し、お礼を言う。
九十九は、にっと笑って、うなずいた。
「ほら、これ、使えよ」
九十九は、懐から月読から渡された回復術が込められた石を取り出し、柚月の傷を癒した。
「ありがとう。そういうお前も使ったほうがいいぞ」
柚月も、同様に懐から石を取り出し、九十九の傷を癒す。
彼らは、決して自分の為に使用したことは一度もない。
必ず、お互いの傷を癒していったのだ。
自分の事よりも、相手を助けたいという一心で。
「ありがとな。……行こうぜ」
「ああ」
柚月と九十九は、歩き始め、洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中は、意外にも静かだ。
あの黒い妖達は、どこにもいない。
だが、油断はできない。
いつ、妖達が、襲ってくるかは、予測不能だからだ。
ついに、彼らは奥へとたどり着く。
そこにいたのは、風塵と雷塵であった。
「あの大群を倒すとは、見事だな」
「敵ながら、あっぱれだね」
「てめぇらは……」
二人は、彼らの姿を見て、気付いた。
目の前にいるのは、白い髪の青年と黒い髪の青年。
二人は、妖と言うよりも人間のように見える。
彼らの姿は、まさしく、勝吏から聞かされていた話と一致したのであった。
「風塵と雷塵……か?」
「その通りだ」
「待ってたよ。お二人さん」
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