第百四十八話 愛しい妖

 老人は、語りだす。その内容は、天鬼が妖王となった直後の事のようだ。

 柚月も九十九も、天鬼が妖王となってから、妖を支配したというのは、どういう意味なのか、理解できなかったからだ。

 まるで、妖は、支配されていなかったというように聞こえる。

 それが、不思議でならなかった。

 妖は、常に、人間を襲い、命を奪ってきた。

 それは、妖王が支配したからだと思い込んでいたが、そうでもないのだろうか。


「あの、つまり、それは……」


 柚月は、おずおずと老人に尋ねる。

 老人は、柚月が、訊ね終える前に、答えた。


「あ奴が、妖王になる前は、支配されていなかったんじゃよ。と言うか、天鬼は、妖を統一させたってことじゃな。派閥があったという説もあったの」


「それって、妖同士で争いがあったということでしょうか?」


「そうじゃ。統一されてからは、妖全体の戦力が上がったんじゃ。妖達の敵意は、妖王ではなく、人間へと向けられたのじゃからの」


 老人曰く、前妖王は、天鬼ほど、統率力はなかった。恐怖で支配する力がなかったようだ。

 そのため、力ある妖達は、自分こそが妖王にふさわしいと彼の命を狙っていたという。

 自分が妖王になるために、他の妖達を蹴散らしたという説もあるそうだ。

 そのため、戦力は、今よりも、さほど強くなかったという。

 だが、天鬼が妖王となってから、力で、恐怖で支配し始め、妖達を統一させた。

 そして、その強さを感じた妖達は、やがて天鬼を慕ったという。


「まぁ、もちろん、人間を襲ってくる妖が、ほとんどじゃったがの。一部は、違ったんじゃ」


 妖は、千年前から変わらず、大半が寿命を伸ばすために、人間たちの命を奪ってきたのは、事実。

 だが、それだけが、真実ではない。

 老人は、そのように語っているように柚月達は、感じた。

 「一部は、違った」と語られたのは、何か、深い意味があるように思えたからだ。


「違ったというのは?」


「集落でひっそりと暮らしておる妖もおったぞ。外に出ることなく、誰ともかかわろうとはせんかった。妖狐が、そうじゃったな」


「妖狐が……」


 九十九は、驚く。

 彼は、他の妖狐がどのようにして、生きてきたのかなど知らない。

 いや、興味すらなかった。

 まさか、集落で、ひっそりと暮らしているとは思いもよらなかったであろう。

 それは、柚月も意外であった。

 妖が普段、どのように過ごしているかなど、知る必要がないと思っていたからだ。

 だが、老人の話を聞いて、興味が湧き始めた。

 集落で暮らしていたという彼らは、まるで人間みたいだと思えたからであろう。


「今は、天鬼に命じられて、人間の命を狩り始めたわい。不本意ながらの」


「それは、知らなかったな」


 つまり、妖狐は、人間の命を狩ることなく、生きてきたという事だ。

 人間を殺して、命を奪ってきた九十九にとっては、驚くことばかりであっただろう。

 だが、真実は、これだけではない。

 さらに、驚くべき事実を老人は、語り始めた。


「他にもこんな一説があったぞ」


「どのような事なのでしょうか?」


「人間と共存していたという説もあるようじゃぞ」


「きょ、共存!?人間と妖がか!?」


「うむ」


 柚月と九十九は、驚愕するが、老人は、淡々と答える。

 人間と妖は、お互い、対峙すべき相手。

 殺すか、殺されるかのどちらかだ。

 そのため、九十九のように、人間と共に生きている妖は、珍しい。

 いや、いないと言っても過言ではないだろう。

 だが、老人は、彼らの考えをいとも簡単に覆してしまう。人間と妖が共存していたという事実が本当だとすれば、意外な歴史を目の当たりにしたことになるだろう。


「それって、本当なのですか?」


「さあの」


「え?」


 柚月は、尋ねるが、老人は、知らんと言わんばかりの答えを出す。

 これは、柚月も九十九もあっけにとられてしまった。

 老人は、この事について確信を持っていないようだ。

 確かに、人間と妖が共存していたという事実が本当だとすれば、書物や巻物にかかれてもおかしくない。

 だが、そのような書物や巻物は、聖印京にはなかった。

 それは、その事実を知られたくないがために、歴史に残されなかったのだろうか。

 柚月は、思考を巡らせていると老人が、再び語り始めた。


「わしは、ある者から聞いただけじゃ。そいつも、親から聞いたと言っておったしの。書物や巻物にも記されておらん。知られたくない事実かもしれんの」


「その方は、どこに?」


「ここにおるぞ」


「ええ!?」


 なんと、その事実を語った者は、老人と共に暮らしているようだ。

 さらに、驚く柚月達。

 どこまでも、この老人の考えていることは読めそうにない。

 だが、どこまでも、知りたくなってしまう。

 それほど、この老人が、知っていることは、魅力的なのかもしれない。

 前の自分だったら、考えられなかったであろう。

 妖は、憎むべき相手、殺すべき対象としか見ていなかったのだから。


「会ってみるか?」


「は、はい……」


 なんと、その老人は、事実を語った者に会わせてくれるという。その人物とは、一体どのような人なのだろうか。なぜ、老人と共に暮らしているのか。親は、なぜ、人と妖が共存していた事を知っていたのか。

 と、期待を膨らませる柚月と九十九。

 だが、老人が案内したのは、小さな倉であった。こんな倉に人がいるというのであろうか。

 よくよく、考えてみれば、なぜ、小屋にいなかったのかと疑問が浮かぶ。

 柚月と九十九は、老人に尋ねてみたかったのだが、質問をする暇もなく、老人は、倉の中にいる人物に話しかけた。


満久まくや、おるか?」


「うん、どうしたの?」


「お主に、会いたいという人がおるんじゃ。入ってよいかの?」


「……うん」


 満久と呼ばれた人物は、うなずいているようだ。少々、ためらったようにも思えたが。

 その声は、少年のようだ。

 かわいらしく、どこか、儚さを漂わせているようにも見える。

 だとしたら、子供が、なぜ、倉の中にいるというのだろうか。両親は、どうしたのだろう。どこで、どうやって、老人と出会ったのか。

 ますます、疑問が浮かぶばかりであった。


「入るぞ」


「うん」


 老人は、戸を開ける。

 そこにいた人物と言うのは、またもや、意外であった。


「え?話を聞いたのって……」


「座敷童か!?」


 そこにいた人物は、なんと座敷童だ。

 この老人は、座敷童と暮らしていたということになる。

 満久が、倉の中にいたのは、人間や妖を経過しての事だろう。

 まさに、共存していたのだ。

 目を開けて、驚く柚月と九十九に、対して、座敷童の満久は、きょとんと首をかしげていた。


篭善ろうぜん、この人達が……」


「うむ、お主に会いたがっていた者たちじゃよ」


 満久の質問に、老人は、優しく答える。

 柚月は、あることに気になっていた。

 そう、満久は、この老人の事を篭善と呼んでいた事だ。


「ろ、篭善って……」


「わしの名前じゃ」


 目の前にいる老人の名が篭善と知り、柚月は、何かを思いだしたような表情を見せた。


「あなたは、もしかして、桔梗篭善きっこうろうぜんと言う名では?」


「ほう、わしを知っておるのか?」


「はい。最強の隊士と記録に残されていましたから。十数匹の妖をたった一人で倒されたという記録を何度読みました」


「ほう、そんな事が記録に残っておったのか。わしは、一般隊士じゃったから、消されたと思うておったよ」


 桔梗篭善は、隊士達の中で有名だ。偉業を成し遂げた男なのだ。彼に憧れる者も多い。

 その理由が、聖印一族ではないからだ。

 聖印京で記録に残ってきた人物と言えば、ほとんどが聖印一族。

 宝刀や宝器に加えて、聖印と言う最大の武器を持っている。

 彼らに、勝るものなどそういないだろう。

 だが、桔梗篭善は、一般隊士でありながら、功績を残している。宝刀や宝器だけでだ。

 それでも、篭善は、記録に残るはずがないと思っていたのだろう。

 だが、記録は、確かに残っていた。


「それほど、あなたは偉大だったということですよ。ですが、突然、隊士をやめられたという記録も残っています……」


 数々の功績を残してきた篭善であったが、突然、隊士をやめて、聖印京を去ったと記録に残っている。

 柚月は、事実を確かめるように語るが、老人は、真実だと言うかのようにうなずいた。


「そうじゃ。お主、まさかと思っていたが、聖印一族か」


「はい。鳳城柚月と申します」


「鳳城家の……。聖印一族が妖狐とおるとはな。しかも、蓮城家ではなく」


「九十九は、悪い妖ではありませんから。その事に気付けたんです」


 妖を操る蓮城家ではなく、異なる能力を持つ鳳城家が、九十九と共にいることは、不思議なのであろう。

 だが、柚月は、九十九の事を知り、理解している。

 九十九も、照れながらも、胸を張った堂々としている。

 彼らが、お互い相棒であり、よき理解者であることを示すかのように。


「満久もそうじゃぞ。のう、満久」


「うん!篭善もいい人間!」


 満久は、微笑み、篭善は、満久の頭を撫でる。

 そのやり取りは、まるで、祖父と孫のような関係だ。

 彼らのやり取りを見ていた柚月と九十九は、穏やかな気持ちになる。

 異なる種族がこうして、家族のように過ごせると思うと、人間と妖が共存していたという事実は、本当なのだと感じ取れるからだ。

 だが、柚月は、気になることがある。 

 それは、篭善の過去であった。


「あの……なぜ、聖印寮を出たのですか?」


 偉人と言っても過言ではない彼が、なぜ、聖印京を出てしまったのか。

 柚月は、どうしても知りたかった。

 すると、篭善は、表情を曇らせ、語り始めた。


「……疑問しかなかったからじゃ。なぜ、わしらが、妖を殺さなければならなかったかがの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る