第百四十三話 ただ、守りたかった

 譲鴛は、九十九に対して、刃を向けている。

 柚月は、譲鴛の攻撃をかろうじて防いだが、なぜ、譲鴛がそのような行動を起こしたのか、理解できなかった。


「譲鴛……何をして……」


「止めるな、柚月!全部、こいつのせいで……」


「譲鴛……」


 譲鴛は、怒りは、とうに限界に超えていた。

 春風を殺されたことから始まり、柚月は、自分を必要としていないと感じている。

 さらには、天鬼が柚月と九十九を狙って襲い掛かった。

 もはや、譲鴛は、混乱しているのであろう。これまでの出来事が、全て九十九のせいだと思うほどに。

 譲鴛の行動を見ていた天鬼は、狂気の笑みを浮かべていた。


「くくくっ!ははははっ!これは、面白い!」


「何、笑ってやがるんだ、天鬼!」


 突然、高笑いをし始める天鬼。

 九十九は、それが、腹立たしく、怒りを抑えられなかった。まるで、自分達をあざ笑っているかのようだ。


「人間というのは、実に愚かだ。愚かで、醜い」


「黙れ!」


 天鬼に見下された譲鴛は、声を荒げる。神経を逆なでされてしまったのであろう。

 だが、それでも、柚月は、譲鴛を止めるしかできなかった。

 譲鴛は、ますます、憎悪を燃やした。


「柚月、そこをどけ!」


「駄目だ!譲鴛!」


「なら、力づくで!」


 譲鴛は、冷静さを失っているようだ。

 取り戻したかった柚月に刃を向け始める。

 しかし、黒い妖達が瞬く間に、柚月と譲鴛を取り囲んでしまった。


「柚月!」


「どこを見ている!」


「ちっ!」


 九十九と朧は、柚月を救出しに向かおうとするが、天鬼が行く手を阻んでしまう。

 柚月も狙っていた天鬼であったが、この状況すらもよしとしているようだ。

 おそらくだが、大量の妖に囲まれても、友に刃を向けられても、柚月は生き抜き、自分の元へ来るはずだと思っているのだろう。

 そう確信している天鬼は、九十九に襲い掛かる。

 九十九は、焦燥にかられつつも、朧を守りながら、天鬼と死闘を開始した。



 景時は、天次と共に、大群の黒い妖達と戦っていた。


「まだ……来るの……?」


 倒しても倒しても、迫りくる黒い妖達。

 景時も、何度も矢を放つが、限界が来ている。

 しかも、体中に怪我を負っており、今にも、意識が持っていかれそうだ。

 それでも、景時は、体に鞭を打って、風切を構えた。


――白冷達は、無事なんだよね……。大丈夫……。きっと……。


 景時は、白冷達の無事を案じている。

 妖達は、屋敷内にまで侵入しているようだ。他の隊士達が、討伐に向かっているだろう。

 白冷も、屋敷内を知り尽くしている。

 そのため、どこが安全な場所か判断し、人々を非難させているはずだ。

 今は、彼らの無事を信じるしかなかった。

 だが、問題なのは、天次だ。天次は、顔色一つ変えず、戦っているが、体力を消耗しているはず。彼も、限界が来ていた。


――天次君も、限界が来てる。だったら……。


「天次君、ごめんね。ここで、じっとしててね」


 景時は、懐から石を取り出す。

 決意していた。天次を石に封じ込めることを。そうすることで、天次を守ろうとしたのだ。

 だが、天次を石に封じ込めれば、戦力は格段に落ちる。

 天次は、近戦攻撃を得意としていたため、景時が遠距離で矢を放った時、天次が、接近して妖と戦っていたのだ。

 つまりは、天次が守ってくれたおかげで、景時は、今までの戦いを難なくこなせていたにすぎない。

 今戻せば、妖達は一斉に景時に襲い掛かるだろう。

 景時は、それすらも覚悟していた。

 たとえ、命尽きても、守り通すと。屋敷の元たちと天次を。


「か……」


 景時は、石を使用する。

 天次は、何か言いかけていたが、景時には聞こえてない。

 瞬く間に、石に封じ込められてしまった。


「ここは、僕が守る!」


 一人になった景時は、風切を構える。

 景時の予想通り、妖が一斉に景時に、襲い掛かり始めた。

 景時は、風矢を発動して、何匹もの妖を吹き飛ばすが、それでも、全てを食い止めることは不可能だ。

 景時も、その事はわかっている。

 それでも、できる限り、食い止めようと、景時は、立てつづけに風矢を放った。

 だが、何匹もの妖がとうとう、景時の元へ到達してしまった。

 景時は、風矢を発動しようとするが、獣の妖が爪を振り下ろした。


「がっ!」


 右わき腹を切り裂かれた景時。

 さらに、他の妖が左上にかみつき、足を斬られ、次々と深手を負っていく。

 血が流れ、激痛で、意識が遠のいてしまう。

 抵抗すらもできないほど、力が入らなかった。

 もう、駄目だ。全てをあきらめ、景時は、目を閉じる。

 だが、その時だった。

 突然、天次を封じ込めていた石が光りだす。

 他の妖は、その光で、目がくらみ、景時から遠ざかっていった。

 何が起こったのか、景時すらも把握できていない。

 石は、まばゆい光をはなった時、なんと、天次が石から出現した。景時の意思に関係なく。


「天次君!」


 景時は、目を見開き、驚愕する。

 それもそのはず、石に封じ込められた天次は、景時の力なしでは、出ることは不可能だからだ。

 それなのに、天次は、自らの意志で、力で、石から出現した。

 その光景に、景時は目を疑った。

 石から出現した天次は、景時の前に立ち、構える。妖を迎え撃つために。


「駄目だ、駄目だよ、天次君……」


 景時は、止めようとするが、天次は、いう事を聞かない。

 迫りくる妖に対して、天次は、突進するかのごとく向かっていった。

 体すらも起こすことが不可能なほど、深手を負っている景時は、ただ、見ていることしかできなかった。

 天狗嵐を巻き起こし、次々と妖達を吹き飛ばしていく天次。

 だが、それを逃れた妖達は天次に襲い掛かる。

 噛みつかれようと、斬られようと、ひるむことを知らない。

 天次は、景時を守るために、最大限の力を発動した。

 大嵐が、巻き起こり、妖達は、全て、吹き飛ばされた。

 天次は、景時の元へ歩み寄るが、到達した瞬間、倒れてしまった。


「天次!!」


 景時は、天次の名を呼び、手を伸ばした。

 天次は、目が虚ろなまま、景時に向かって手を伸ばした。


「ど、どうして……」


 景時は、天次に問いかける。

 意識を奪われた妖が主を守るために、自らの意志で戦ったのは、天次が初めてだ。

 捕らえて、無理やり意識を奪い、多くの同士を殺させたというのに、なぜ、自分を守ったのか、景時には理解できなかった。

 だが、天次は、口を開け始めた。


「かげとき……だいじょう……ぶ?」


「っ!」


 景時は、驚愕する。天次は、自分の身を案じていたのだ。

 景時は、蓮城家でも、珍しかった。

 なぜなら、妖である天次を家族のように接していたからだ。

 ほとんどの人間は、道具のように扱っている。

 そのため、景時は、変わり者と言われていた。

 そう陰口をたたかれても、景時は天次に優しく接していた。

 景時の優しさを感じ取った天次は自我が芽生え始めていたのだ。

 そして、景時が自分を自由にすると決めた事も知っていた。

 自分を思っていてくれたからこそ、天次は、景時を守ったのだ。


「かげとき……だい……すき……」


 天次は、そう呟き、意識を失った。


「天次!天次!」


 景時は、必死に呼びかけるが、返事がない。

 天次は、目を閉じたままだ。

 景時は、ようやく気付いた。天次の想いを……。

 

「ごめんね……。天次……。僕も、大好きだよ」


 景時は、気付かなかったことを後悔し、意識を失った。



 透馬と矢代も黒い妖と死闘を繰り広げていた。

 だが、こちらも、倒しても倒しても、次々と迫りくる妖に苦戦している。

 透馬も矢代も、怪我を負った状態だ。

 体力も限界が来ている。

 二人は、確実に追い込まれていた。


「きりがないね……このままだと……」


「……」


 この時、矢代は死を覚悟していた。

 だが、せめて、息子の透馬だけでも、守りきりたい。自分の命に代えても。

 矢代が、命を投げ出しても、透馬を守ると決意した時、透馬が、思いがけない言葉を口にした。


「母ちゃん……あのさ……」


「どうしたんだい?透馬……」


「ごめん」


「え?」


 突然、透馬が謝罪したのだ。

 矢代は、驚き、戸惑っていた。なぜ、今、謝罪したのか。

 不吉な予感がする。この予感が当たらない事を矢代は、心の中でひそかに祈った。

 透馬は、笑みを浮かべながら、語り始めた。


「ほら、俺、修行とか、苦手だからさ。一人前の鍛冶職人になるって言ってたのに、帰らなくて……」


「あんた、なんで、今、そんな事……」


 透馬は、特殊部隊の一員として、鳳城家の離れで、暮らしていた。

 透馬が、親元を離れたのは、初めてだ。

 その気になれば、透馬は、いつだって里帰りすることができた。

 だが、しなかったのは、鍛冶職人の修業を嫌がったからだ。帰れば、厳しい修行が待っている。

 だから、透馬は、天城家に帰還しなかった。鍛冶職人になりたいと願っていたのにもかかわらず。 

 透馬は、その事について、後悔していた。


「宝刀って、作るの難しいんだな。もっと、修行しとけばよかったな」


「そんなの、いくらでもできるだろう!何を言って……」


 透馬は、後悔している事を矢代に告げる。

 だが、修行など、この戦いが終われば、いくらだってできる。

 なのに、なぜ、後悔しているのか、矢代には到底理解できなかった。

 その時だ。透馬が、腰に下げていた短刀を鞘から引き抜いたのは。 

 その刀身は、赤い。まるで、炎のように美しい。

 矢代は、その短刀は、透馬が作ったのだと悟った。

 だが、それと同時に悪寒が走る。

 矢代は、どんな材料を作ったのか、わかってしまったからだ。


「その短刀は、なんだい?何をするつもりなんだい!」


 矢代は、透馬に問いかける。

 だが、透馬は、返事をしない。答えるつもりなどないのだろう。 

 なぜなら、答えれば、確実に矢代が止めるからだ。

 透馬は、そう確信していた。

 答えない代わりに、透馬は振り返り、精一杯の笑みを矢代に向けた。


「母ちゃん……ありがとう。行ってきます」


 透馬は、そう言い残し、駆けだしていった。


「待ちなさい、透馬!」


 矢代は、透馬を追いかける。

 だが、透馬の足は速く、矢代から遠ざかっていった。


「おおおおおおおっ!」


 透馬は、雄たけびを上げて突進する。

 そして、一匹の妖に向かって短刀を刺した。

 だが、次々と妖が透馬に食らいつく。

 透馬は、激痛で顔がゆがむが、それにも耐えていた。

 ついに、透馬は、短刀の技を発動させる。

 その技は、短刀から炎が放たれ、透馬さえも包みこむ。妖さえも、巻き込んで。

 名はつけていない。つける必要がなかった。

 なぜなら、その技は、自爆の術がかけられているからだ。

 透馬は、全ての力を込める。

 透馬を中心に爆発が起こり、妖達は、次々と倒れ、消滅した。

 短刀に身を焼かれた透馬は、全身重度の火傷を負ったまま、地面に倒れ込んだ。


「透馬!」


 矢代は、透馬を抱き抱え、呼びかける。

 だが、透馬の眼は虚ろであり、返事がない。

 意識を失っているようだ。

 透馬は、覚悟していたのだ。死ぬことを。

 死してでも、矢代を守ろうとしたのであろう。

 息子に守られた矢代は、涙を流した。


「そんな……透馬……」


 矢代は、涙を流し続けた。

 それでも、透馬の意識は、戻らなかった。

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