第百三十六話 誰よりを君を想う

 綾姫と夏乃が、千城家に戻った後、柚月達は、彼女達抜きで、任務を遂行していた。

 訓練の成果もあってか、連携をうまくとり、苦戦することなく、妖達を討伐してく柚月達であった。


「はい。妖討伐完了っと。天次君、お疲れ様~」


 妖を討伐し終えた景時は、天次の頭を優しくなでる。

 まるで、家族のように接しているようだ。

 だが、意識を奪われた天次は、ただ、虚ろな目で遠くを見ている。仕方がないとはいえ、少し悲しい。意識を奪わずに、共に戦えたらどんなにいいことか、景時は、その日が来るのを願うばかりであった。


「俺たちだけでも、なんとか倒せるな」


「そうだな」


 今までは、綾姫の結界術や夏乃の薙刀と時を操る聖印能力に頼っていた柚月達。

 その二人が抜けるというのは、痛手であった。

 だが、それでも、与えられた任務をこなさなくてはならない。自分達だけで。

 不安が少しばかりあったが、天次の天狗嵐で結界を張るように行く手を遮り、透馬の岩玄雨で、妖の動きを止めることで、連携をとることに成功した。

 安堵していた柚月であったが、少し、気がかりなことがあった。


――だが、最近、妖が凶暴になった気がする。赤い月の日が近いのか?


 赤い月の出現は、約一週間後と言われている。

 緊急会議により、発表されたらしい。

 その影響もあってか、妖の行動が凶暴になったように感じられる。

 だが、赤い月の出現が迫っている中で、妖が凶暴になったという事例はない。

 何かよからぬ事が起こる可能性もあった。


――もし、前の時のようになったら、綾姫は……。


 前回のように、予知した日よりも、大分前に赤い月日が出現してしまったら、綾姫の体に負担がかかってしまうだろう。琴姫のように。

 それだけは、なんとしても阻止したい。

 綾姫に負担がかからないよう何かするべきことがあるのではないか。柚月は、焦燥に駆られていた。

 そんな柚月の様子を九十九は、見ている。彼の様子が気になっているようだ。

 九十九の様子を見ていた朧は、訊ねた。


「九十九、どうしたの?」


「いや、何でもねぇ」


 九十九は何でもないと答えるが、どうしても気になることがあった。



 柚月達は、任務を終え、聖印京に戻る。

 その後は、いつものように、変わりなく訓練をして、過ごしてきた。

 時間が立ち、夜に変わる。

 朧達が、寝静まっている頃、柚月は、庭から月を眺めていた。

 月は、三日月だ。満月でも赤く染まった様子もない。

 とても、美しく輝いていた。


――今の所は、大丈夫みたいだな。けど……。


 この平穏な日々が、いつ、地獄に変わるかわからない。

 そう思うと、柚月は不安に駆られる。

 だが、頭に浮かぶことは自分の事ではない。 

 綾姫の事だ。いつ、赤い月が出現するか。もし、綾姫の身に何かあったら。

 そればかりが、頭によぎる。

 違うことを考えようとしても、離れられない。

 そんな時だった。


「おい」


 柚月は、ぶっきらぼうに声をかけられる。

 そんな風に声をかけるのは、ただ一人であった。

 柚月は、振り返ると後ろに九十九が立っていた。いつものように、ぶっきらぼうに。


「九十九、どうしたんだ?」


「どうしたんだ、じゃねぇって」


「え?」


 柚月は、あっけにとられたような表情を見せる。 

 九十九は、どこか怒っているように見えたからだ。 

 だが、九十九を怒らせた理由は見つからない。心当たりは、どこにもない。

 考えている間に、九十九は、柚月に迫ってきた。


「お前、いいのか?綾姫の所に行かなくて」


「綾姫は、大事な儀式の最中だ。邪魔するわけにはいかないだろ?」


「んなこと関係あるのかっての」


「あるんだ」


 柚月が、強引に反論する。

 もちろん、綾姫の元へ行きたい。今すぐにでも。

 だが、大事な儀式だ。

 儀式は、一族にとって重要な事だ。邪魔してはいけない。

 柚月は、葛藤していたのだ。自分の気持ちを優先させるべきなのか、一族の為にここは待つべきなのか。

 それでも、九十九にとっては関係なかった。


「綾姫の気持ちはいいのかよ」


「……今は、信じて待つしかないんだ」


 今、やるべきことは、赤い月の日に備えて、鍛えることだ。

 そして、人々を守る事。

 綾姫の負担を軽減できるように。

 そして、綾姫なら必ず、自分達の元へ戻ってくるを信じるしかない。

 今の柚月には、それしかできなかった。


「……頑固な奴。お前も、綾姫も」


 九十九は、ため息をつく。

 柚月も綾姫も頑固だ。こうと決めたら、決して意見を変えない。あきれるほどに。

 柚月は、自分や綾姫の気持ちよりも、儀式の事を最優先させている。押し殺してまで。

 それが、九十九は気に入らなかった。

 だから、怒りを柚月に見せたのであった。


「なぁ、柚月。なんで、綾姫はこの離れでみんなで暮らそうって言ったか、知ってるか?」


「……それは、お前のためだろ?」


「そんなの建前だっての」


 綾姫が、離れで暮らそうと提案した理由は、九十九の存在を隠すため。柚月の負担を軽減させるためだ。

 だが、そんなものは、単なる建前に過ぎない。

 九十九は、その事を知っているから、柚月を綾姫の元へ行かせようとしたのだ。綾姫の気持ちを十分理解しているから。


「いいか?よく聞け。あいつが、提案した理由は、思い出を作りたかったからだ」


「思い出?」


「そうだ。共に過ごした日々を残しておきたいって……」


 九十九は、思い出す。綾姫が夏乃に提案した本当の理由を告げた時の表情を。その時は、とても、寂しそうに語っていた。

 九十九は、その寂しそうな表情を忘れることができなかった。

 なぜなら、その表情は、椿とよく似ていたから。

 始めて出会い、聖印京から逃げようとした時に見せたあの寂しそうな表情に。

 それゆえに、九十九は放っておけなかった。綾姫の事も、柚月の事も。


「赤い月が出現したら、きっと……自分は、死ぬからって」


「え?」


 柚月は、驚愕していた。

 綾姫がそんな弱音を吐いていたとは、思ってもみなかったであろう。

 必ず戻ってくると約束した綾姫が、死を覚悟していたなどと。


「あいつ、怖がってんだよ。普段は、大胆なことする怖いもの知らずのお転婆姫のくせによ」


「綾姫が……」


 あの大胆不敵で、恐れを知らない綾姫は、死に対して恐怖を抱いている。

 柚月は、そんなことに気付いていなかった。

 九十九は、なぜ、死に対して恐怖を抱いているのか、理解していた。


「そうだ。綾姫は、お前に会えなくなる事を恐れてる。誰よりもな。お前だってそうだろ?」


「……」


 もし、儀式の影響で体に負担がかかり、死に至ることになったら、二度と柚月に会えなくなってしまう。

 綾姫は、常に不安に駆られていたのであろう。

 その日が迫ってくるたびに。

 だが、それは、柚月も同じだ。

 綾姫を失うことを恐れている。誰よりも。

 柚月と綾姫が、お互い一番思いあっている事を九十九は、気付いていた。

 だからこそ、柚月の背中を押そうとしていたのだ。


「お前が抱えてるしがらみとか、捨てちまえ!綾姫の所に会いに行ってやれ!出ないと……後悔するぞ」


「九十九……」


 九十九は、椿を守れず、失ったことを後悔している。

 だからこそ、綾姫の元へ行くよう背中を押したのだ。自分のようになってほしくないから。

 柚月は、決意し、立ち上がった。

 今すぐ、綾姫の元へ行くことを。


「行ってくる」


「おう」


「ありがとう」


「いいから、早く行けって」


「ああ」


 柚月は、急いで綾姫の元へと向かった。

 柚月の背中を九十九は、見えなくなるまで、見送った。

 その直後だ。朧が、九十九に声をかけたのは。


「九十九」


「なんだ、朧、起きてたのか」


「うん」


 呼びかけられた九十九は振り返る。

 朧は、御簾から出て、二人の後ろでやり取りを見ていたようだ。

 九十九に問われた朧は、静かにうなずいた。


「ありがとう」


「別に、礼を言われることはしてねぇよ。……後悔してほしくなかったからな」


「うん、そうだね」


 九十九と朧は、夜空を見上げる。

 夜空に浮かぶ三日月を眺めるように。

 願わくば、柚月と綾姫が幸せになるようにと二人は、祈っていたのであった。



 柚月は、静かに千城家の屋敷に入れさせてもらった。

 儀式中、出入り禁止というわけではない。

 だが、彼らに気を使って、来る者はそういない。

 柚月は、少しばかり、申し訳なく感じたが、それでも、想いを押さえることはできなかった。綾姫に会いたい。綾姫に伝えたい。

 そう強く願った柚月は、千城家の離れにたどり着く。

 聖水の泉の入り口の前に夏乃は、立っていた。

 柚月がここに到着したことに気付いた夏乃は、驚愕していた。


「柚月様」


「夏乃……」


「どうなさったのですか?」


「あ、いや、その……」


 柚月がここに来たということは、何かあったに違いない。

 夏乃は、不安に駆られ尋ねるが、柚月は、口ごもってしまう。

 どうやって答えたらいいのかわからなかったのだろう。

 彼の様子を見ていた夏乃は、あることに気付いた。


「もしかして、綾姫様に、会いに来られたのですか?」


「あ、ああ……」


 夏乃も長年綾姫に仕えている。

 そのため、綾姫の気持ちに気付いていた。

 綾姫が柚月の事をどう思っているのか。

 そして、柚月の気持ちも理解している。

 そのため、なぜ、柚月がここに来たのか、気付いていた。

 柚月は、観念したかのように、うなずく。

 自分の気持ちに嘘をつけなくなっていた。


「……案内します」


「いいのか?」


「ええ、そろそろ、儀式が終わる頃ですので」


「ありがとう」


 夏乃に案内され、柚月は、聖水の泉へとたどり着く。

 すると、聖水の泉の前で、巫女装束を来た綾姫が神楽の舞を踊っていた。

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