第百三十九話 地獄の門

 赤い月はとうとう出現してしまった。

 その事に気付いているのか、白い髪の青年と黒い髪の青年は、笑みを浮かべている。

 これから、起こる出来事を待っているかのように。

 そんな中で、足音が聞こえてくる。天鬼だ。天鬼が、戻ってきたのだ。

 天鬼の足音は、だんだんと近づき、二人は、天鬼が戻ってきたことに気付き、天鬼を見ていた。

 天鬼は、狂気の笑みを浮かべていた。


「天鬼が、帰ってきたぞ、雷塵らいじん


 白い髪の青年が声をかける。


「本当だね、風塵ふうじん


 黒い青年が楽しそうに答える。


「どうだった?」


 白い髪の青年・風塵は、天鬼に尋ねた。


「とうとう来たぞ。赤い月の出現だ」


 天鬼は、笑みを浮かべて答える。

 今日という日を待ちわびていたかのように。


「ってことは、あいつらの出番だね」


 黒い髪の青年・雷塵は、楽しそうに尋ねた。


「そうだな」


 天鬼は、風塵と雷塵を連れてある場所へ行く。

 そこは、牢だ。牢の中に、鳳城真谷、鳳城巧與、鳳城逢琵、そして、天城成徳がとらえられていた。

 かつて、自分の野望の為に、悪事を働き、その事が知れ渡り、聖印を奪われ、追放された者たちだ。

 あの後、すぐに彼らは天鬼に捕らえられてしまった。今日、この日のために。

 真谷以外は、気を失っている。

 それは、天鬼の意向のようだ。

 真谷だけは、意識が残ったまま捕らえられていた。

 そのため、天鬼を見るなり、真谷は恐怖で体が震えた。


「て、天鬼……」


「赤い月が出現した」


「な、なんと……」


「出番だ。来い」


 赤い月が出現したと聞かされ、愕然とする真谷。

 天鬼は、強引に真谷達をある場所へ連れだした。

 奥へ、奥へと進んでいく天鬼達。進むにつれて、真谷の顔は青ざめていく。

 これから、自分の身に何が起こるのかと思うと不安でたまらないのだ。気が狂いそうになるほどに。

 しかし、抵抗すらできない。逃げることさえも。

 ただ、前に進むしかなかった。

 洞窟の最深部へとたどり着いた天鬼達。

 真谷の目に、あるものが映っていた。


「ここは……」


「地獄の門だ。貴様なら、聞いたことがあるだろう」


 真谷の目に映ったのは、門だ。

 その名の通り地獄とつながっている門。

 天鬼しか、開けられない頑丈な門だ。

 その門を開けると地獄が待っている。

 その地獄には、何がいるのか、真谷は知っているため、焦燥にかられた。


「ど、どうするつもりだ?天鬼」


「決まっているだろう。この門を開ける。開けてあ奴らを我が部下とする」


「馬鹿な!そんなことできるはずがない!」


 門を開けることは容易ではない。それは、天鬼でさえもだ。

 その門を開けて、地獄にいる者たちを外に出すことは、不可能に等しい。

 天鬼は、それをやってのけるというのだ。

 真谷には、理解ができなかった。


「確かにな。俺も、一瞬でしか開けられない。なぜなら、命を差し出す必要があったからな」


「それほど、厳重に封印されているってことだ」


「聖印一族の力でね」


 門は、封じられている。

 それを封じているのは、他でもない聖印一族だ。

 確かに、その事は真谷も聞いたことがある。

 だが、どうやって封じているのかは、詳しくは知らされていない。

 そのため、天鬼が、自分の命を削って門を開けていた事も知らなかった。

 だが、天鬼にとっては、この門を開けるために差し出す命は、微々たるものだ。

 少し、命を削ったところで、何の影響もない。

 と言っても、なぜ、この門が封印されているのか、真谷は知っているようであった。


「当たり前であろう。地獄にいるのは、重罪人や極悪な妖ばかりだ。封じておかなければ、聖印京はおしまいだ」


「だが、その封印も弱まっている。なぜかは、知らないがな」


 地獄にいるのは、追放の刑にも処刑にもできない重罪人や、討伐することも不可能なほど極悪な妖ばかりだ。

 そんな者たちを世に出してしまえば、瞬く間に聖印京は……いや、和ノ国は、滅んでしまう。

 だからこそ、これまで、聖印一族の力で厳重に封印してきたのだ。

 しかし、天鬼が言うには、その封印は弱まっているらしい。

 なぜ、弱まっているのかは、見当がつかない。

 それに、もし、天鬼の言っていることが本当であるならば、和ノ国が滅ぶのも時間の問題だ。

 そう思うと、真谷は恐怖で身が硬直し始めた。


「ど、どうやって、開けるつもりだ?」


「もう、気付いているだろう?なぜ、貴様らを捕らえたのか」


「ひっ!」


 天鬼は、妖刀・煉獄丸を鞘から引き抜き、真谷の首につきつける。

 真谷は、思わず悲鳴を上げてしまった。

 真谷も本当は気付いていた。なぜ、自分達がここに連れてこさせられたのか。

 門を見た瞬間に、理解してしまったのだ。自分達は、門を開けるために、必要不可欠な人材であることに。


「門を開ける生贄として捧げるためだ」


 天鬼は、彼らの命で門を開けようとしていたのだ。

 それも、強引に、そして、完全に。

 真谷は、確信してしまった。自分達は、殺されてしまう事を。完全に、終わりが近づいている事を。


「封印を解くには、命を差し出す必要がある。だから、貴様らを捕らえた。貴様らは、元聖印一族。聖印を奪われたとしても、力は、その魂に宿っている。門を完全に開けるには、十分だ」


 確かに、聖印を奪われたものは、二度と聖印能力を発動できない。

 だが、その魂には、聖印の力が宿っている。

 つまりは、妖の餌としてはうってつけと言ったところであろう。

 そして、門を開くことさえも、可能にしてしまう。

 しかも、真谷だけでなく、三人の命もだ。完全に門を開くには十分であろう。

 聖印能力を使えない彼らは、抵抗することすら許されない。

 追放の刑と言うのは、それほどの地獄であるのだ。

 天鬼は、煉獄丸を真谷の首に近づける。今にも、首は、煉獄の炎に焼かれてしまいそうだ。

 真谷の額から汗が流れ落ちた。


「ま、待て!私達を殺したところで、門が開くとは……」


「どこまでも、見苦しい奴だな。だから、私に利用されたんだ」


「なっ!」


 捕らえられても、生贄として捧げられようとしても、真谷はまだ抵抗する。逃げ道を探そうと。

 だが、そういう人間ほど扱いやすく、自分が利用されていることに気付いていない。

 天鬼は、その事を知っている。

 なぜなら、そういう人間は、自分が利用していると思い込んでいるからだ。

 真谷も、そういう人間であり、やはり、気付いていなかったようで、動揺していた。


「貴様に、あの黒い石を渡せば、いい働きをしてくれるだろうと見込んでいた。貴様は、欲望の為に、多くの命を奪っていった。鳳城椿の情報まで流してくれたのだからな。鳳城勝吏を殺すために」


 なんと、椿が聖印一族と一般人との間に生まれた娘だという事を天鬼が知ったのは、真谷が天鬼に密告したからだ。

 椿に憑依させて、勝吏を殺すために。

 それを知っていた天鬼は、椿を利用して、勝吏と軍師さえも殺そうとしていた。真谷を頂点にして、操り人形にするために。


「しかも、成徳に妖を与え、結界を弱まらせてくれたおかげで、私は九十九と会うことができた。あと、柚月にもな。これ以上に最高なことはない」


 成徳が、妖を手引きできたのは、真谷が、成徳に妖を与えたからだ。

 そのせいで、結界は、弱まり、天鬼は聖印京へ侵入することに成功してしまった。

 九十九を連れ戻すため、いや、殺し合いをするために。

 結果、九十九に敗れたものの、柚月と言う強い青年と死闘を繰り広げることができた。

 天鬼にとって、喜ばしいことこの上ないだろう。


「そして、今、貴様は、部下と自分の息子と娘を生贄に差し出してくれる。自らの命と共にな。最高の働きだった」


「そんな……」


 最後には、一人の部下と二人の子供と共に生贄になってくれる。

 真谷は、自分が想像していたよりもいい働きをしてくれたのだろう。

 だが、反対に、真谷は、愕然としている。今までの行いが、全て利用されていたと知ったからだ。 

 同時に、真谷は後悔していた。

 だが、時すでに遅しであった。

 天鬼は、煉獄丸を振り上げた。


「さらばだ。鳳城真谷。地獄で、また会おう」


 天鬼は、煉獄丸を振り下ろす。

 煉獄丸は、真谷達の首を切り落とした。

 聖印の力を吸い取った煉獄丸は喜んでいるかのごとく、炎を出し始めている。


「これで、門は開かれる」


「楽しみだな。天鬼」


「そうだな」


 天鬼は、煉獄丸を門に突き刺した。

 門に、ひびが入り、完全に砕け散った。

 地獄の門は、開かれてしまった。


「ついに、開いたな」


「ああ、いいね。いい感じだ」


 門が開かれたことで、重罪人や極悪な妖達は、門から飛び出す。

 しかも、赤い月の影響により、凶暴化している。

 これ以上の戦力はないだろう。

 天鬼は、今度こそ、聖印京を滅ぼせると確信していた。


「風塵、雷塵。聖印京を滅ぼしに行くぞ」


「ああ」


 天鬼達は、外へ向かって歩き始める。

 ゆっくりと時間をかけて。

 彼らは、余裕の笑みを浮かべていた。


「さらばだ。九十九」


 天鬼は、九十九に別れを告げるかのように呟いた。

 その表情は、どこか寂しげであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る