第百四十四話 わかり合えた瞬間

 柚月は、譲鴛と共に黒い妖達を討伐した。

 謎の力を使いこなせるようになったおかげで、一瞬にして妖達を討伐することができた柚月であったが、譲鴛は、右腕に怪我を負ってしまった。

 それでも、戦い続けた。

 彼の様子は、鬼のように険しかった。九十九を殺すという執念が、譲鴛を突き動かしているのであろう。

 そうでなければ、譲鴛は、あきらめていたのかもしれない。

 そう思うと、柚月は、心が痛んだ。


「これで、全部か?」


「ああ……」


 もう、迫りく妖達はいない。

 あの黒い妖達は、何度も何度も迫ってきたが、本当に全滅できたようだ。

 柚月も譲鴛も疲労がたまってきている。

 だが、譲鴛は、そんな事を気にも留めていなかった。


「ようやく、あいつの所に……」


「譲鴛!少しは、冷静になれ!」


「俺は、冷静だ!柚月、目を覚ませよ!」


 譲鴛が、前に出ようとする。九十九を殺すためだ。

 だが、柚月は、それをさせまいと譲鴛の前に出た。

 譲鴛は、それが理解できなかった。

 なぜ、止められなければならないのか。目の前にいるのは、妖なのに。


「なんで……あいつをかばうんだ……」


「譲鴛……」


 譲鴛は、うなだれた。

 柚月は、譲鴛の気持ちは痛いほどわかる。妖をかばうなど信じられないのだろう。

 だが、どうしても、譲鴛にはわかって欲しい。九十九は、他の妖とは違うという事を。

 その時であった。


「うあっ!」


「!」


 朧のうめき声が聞こえる。

 不安に駆られた柚月は、後ろを振り向いた。

 朧は、腕から血を流している。天鬼に斬られたのだ。

 朧のそばに九十九が駆け寄ったが、九十九も体中血だらけだ。朧を守りながら天鬼と死闘を繰り広げたのだろう。


「朧!」


 柚月も、朧の元へ駆け寄ろうとする。

 だが、天鬼が、九十九達の隙を逃さず、柚月の元へ向かっていった。


「兄さん!」


「柚月!」


 天鬼は、手刀で柚月の首を切り裂こうとしている。

 もう、すでに手刀が柚月の首をとらえていた。

 だが、九十九が、それを制止する。

 天鬼の両腕をつかんで。


「なっ!」


「九十九!」


「させるかよ!」


 天鬼が振り払おうともがくが、九十九は、頑として放そうとしない。

 その光景を見ていた譲鴛は、信じられないと言わんばかりの顔つきで九十九を見ていた。柚月を守ろうとしていることが信じられないのだろう。

 いや、譲鴛は、ここで、ようやく気付いていた。自分も九十九に守られた事に。

 天鬼は、柚月だけでなく、譲鴛をも殺そうとしていた。殺気を感じ取ったため、譲鴛も察したのだ。

 朧が、九十九の援護をしようと術を発動するが、天鬼は、強引に体を振り回し、九十九は、手を放してしまった。


「邪魔をするな!」


「があああっ!」


「九十九!」


 天鬼は、体を回転させ、手刀で、九十九の胸元を切り裂く。

 胸元からは血が噴き出し、九十九は、手で胸を押さえた。

 柚月は、八雲で天鬼の体を切り裂き、朧が、術で天鬼の動きを止めようとする。

 天鬼は、跳躍して後退し、術から逃れるが、朧はさらに、術で追尾して、天鬼を追い詰めた。

 天鬼は、その術を取り払おうと、手刀で薙ぎ払う。

 だが、それは、時間稼ぎのためだ。九十九を助けるための。

 時間稼ぎに成功した柚月達は、うずくまる九十九を支えた。

 譲鴛は、呆然と立ち尽くしていた。九十九の行動が理解できないまま。


「なんで……守ったんだよ……。どうして……」


「別に……仲間を守るのは、あたりめぇあろうが……」


「仲間?」


 譲鴛は、驚愕する。

 まさか、妖狐の口から「仲間」と言う言葉が出てくるとは思ってもみなかったのであろう。

 彼ほど人間らしい妖がいただろうか。

 いや、妖だからと言って、全てが悪だと決めつけていたのは、間違っていたのかもしれない。

 九十九の想いに譲鴛の心は突き動かされていた。

 だが、天鬼は、朧の術をいとも簡単に破壊し、突破してしまった。


「そろそろ、終わりにしようか」


 天鬼が、柚月達の元へ迫ってくる。刺し殺すつもりだ。柚月と九十九を。

 天鬼の手刀が柚月達に、襲い掛かろうとしていた。


「兄さん!九十九!」


 朧が、二人の前に出ようとする。

 柚月と九十九を守るために。

 だが、その時だ。

 誰もが、予想できない展開が起きた。

 なんと、譲鴛が、二人の前に出て、天鬼に貫かれてしまったのだ。彼らをかばうために。


「がはっ!」


「譲鴛!」


 譲鴛の口から大量の血が吐かれた。

 天鬼は、譲鴛が二人をかばったのが、気に入らなかったのか、形相の表情で譲鴛をにらんでいる。

 すぐさま引き抜こうとした天鬼であったが、譲鴛は、逃がすまいと天鬼の腕をつかんだ。


「!」


「逃れられると思うなよ……天鬼!」


 譲鴛は、術を発動する。

 その術は、天鬼、そして、譲鴛さえも、追い尽くし始めた。

 天鬼は、譲鴛が何をしようとしているのか、気付いてしまった。

 何度も、手刀で譲鴛を切り裂くが、譲鴛は、放そうとしなかった。

 

「待て!譲鴛!」


「柚月!」


 柚月が譲鴛を助けようと前に出るが、九十九が、制止する。

 柚月も気付いてしまった。譲鴛は、何の術を発動しようとしているのか。


「おおおおおおおっ!」


 譲鴛は、雄たけびを上げ、爆発を引き起こした。

 それは、自爆の術。

 先ほど、譲鴛が発動しようとしていた術だ。

 彼は、その術で天鬼を殺そうとしたのだろう。

 柚月や朧、そして、妖である九十九を守るために。


「ぐっ!まさか、自爆するとはな……」


 爆発が終わり、重度のやけどを負った譲鴛は、その場で倒れ込む。

 柚月達は、譲鴛の元へ急いで駆け寄った。

 天鬼は、譲鴛を刺した右腕を焼きこがされ、灰となっていた。

 再生できるが、今、戦えば、柚月達に殺されてしまうだろう。

 それは、天鬼が求めていた殺し合いではない。

 いや、ここで殺し合いをするつもりなどなかった。


「だが、もう、聖印京は終わる。必ずな」


 天鬼は、周辺を見渡す。周りはすでに血の海。血肉を引き裂かれた遺体で埋め尽くされている。

 建物は、炎に包まれ、跡形もない。

 まるで、地獄だ。

 これこそ、天鬼の求めていた赤ノ世界なのだろうか。

 真っ赤に染まった血のような……。


「柚月、九十九。獄央山に来い。そこで、お前達を殺す。本当の殺し合いをしてやろう」


「待ちやがれ!」


 天鬼は、そう告げて逃げ去った。

 彼が、求めていたのは、狂気に満ちた場所で、たった三人での殺し合いだ。誰にも邪魔されない場所で。

 天鬼は、今度こそ、彼らを殺そうとしているのだ。聖印京を滅ぼした上で。

 それが、天鬼の求めていた結果なのだろう。全てを滅ぼし、柚月と九十九を殺す。自分が求めていた妖の世界を作るために。

 九十九は、逃がすまいと切りかかるが、すでに天鬼は逃げ去り、姿をくらましてしまった。


「ちっ!」


「譲鴛!待ってろ、すぐに!」


 柚月は、譲鴛に呼びかける。

 譲鴛は、意識はあるが、息もとぎれとぎれの状態だ。

 天鬼に貫かれ、重度の火傷を負っているからであろう。

 もう、助かる見込みはない。

 それでも、譲鴛は、力の限りを使って、口を開けた。


「ごめんな……柚月……朧……九十九……」


「もういい、しゃべるな!」


 今にも消えそうな声で謝罪する譲鴛。

 柚月は、安静にしているよう訴える。

 まだ、助けられると信じているからだ。

 だが、譲鴛は、死が近づいていると感じている。

 だからこそ、柚月達に伝えようとした。

 これまでの自分が抱え込んできた感情を……。


「俺、間違ってた。わかってたんだ。矛盾してるって……。でも、憎しみを抑えられなかった……。本当……ごめん……」


「譲鴛……」


「後は……頼んだぞ……」


 譲鴛は、目を閉じた。

 これが、柚月に向けた最後の言葉となった。友として、仲間としての……。

 柚月は、譲鴛を抱きかかえ、涙を流す。

 やっと、わかり合えたとに、なぜ、譲鴛は、命を落とさなければならなかったのか。

 そう思うと、天鬼への憎しみが募るばかりだ。

 だが、現実は残酷だ。黒い妖達が再び迫ってくる。別れを惜しんでいる時間さえも、くれなかった。


「まだ、来るの!?」


 朧と九十九は、立ち上がる。

 柚月も、譲鴛を寝かせ、立ち上がり、構えた。 


「柚月、行け!」


「……駄目だ。今は」


 柚月は、躊躇してしまう。

 今、自分が行けば、九十九と朧の身に危険が迫ってくる。

 譲鴛だって、妖に食われてしまうかもしれない。

 だが、綾姫達の事も守らなければならない。

 柚月は、葛藤していた。自分は、どうするべきなのか。


「柚月!綾姫達を守れ!お前しかできねぇんだよ!」


 九十九は叱咤する。

 知っているからだ。

 綾姫達を守れるのは、柚月しかいないと。

 叱咤された柚月は、ようやく覚悟を決めた。


「……すまない!ここを、頼んだぞ!」


 柚月は、譲鴛の事を九十九と朧に託し、謎の力を使って、移動し始めた。

 愛する者の元へ。 

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