第十章 頂点に立つ妖王

第百四十七話 小屋に住む老人

 天鬼は、外から遠くを見ている。

 譲鴛の自爆の術で、腕を焼きこがされ、灰となってしまったが、再生能力により、何事もなかったかのように元に戻っていた。

 彼が見ようとしているのは、壊滅しかけた聖印京なのだろうか。あるいは、自分を殺しに来るであろうと予測ている柚月と九十九なのであろうか。

 もしかしたら、その両方なのかもしれない。

 天鬼は、待ちわびたかのように笑みを浮かべて見ていたのだから。


「天鬼」


「お前達か。どうした?」


 外に出ていた風塵と雷塵が、戻ってくる。

 しかも、二人とも同じように笑みを浮かべていた。

 まるで、何かを楽しみにしているようだ。


「あの二人、聖印京を出たみたいだぞ」


「そうか。とうとう、来るのか」


 天鬼は、狂気の笑みを浮かべている。

 それも、今までとは比べ物にならないほど恐ろしく、美しく見える。

 いよいよ、あの二人と殺し合いができる。待ちわびていたあの日が来る。

 天鬼は、そう思っているのであろう。


「楽しそうだね。そんなにあの二人が気に入ってんの?」


「ああ、もちろんだ。私と対等に戦えるのは、あの二人しかいない」


「そうなのか?」


 雷塵に尋ねられた天鬼は、答える。

 彼の答えに、風塵は、不思議そうに尋ねた。

 今まで、天鬼は多くの妖、そして、人間達を殺してきた。それも、一瞬でだ

 それは、殺し合いを楽しんでいる天鬼にとって、最もつまらなかった事だ。

 自分と対等、あるいは、それ以上に強い者たちを天鬼は、探し求めていた。

 そして、とうとう、見つけたのだ。九十九と言う妖と柚月と言う聖印一族の一人を。

 しかも、その二人が共闘し、自分に挑むために、ここに迫ってきている。

 これほどの喜びはないだろう。


「そうだ。お前達も、戦ってみるとわかる」


「そっかぁ。じゃあ、楽しみにしてないとな」


 風塵も雷塵もにやりと笑みを浮かべる。

 彼らも、待ち望んでいるのだろう。

 柚月と九十九が、ここに到達する時を。

 なんせ、あの天鬼が、気に入っている二人だ。

 さぞかし、強いのだろうと考えていた。


「さあ、来るがいい。柚月、九十九」


 天鬼は、向きを変えて歩きだす。

 風塵と雷塵も、向きを変えて、天鬼についていくように歩き始めた。


「最高の殺し合いをしようじゃないか!」


 天鬼は、狂気の笑みを浮かべたまま、奥へと進む。地獄の奥へと。



 柚月と九十九は、黒い妖達を討伐しながら、先へ進んでいた。


「これで、いっちょあがりだな」


「そうだな」


 柚月と九十九は、刀を鞘に納める。

 何度も迫りくる黒い妖達を討伐してきた二人。

 いつも、討伐してきた妖達を見かけていない。

 これは、一体どういうことなのだろうか。

 妖達が、黒く染まったのか、あるいは、黒い妖達に殺されてしまったのか。

 いずれにしても、先を進まなければ、どこも危険な状況であることは理解できた。


「怪我はないか?九十九」


「誰に言ってんだよ。俺が、へますると思ってんのか?」


「いいや。念のためだ」


 柚月は、九十九を心配するが、九十九は、いつも通りと言った様子だ。怪我をしていない。

 もちろん、柚月は、この程度で怪我をするとは、思っていない。

 念のためと言ったところだ。


「そっか。で、お前の方は?」


「問題ない」


「だろうな」


 九十九も、柚月が怪我をしていないが、確認するが、柚月も、同様に怪我を負っていない。

 九十九は、大丈夫であろうと予測していたが、念のため、訊ねたようだ。

 二人の実力であれば、黒い妖に後れをとることはないだろう。

 だが、綾姫達は、ここにはいない。

 彼女達の援護なしに、二人は、戦わなければならない。天鬼を倒すまで。

 そのため、二人は、互いを気遣っていたのだ。

 本当に、彼らはお互い相棒のように思っているのだろう。決して、口には出さないが。

 黒い妖を討伐し終えた二人は、再び歩き始めた。


「九十九、獄央山まであと、どれくらいかかりそうだ?」


「獄央山は、まだ先だ。国のど真ん中にあるからな」


「東地方と西地方の境目と言ったところか」


「そういうこった」


 柚月達が聖印京を離れてからだいぶ時間が立った。

 だが、獄央山は、東地方と西地方の境目だ。

 まだまだ、先は長い。

 おそらく、ようやく、半分まで進んだところなのであろう。

 たどり着くには、かなり、時間がかかりそうだ。


「なら、どこかで、休息をとろう」


「え?でもよ……」


 柚月の提案に九十九は、何か言いたそうに柚月を見て、ためらっている。

 おそらく、急ぐべきだと言いたのだろう。

 柚月も、急ぐ必要があると感じていたが、提案した理由を九十九に説明した。


「確かに、急がなければならない。だが、体力は、温存すべきだ。天鬼の前に、風塵と雷塵とやらが、待っているだろう。それに、地獄にいた妖達も待ち構えている可能性がある」


「焦りは、禁物ってことか」


「そういうことだ」


 そう、ここから、先は険しい道のりだ。

 幾度となく黒い妖達が襲ってくるだろう。

 それだけではない。

 この先に待つのは、風塵と雷塵、そして、天鬼だ。

 このまま、先へ進んだとしても、体力が減ってしまっては、最悪の場合、天鬼にたどり着く前に、命を落とす可能性もある。

 そうならないように、どこかで、休息をとる必要があると柚月は、考えているようだ。

 彼の説明を聞いた九十九は、納得する。

 天鬼を倒すために、休息が必要だという事を。


「けどよ、こんだけ、妖がうじゃうじゃいるんだぜ?どこで休むって言うんだよ」


「街とかに入れればと思ってるんだが、やはり、難しいだろうか」


 周辺は、黒い妖だらけだ。

 おそらく、どこの街も警戒しているだろう。

 九十九の姿を見た彼らは、受け入れるとは到底思えない。

 だが、休むには安全な場所を確保しなければならない。

 矛盾した考えであるため、柚月は、悩んでいた。


「どうだろうな。ま、行くしかねぇだろ」


「ああ」


 ここで、悩んでいても仕方がない。

 手あたり次第、探すしかない。

 九十九は、そう考えているようだ。

 確かに、今は、そうするしかないのだろう。

 柚月もうなずき、進み続けた。



 しばらく、進み続けた柚月と九十九。

 すると、二人は、ある建物を目にした。


「あれは……」


「小屋か?」


 その建物とは、小屋だ。それも、街の外れで、森の近くにあった。

 なぜ、このようなところに、小屋が立っているのだろう。

 ここから、街までは遠い。隊士達に守られている街とは違いいつ、妖達が襲ってきてもおかしくない。

 ここの主人は、どうやって妖を退けてきたというのだろうか。

 疑問ばかりが浮かんだが、今は、答えを探している場合ではない。

 休息をここで取らせてもらえればと考えた柚月は、九十九に視線を向ける。

 視線を送られた九十九は、柚月と目が合いうなずいた。ここで、休息をとらせてもらおうと合図しているようだ。

 九十九を受け入れてくれるかはわからない。

 それでも、今は、頼むしかない。

 九十九の合図を理解した柚月は、戸をコンコンとたたいた。


「すみません」


 柚月が、戸をたたくと、戸がすっと、開く。

 小屋の中にいたのは、老人であった。


「なんじゃ?お主らは……。そいつは……妖か?」


「ま、まぁな……」


 老人は、戸を開けるなり、視線を九十九に向ける。

 人間が、妖と共にいることが不思議なのだろう。

 九十九は、ごまかすことなく、正直に答える。ごまかしたところで、不審がられるだけだ。

 正直に答えても、不審がられるとは思っていたが。

 九十九が、妖だと知った老人であったが、恐怖におびえることもなく、不審がる

様子も見せない。

 何事もなかったように平然としていた。


「で、何のようだ?」


「すみません。少し、休まさせてほしいのですが……」


 柚月も、正直に休ませてほしいと懇願する。

 九十九の正体を知った老人の反応に違和感を覚えていたが、そんな事を気にしている場合ではなかった。

 老人は、黙っていたが、二人をじっと見るなり、うなずいた。


「……よいぞ」


「え?」


 なんと、あっさり彼らを受け入れた老人。

 これには、柚月も九十九も、驚愕している。

 老人は、柚月達を招き入れるように半歩下がるが、柚月達は、驚きのあまり、呆然と立ち尽くしていた。


「ほら、どうした。入らぬのか?」


「……いいのか?俺、妖だぞ?」


「だったら、どうしたというのじゃ?」


「え、ええ?」


 柚月も九十九も、動揺を隠せない。

 目の前にいる老人は、九十九が妖であっても関係ないと言わんばかりの反応を見せているからだ。

 今の現状を二人は、受け入れられない。

 この老人は、何者なのか、気になるばかりであった。


「ほれ、さっさと、入らぬか」


「し、失礼します」


 中々、二人が中へ入らないことに苛立った老人は、二人に入るように急かした。

 柚月と九十九は、慌てて、小屋の中へと入った。

 そこには、数々の書物や巻物が部屋中に散らばったように置かれてあった。どれも見た事がないものばかりだ。 

 老人は、ここで何をしているのだろうと柚月達は、気になりながらも、座った。


「ほれ」


「あ、ありがとうございます」


 お茶を差し出された柚月と九十九は、茶を飲み始める。

 だが、九十九は、気になっていたことがあった。

 それは、老人が、じーっと九十九を見ていた事だ。

 まるで、物珍しそうに見ている。当然と言えば当然であろう。

 妖が、こうして、小屋にいること自体珍しいことなのだから。

 だが、九十九は、それが、なんだか、気味悪く思えていた。


「な、なんだよ」


「お主、妖狐か?」


「そうだ。なんか、文句あんのか?」


「九十九」


 九十九は、思わず威嚇するように、老人に突っかかってしまう。それを柚月は、慌てて止めた。

 だが、老人は、怒る様子も、おびえる様子も見せない。

 冷静に九十九を見ている。

 二人は、ますます不思議に思えてならなかった。


「いや、珍しいと思うての。妖狐が、人間と一緒にいるとは」


「ま、訳ありだ」


「そうか」


 訳ありと言う言葉で済ませた九十九。

 老人は、それ以上尋ねる様子は見せない。

 それすらも、どこか不思議でならない。

 老人は、まるで納得した様子でいるのだから。


「あの、九十九の事、怖くないのですか?」


「当たり前じゃ。むしろ、間近で見れて、うれしいのう」


「それは、どういうことでしょうか?」


 九十九を間近で見れて喜んでいる老人。

 他の人とは、真逆の答えだ。彼らは、ますます不思議でならない。

 彼らの心情を読み取ったのか、柚月達が抱えていた疑問に老人は、答え始めた。


「わしはな、妖の研究をしておるんじゃ」


「妖の研究?」


「うむ。なぜ、妖は、生まれたのか。なぜ、わしら、人間を襲うのか。気になるじゃろ?」


「そ、そうですね」


 言われてみればそうだ。

 柚月達、聖印一族は、妖は生まれた時から存在し、無意味に人を襲う化け物だと認識していた。

 だが、九十九のように人間らしい妖もいる。

 と言っても、九十九は、半妖だが。

 柚月は、当たり前の疑問を思い浮かべなかったのは、妖はそう言うものだと思っていたからだ。

 それも、今思えば、強引に思い込んでいたのかもしれない。


「だから、調べたくなったのじゃ。まぁ、まだ、わかってることは、少ないのじゃがの。妖に関する書物が少ないからの」


 老人は、そういって、立ち上がり、散らばって置かれてある書物や巻物を拾い集め、柚月達に見せる。

 これまで、老人が調べてきたのは、妖の生態や歴史のようだ。何度も読み漁ってきたのだろう。

 どれも、ボロボロだ。

 それほど、熱心に調べていたのだ。


「わかってることと言えば、五百年前、天鬼が妖王になってからの事じゃ」


「天鬼の事か?」


「そうじゃ」


「あいつは、自分が妖王になった時、妖を支配し始めたのじゃ」

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