第百四十九話 たどり着いた答え

 篭善は、柚月の問いに静かに答える。

 その様子は、今まで、抱えてきた疑問をさらけ出すようだ。


「わしは、隊士として勤めていた時は、妖を殺すことだけを考えておった。妖は、悪じゃと。じゃがの、この子……満久と出会った時に、考えが変わったんじゃ。満久は、怯えておった。人間以上に。じゃから、この子をひそかに逃がしたんじゃ。それからじゃ、妖が、なぜ、わしらを殺そうとしたのか。なぜ、生まれたのかを考えるようになったのは」


 篭善は、今でも覚えている。

 満久と出会った時の事を、こちらは、今にも斬りかかろうとしているのに、満久は、おびえた様子でこちらを見ている。

 その瞬間、篭善は、情が移ったのだ。目の前にいるのは、妖。

 だが、彼は、まるで、人間の子供のように見えてくる。

 偶然にも、その場にいた隊士は、篭善のみ。

 そのため、篭善は、そっと逃がしてやったのだ。

 満久は、泣きそうになりながらも、逃げるように去っていった。 

 それ以来だ。妖は、本当に自分達を殺そうとしているのか。妖とは、何者なのか。


「どうしても、頭からその事が離れられんかったわしは、隊士をやめて聖印京を出たんじゃ。まぁ、この宝刀は、いただいたがの」


 妖のことについて調べていた篭善であったが、資料が少なかった。

 一般隊士であるため、借りられる書物の数は、限られている。

 しかし、聖印一族であっても、妖のことについての資料は、少ないと言えるだろう。

 妖を知りたいと考え始めた篭善は、ついに隊士をやめて聖印京を出ることを決意した。

 と言っても、追放されたわけではないので、身を守るため、宝刀を手にして。

 柚月は、篭善が、持っていた宝刀の名を聞いたことがあった。

 宝刀の名は、無空むくう

 空気を生み出す刀であり、篭善とは、相性がよかったと。


「そこからが大変じゃった。あらゆる書物や巻物をかき集めて、調べては見たが、妖に関することはどれも、悪だの、殺すべき対象だの。彼らと戦った歴史ばかりじゃ。うんざりしたわい」


 他の街で資料は手に入ったものの、同じ内容ばかりであり、肝心な事は一つも記されていない。

 妖の本質は、誰も知らないようだった。


「わしが、聖印京を出てから何年かたっての事じゃ。満久と偶然再会したのはの。じゃが、満久は、警戒しておったの」


「だって、人間は、僕を殺そうとするから。僕の両親も殺された」


「そう言えば、あの時は、お主は、怪我をしておったの。警戒するのも無理もなかったじゃろうな」


 篭善は、街へ向かっている途中で満久と出会ったという。

 だが、満久は、篭善を見るなり、警戒していたようだ。

 彼の事は、覚えていたが、また、殺されてしまうと感じたからだそうだ。

 それに、満久曰く、両親は、何もしてないのに、人間に殺されたという。

 それを聞いた柚月達は、心が痛んだ。

 以前の自分であれば、何も思わずに、その場に現れた妖を殺していただろう。

 だが、満久の事を思うと、申し訳ないことをしたと心から謝罪したかったのだ。


「うん。でも、篭善は優しかった。毎日、見に来てくれた」


「お主が、気になっておったからの」


 怪我していた満久を手当てし、篭善は、街へ向かったが、どうしても、満久のことが気になった。

 そのため、次の日、満久を探してきた道を戻ったという。

 すると、満久は、同じ場所にいたのだ。満久は、誰にも見つからない場所であるため、そこで過ごしていたという。

 その日以来、篭善は、何度も満久の元へ足を運び、食べ物を分け与えたり、優しく語りかけたりしたという。

 篭善を警戒し、心を閉ざしていた満久であったが、篭善と接していくうちに、いつしか、心を開き、孫のように接していた。


「満久と接するうちに、この子と暮らしたいと思ったんじゃ。そこで……」


「この小屋を建てたってことか」


「そうじゃ。それ以来、わしと満久は、家族になったんじゃ。のう、満久」


「うん。篭善は、僕の家族」


 満久は、うなずく。

 彼らには、確かな絆がそこにあったのだ。人間と妖という種族の垣根を超えて。

 篭善は、満久と共に暮らすために、ここに小屋を立てたそうだ。

 だが、人間が満久を見た途端、襲ってくるかもしれない。

 天鬼が、満久を見つけたら、その時こそ、自分も満久も殺されるであろう。

 その事を恐れた篭善は、小屋の隣に倉を立てたのだ。

 人間や妖が来ても、いつでも、そこに逃げれるように。

 柚月達が、来た時も、満久はとっさに倉に逃げて、隠れていたそうだ。

 だが、篭善が、柚月達を自分の元に連れてきた時、篭善を信頼して、柚月達にも心を開いたようだ。


「妖の事は、満久が全て話してくれたわい」


「篭善、知りたがってたから。真実を語り継ぐのは、座敷童の役目だったし」


 座敷童は、親から子へ、真実を語り継ぐ一族。

 そのため、満久も人と妖が共存していたという話を両親から聞かされていたという。

 当初は、信じてはいなかったが、篭善と暮らしていくうちに、それは、真実だったと確信したようだ。

 相手が、人間であっても、こうしてわかり合い、暮らしていけたのだから。


「お主達は、妖をどう思っておる?人間をどう思っておる?」


 ふと、篭善は、柚月達に尋ねる。

 妖を、人間をどう思っているのか。

 自分達の話を聞いて、何を感じ取ったのか。

 それは、柚月と九十九にとっても、答えるべきことなのであろう。お互いの為に。


「……いい妖もいれば、悪い妖もいるのも事実。けど、いつかはわかり合える。そんな気がします」


「そうか。お主はどうじゃ?」


「まぁ、こいつと同じ意見だ。いい人間もいれば、悪い人間もいる。それは、妖も人間も一緒だ。だから、俺達は、こうして共存で来たのかもな」


 彼らの答えは、同じと言っていいだろう。全てがいいとは限らない。悪事を働く者もいる。

 しかし、わかり合えるもの確かだ。篭善と満久のように。

 だからこそ、今まで反発し合いながらも共に暮らせたのだろう。

 二人は、再会を果たしたあの日から、今日までの事を振り返る。辛い事も悲しい事もあった。

 だが、決してそれだけではなかったはずだ。

 共に、笑い、戦ってきた日々と、そして、数々の苦難を共に乗り越えたからこそ、この答えにたどり着いたのだろう。

 それは、篭善にとっても満足のいく答えのようで、微笑んでいた。


「わしも、そう思う。人間も妖も同じじゃ。いい奴もおれば、悪い奴もおる。じゃから、過去に共存したというのは、まぎれもない事実なのじゃろう。わしは、そう、信じておる」


「はい。俺達もそう思います。ですから、いつか、再び、共存できる日が来るはずです」


 共存という言葉は、篭善と満久が求めてきたものであって、柚月と九十九がたどり着いた答えだ。

 この戦いが終わって、聖印京に戻ったら、朧にも話してやりたい。

 いや、綾姫達にも話したい。彼らも、望んでいた事だと思うから。



 柚月達は、再び、小屋へ戻って、休まさせてもらった。

 満久とは、遊んだり、篭善とは、他愛もない会話で時間を過ごす。

 まるで、彼らと家族になった気分だ。

 ずっと、こうしていたい。

 だが、時間は立っていく。残酷にも。

 一休みさせてもらった柚月と九十九は、再び、獄央山を目指すため、小屋を出ることになった。彼らには、天鬼を討伐するという事は伏せておいて。

 篭善と満久は、彼らを見送りに外に出た。

 二人が共に暮らしているところを、誰かに見られては危険であるにも関わらず、見送りに来たのは、彼らの事を思っての事だろう。

 自分達を受け入れてくれたことに感謝しているのかもしれない。


「ありがとうございました」


「世話になったな」


「わしは、何もしとらんよ。じゃが、本当に、行くのか?もう少し、休んでいってもいいんじゃぞ?」


「ありがとうございます。ですが、急がなければ、ならないので」


「そうか」


 少しの時間、休ませてもらった柚月達は、篭善と満久に、お礼を言う。

 彼らを気遣う篭善であったが、行かなければならない。人々と妖達を守るために。

 そして、篭善と満久の願い、自分達の願いを成就させるために。


「また、遊びに来てくれる?」


「ああ」


「また、来るさ。朧と一緒にな」


「朧?」


「柚月の弟で、俺の……親友だ」


「うん。待ってる。約束だよ」


「おう」


 柚月と九十九は、満久と約束を交わす。

 朧と共に、再びここを訪れることを。

 約束した満久は、嬉しそうに微笑んでいた。

 その日を楽しみにしているのだろう。


「では」


「うむ、達者でな」


 柚月と九十九は、篭善と満久に背を向け、歩き始めた。

 満久は、精一杯、手を上げて、振っていた。

 彼らの姿が見えなくなる時まで。


「……九十九、もしかしたら」


「ああ。天鬼をぶっ殺せば、支配は解かれる。となりゃあ、あの爺さんが願ってる人間と妖の共存は、叶うってわけだ」


「そうだな。天鬼を討伐することは、妖を解放することにもなるかもしれない」


「だろうな」


 妖達の過去を知った柚月達は、確信していた。

 天鬼を倒すことは、人間と妖の両方を解放することなのだと。

 そして、共存という願いを叶えることができるのだと。

 そのために、柚月と九十九は、前に進むだけであった。天鬼が待つ獄央山へ。



 さらに、時間が立ち、空は、闇夜に包まれていた。

 柚月と九十九は、ようやく、獄央山の洞窟にたどり着いた。


「来たな」


「おう、ようやくだぜ」


「だが、手荒い歓迎を受けるようだな」


「まったく、めんどくせぇな」


 獄央山の洞窟の前で、柚月と九十九は、構える。

 彼らの前に、大群の妖が待ち構えていた。

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