第百五十一話 風塵と雷塵

 柚月と九十九を見て、不敵な笑みを浮かべる風塵と雷塵。

 まるで、彼らを待っていたかのようだ。

 勝吏曰く、隙を全く見せない。まさに、その通りだ。

 それどころか、余裕の笑みを見せている。この時点で、恐ろしさを感じるだろう。

 四天王よりも、厄介に思えた。


「何か聞きたそうな顔してるね。いいよ、答えてあげるから質問しなよ」


 柚月と九十九の顔をまじまじと見るように笑みを浮かべる雷塵。

 柚月達は、ずっと気になっていたことがあった。あの聖水の雨が効かないという事は、普通の妖ではない。いや、妖ですらないのかもしれない。

 そう思うと、柚月は、ある答えが浮かんできたのであった。


「……お前達は、妖ではないな。人間か?」


「……半分は正解だ。だが、半分は間違っている」


「それって……まさか……」


 風塵の回答に九十九が反応する。

 それは、九十九が、彼らが何者であるか気付いた瞬間であった。


「俺と……同じか?」


「ご名答。僕らは、君と同じ半妖だよ」


「と言っても、お前とは違うがな」


 風塵と雷塵は、妖でも人間でもない。九十九と同じ半妖だ。

 だが、雷塵は、九十九とは違うという。何が違うというのだろうか。

 疑問を浮かべる柚月と九十九であったが、その疑問に答えるかのように、風塵と雷塵は、衣装を引っ張り、胸元を見せる。

 なんと、胸元には、獅子と星の家紋、聖印が刻まれていた。


「それは、天城家の聖印!?」


「そうそう。僕らはね、体質は、聖印一族に近いんだよ」


「だが、妖と同じで、寿命は長いがな。無駄に」


 そう、彼らは天城家の聖印を体に宿していたのだ。

 だが、天城家の人間と違うのは、寿命だ。

 半妖であるがゆえに、妖の体質も混ざっている。

 九十九が、妖に近い体質でありながら、結界をすり抜けられるのと同じように。

 彼らは、聖印一族以上に長い時を過ごしてきたことになる。

 だからこそ、雷塵は、無駄にと付け加えたのだろう。皮肉を込めて。


「じゃあ、改めて自己紹介。僕は、天城雷塵」


「俺は、天城風塵だ。ちなみに、俺達は聖印京で生まれ、聖印京で育った。半妖とは知らずにな」


「……なぜ、どうやってお前達は自分の事を?なぜ、天鬼と手を組んだ?何があったんだ?」


 自分の正体を説明し終えた風塵と雷塵は、自己紹介する。

 柚月は、さらに疑問が浮かび、訊ねた。

 半妖と知らずに育った彼らは、どうやって知ったのか。何があって、天鬼と手を組んだのか。

 知らなければならない気がした。


「何にも聞いてないんだ?まぁ、そりゃ、そうだよね」


「俺達の事は、歴史から葬り去られている。よほど、知られたくないようだな」


「そりゃあ、どういう意味だ?」


 九十九は、二人に尋ねる。

 二人が、半妖だから歴史から葬られたというわけではなさそうだ。

 何か裏がある。だからこそ、あえて尋ねたのだ。この二人に何があったのか。

 尋ねられた風塵は、語り始めた。それは、想像を絶するものであった。


「今から、三百年くらい前の事だな。俺達は、大将からある道具を作るよう命じられたんだ。極秘でな」


「それって、なんだと思う?」


「知るかよ。そんなもん」


 雷塵が、あえて、二人に尋ねる。

 答えられないとわかっているのだろう。

 この状況を楽しんでいるようだ。

 それを感じたのか九十九は、苛立ったように答える。

 答えを聞いた風塵と雷塵は、目を合わせ、不敵な笑みを浮かべていた。


「だろうな。なら、教えてやるよ。その道具って言うのは……。妖を人工的に生み出すものだ」


「なっ!」


 衝撃的な言葉であった。

 妖を人工的に生み出す道具を作りだせと当時の大将は命じたというのだ。

 そんな危険な道具をなぜ、作らなければならなかったのか。柚月と九十九は、到底理解できなかった。



「馬鹿な!大将がそんな事を命じるはずがない!なぜ、妖を生み出す必要があるんだ!」


「戦力が欲しかったからでしょ?そんなこともわからないの?」


 柚月は、彼らの話を真っ向から否定した。

 もし、本当に妖を人工的に生み出してしまったら、敵を生み出してしまうことになる。

 そんな事になったら、聖印一族は劣勢に立たされてしまうのは一目瞭然だ。

 あり得ない、あってはならない事だ。

 まさか、大将は聖印京を滅ぼしたかったのだろうか。

 柚月は、混乱しつつあった。

 だが、雷塵は、平然とした表情で答える。

 理由は、ただ一つ。戦力を欲したからだ。

 妖を討伐するには、聖印一族だけでは圧倒的に数が足りない。

 そのため、帝の協力を得て、一般隊士を入隊させ、宝刀や宝器を与え、妖を討伐してきた。

 だが、それでも、戦力は乏しい。

 そのため、大将は、人工的に妖を生み出すことを提案したのだ。

 だが、妖を生み出すなど、もってのほかだ。

 だからこそ、極秘だったのだろう。

 その任務を与えられたのが、偶然にも風塵と雷塵であった。

 彼らが、半妖であることは知らずに。


「人工的に妖を生み出して、掌握させれば戦力が上がると考えたのだろう」


「僕ら、これでも、道具を作るのは、得意中の得意だったんだよね。結構簡単に作れたよ」


「卵をあの石に封じ込めるて、命令に従わせるよう術を組みこんだからな」


 実際に、彼らは宝刀や宝器を作るよりも、道具を作ることの方を得意としていた。

 そのため、数々の道具を作り、彼らは称賛された。

 だからであろう、彼らに白羽の矢が立ったのは。

 それが、彼らにとって悲劇になるとは知らずに。

 衝撃の真実を突きつけられるとは知らずに。

 命じられた彼らは、どのようにして完成させるか、思考を巡らせたが、すぐ答えにたどり着いた。

 それは、妖の卵を石に封じ込める事。

 妖の卵は、天鬼が生み出した物であり、その卵から、無限に妖を生み出すことができる。

 彼らはすぐさま、行動に移した。

 彼らの実力は、圧倒的だ。戦力に関しても、称賛を得たほどだった。

 そのため、妖の卵を持ち返ることは難しくなかった。

 卵を持ち返った二人は、すぐさま、卵を石に封じ込め、妖を術で、縛り付けた。

 こうして、妖を人工的に生み出す石は、完成してしまったのであった。


「だが、結果は、失敗だった」


「妖を掌握するのって、けっこう簡単じゃなかったみたいだね。術だけじゃあ、妖は、いう事を聞かなかった。暴走しちゃったんだよ」


 二人から完成したと報告を受けた大将は、任務で使用できるかどうか、実験してほしいと命じられた。

 承諾した二人であったが、そこで悲劇は起こった。

 任務時に使用し、妖を生み出したのであったが、妖は、すぐさま暴走。その場にいた他の隊士達を殺し始めた。生き残った隊士に知られてしまい、大将に報告された。

 大将がかばうかと淡い期待を抱いた二人であったが、その期待はもろくも粉々に破壊されてしまうことになる。大将は、二人をかばうことなく、罪人扱いしたのだ。


「その後は、作った俺達の罪が問われたってわけだ」


「命じた大将は、知らないの一点張り。ひどいよね。で、判決は、処刑だったよ」


「だが、俺達は、抵抗した。その時だ。自分の中にあった妖気が暴走したのは」


 裁判をして、わかったのだが、軍師は何も知らなかった。

 大将が、自分の判断で命じたようだ。

 そのため、大将は、責任を二人になすりつけようとし、そ知らぬふりを続けた。

 二人は、訴え続けた。自分達は、命じられただけだと。

 それでも、誰も、信じる者はいなかった。

 下された判決は、処刑。二人は、絶望した。

 全てを恨むほどに。 そして、処刑台に連れていかれる途中でさらなる悲劇は起こった。自身の中に秘められた妖気が暴走し始めたのだ。

 その時だ。二人が、自身の出生に気付いたのは。

 

「びっくりしたよ。僕達は、この時、知ったんだ。自分が、半妖だって。知らなかったんだよね。母さん何にも言ってくれなかったんだもん。父さんがどんな人なのか」


 彼らは、母親と暮らしていた。

 父親が何者であるかは知らされていない。

 いや、同じ聖印一族だと思い込んでいたのだ。 

 まさか、自分達の父親が妖であるなどと思うわけがない。

 そのためか、二人が父親について質問をしても、母親は詳しくは語らなかった。

 そして、二人が幼い頃に亡くなった。真実を語ることなく。

 今思えば、語れなかったのだろう。


「妖気が暴走して、俺達は、人を殺した。何人もな」


 怒り任せに発動した妖気は誰にも止められない。二人自身でさえも。

 二人は、その場にいた隊士達を皆殺しにしてしまった。


「その後だよ。僕達が、この地獄に放り込まれたのは。この石と共にね。追放でも処刑でも、無理だと判断したんだろうね」


「ま、そんなところに放り出されても、力はある。地獄に飲まれることはなかったな」


 殺すことも、追放することも不可能な凶悪な人間とみなされ、二人は地獄へと放り込まれた。あの妖を生み出す石と共に。

 そんなものが作られたなどと知れば、信頼を失う。

 だからこそ、地獄へ葬り去りたかったのだろう。

 だが、彼らは力ある者。地獄に放り込まれても、自らの力で抑え込み、影響を受けず、生きながらえてきた。

 だが、地獄は死しても、再び、蘇えってしまう場所。

 二人は、出ることも、死ぬことも、許されない。

 それもまた、地獄と言ってもいいであろう。

 二人は、あの地獄で、長い時を生きてきた。


「長かったな。まぁ、退屈はしなかったよ。妖達が、どうやって生き延びるか見れたし」


「襲ってくる奴らは、殺したからな」


 放り込まれた時、彼らは、聖印一族に復讐することを決意したのだ。

 だが、出ることはできない。どうあがいても。

 長い時の中、二人は、彼らに復讐する事すらもあきらめてしまった。

 地獄には自分達と同じように放り込まれた大罪人が、一人いたようだが、深い眠りについていた。

 退屈しのぎに、彼らは、あの道具を発動させ、妖を生み出した。

 弱い妖達は、何度も死を繰り返させられ、やがて、消滅した。

 だが、やがて彼らは、生きる術を身に着けた。

 妖達は、地獄の力を取り入れ、体を真っ黒に染め上げた。

 それが、黒い妖の誕生だった。


「けど、最近になって開かなかった門が開いたんだ。もう、わかるだろ?」


「天鬼が、来たんだよ」


 風塵と雷塵は、思い返すように語り始める。

 あの日。煉獄丸を手に入れるために、自ら強引に門を開けた天鬼と出会った時の事を。

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