第百二十七話 お互いの想いをかけて
朧達は、綾姫達の帰りを待っていた。
無事であることを祈りながら。
「……綾姫様、大丈夫でしょうか」
「虎徹様と保稀様もいるから大丈夫だとは思うんだけどね」
「そうですよね……。虎徹様がきっと守ってくれますよ」
「……はい」
確かに、綾姫は、一人で行動しているわけではない。虎徹と保稀の二人がついている。心強い味方だ。そう簡単に、見つかったりはしないだろう。
だが、そう思いたい朧達であったが、不安がよぎってしまう。彼女達の身に危険が迫ったりしないかと。彼らは、ただただ無事を祈るしかなかった。
だが、その時であった。バタバタと足音が聞こえたのは。
まるで、緊急事態が起こったかのように足音が響き渡る。その足音の主は、凛だ。
凛が、慌てて部屋へと入り込んだ。
「みなさん、大変です!」
「どうしたのかな?」
「ここから、逃げてください!聖印一族の鳳城真谷様方が店の前に来てるんです!」
「!」
朧達は、驚愕し、目を見開いた。真谷達が店の前に来ているというのだ。虎徹の話では、真谷は柚月達と牡丹が知り合いだということは知っていない。
だからこそ、安心して、この店にいられたのだ。気付かれることはないだろうと予想していたから。
だが、実際には気付かれてしまった。一体、どういうことなのだろうか。
凛が、真谷達に気付かれないように朧達に知らせている間、牡丹は、時間稼ぎをするために、店の前に出て、真谷達を入らせないように真谷達と口論を繰り広げていた。
彼女達の様子を見ていた人々はざわつき始め、彼女達の周りを取り囲むように立って見ていた。
「せやから、ここには、あてと凛の二人しかいないって言うてるやろ?」
「なら、店の中をみせてもらいたい。これは、命令だ」
追い詰められた真谷は、冷静さを失っているようだ。権力を振り回すかのように、牡丹に命令する。
だが、そんな真谷の様子を見ていた牡丹は、あきれ返っていた。
「……聖印一族の人は、横暴やな」
「何?」
「命令と言えば、通すと思うとるんか?通さんかったら、どうなるんや?この店、つぶすとでも言うんやないやろうな?」
「だったら、どうする?」
真谷は、牡丹の質問に対して否定せず、堂々と肯定した。逆らえば、牡丹の店をつぶす気なのだろう。
これには、街の人々でさえも驚いた様子だ。店の中を見せなかっただけで、このような脅しをするのだから。
だが、そんなことで怖気づく牡丹ではなかった。
「あてに、そんな脅しは通用しまへん。さっさといね!」
「ならば、力づくで通させてもらうぞ!」
真谷に対して、牡丹は、追い返すように反論する。
だが、真谷もここで、帰るわけがない。牡丹を傷つけてでも、店に入り、朧を殺そうとしたのだ。
これには、さすがの巧與と逢琵も、戸惑っている。
そんなことをすれば、他の聖印一族や軍師が黙っていないだろう。
「ちょ、ちょっと、お父様、いくら何でも……」
「そ、そうだよ。これは……」
「黙れ!こうでもしなければ、私達の身が危ういのだぞ!」
巧與と逢琵が、なだめるように諭すが、真谷は聞き入れない。相当、焦っているようだ。
だが、それでも、牡丹は、真谷達を中に入れるわけにはいかなかった。
真谷達が、力づくで来ると言うなら、牡丹も戦う気だ。朧達の為に。
牡丹は、真谷達に対して、身構えていた。
その時であった。
「きゃあああっ!」
突然、叫び声が聞こえる。
街の中は、騒然とし始めた。
真谷達も、驚愕し、あたりを見回した。
「な、なんだ!?」
「あ、あれ!?」
巧與が、指を指す。
なんと、牡丹の店の屋根の上に、九十九が立っていたのだ。
「九十九はん?」
これには、さすがの牡丹も驚いている様子だ。
まさか、九十九が、ここに現れるなど誰が予想しただろうか。
それは、真谷達も同じだ。
街が騒然としている中、九十九は真谷を形相の顔でにらみつけていた。
「やっと、会えたな。真谷」
九十九は、担いでいた明枇を鞘から引き抜く。
真谷を殺すつもりだ。
九十九の様子を見ていた人々は、恐怖におののいた。
「よ、妖狐だ!」
「逃げろ!」
妖刀を見た人々は逃げ始める。九十九に殺されると勘違いしたのだろう。
実際、九十九の狙いは真谷のみ。
真谷を殺すことが目的だ。
九十九は、真谷の元へ進み始めた。九十九の殺気を感じた真谷達は、恐怖で、後退し始めた。
「き、貴様、なぜここに……」
「……決まってるだろ。てめぇを殺すためだ」
九十九は、屋根から飛び降り、真谷の前へ着地する。
だが、牡丹が、慌てて九十九と真谷の間に入った。
「あきまへん!九十九はん!」
「うるせぇ!」
牡丹が、九十九を止めようとするが、九十九が怒鳴り始める。
真谷に対する憎悪が抑えきれないようだ。
真谷に対して強気であった牡丹でさえも、九十九の殺気を感じ、びくっと体を震わせ、身が硬直してしまった。
「黙ってろ。こいつは、俺がやる」
「……」
もう、九十九を止めることはできない。
いや、九十九を止めたくても、止められないのだ。
なぜなら、牡丹は、恐怖で体が動けなくなってしまったのだから。
実の娘と愛し合っていた男が、人殺しをしてしまうところなど見たくない。
それなのに、何もできない牡丹は悔やんでいた。
九十九は、牡丹の前に出る。真谷は、恐怖で、さらに、後退した。
「ま、待て。私を殺したらどうなるか、わかっているだろ!」
「だったら、なんだ?そんな脅しが効くとでも思ってんのかよ」
真谷は、自分の身を守るために必死で脅そうとするが、九十九に通用するわけがない。
九十九は、明枇を振り上げた。
「てめぇだけは……許さねぇ!」
九十九は、明枇を振りおろそうとする。
その時だ。朧達が止めようとする凛を押しのけて、店から出てきたのは。
「九十九!」
朧は、真谷を殺そうとする九十九を見て、飛びだしていった。
だが、朧は咳き込んで、黒い血を吐き、うずくまってしまう。
妖刀・明枇は、真谷を切り裂こうとしていた。
もう、駄目だ。朧はあきらめかけていた。
だが、九十九が真谷を殺そうとした時、九十九の前に現れたものがいた。
「待て!」
九十九を止めたのは、柚月だ。
柚月が九十九の前に現れ、九十九はギリギリのところで、動きを止めた。
「柚月!」
「兄さん……」
朧達も九十九も驚いているようだ。
そして、真谷達も動揺を隠せない。
柚月は、九十九を真っ直ぐ見ていた。彼を止めようとするかの如く。
その後、透馬、勝吏、月読、矢代が柚月の元へと集まり、二人の様子をうかがっていた。
「九十九、何をするつもりだ?」
「決まってんだろ?こいつを殺すためだ」
「なぜだ!」
柚月は、九十九に問いただす。もう、これ以上九十九に人殺しをさせたくなかったからだ。
あのような辛い想いをさせたくない。
だからこそ、九十九を止めたのであった。
柚月の問いに九十九が吼えるように叫んだ。
「こいつが、朧に呪いをかけたんだ!」
「!」
九十九はついに真実を話す。何も知らない柚月達は驚愕していた。朧の呪いは真谷のせいだと思わなかったからであろう。
彼の言葉を聞いた勝吏は、信じられないと言わんばかりの表情で真谷に問いただした。
「本当なのか!真谷!」
「う、嘘だ!私は何も……」
「嘘ついてんじゃねぇ!てめぇ、俺に言っただろうが。自分が朧に呪いをかけたってな」
真谷は、まだ自分が犯人ではないと嘘をついた。
だが、九十九は、反論し、さらに真実を告げたのであった。
「するわけないだろう!全部、でたらめだ」
「嘘じゃありまへん」
「ぼ、牡丹……」
真谷は、それでも、自分じゃないと言い張る。妖の言うことは誰も信じないと思っているのだろう。
だからこそ、ここまで追い詰められても、真谷は、嘘をつき続けたのだ。
だが、九十九が言っていることは真実だと証明するものがいた。それは、牡丹だ。
牡丹が反論したからだ。
牡丹は、華押街では、有名な女店主であり、誰もが牡丹を信頼している。牡丹が、嘘ではないというならば、九十九の言っていることは本当なのであろう。誰もが、そう思っていた。勝吏達でさえも。
「あては、知ってるんや。この男が、朧はんに呪いをかけたって事を!あたしらだけやないで。虎徹はんも保稀はんも、もう知ってるんや!あんたの悪事を!」
牡丹は、立てつづけに反論する。
これには、さすがに往生際の悪い真谷達も言い訳できないほど追い詰められたようだ。
「ちっ!」
言い逃れができないと悟った真谷達は、この場から逃げようとする。
だが、月読が陰陽術で真谷達をとらえた。彼を結界の中へ閉じ込めるかのように。
「逃がしません。話は、聞かせてもらいますよ」
「つ、月読……」
真谷達は、動揺しつつも、月読をにらむ。彼女のせいで見動くが取れなくなってしまったからだ。
もしかしたら、今度こそ九十九に殺されるかもしれない。
だが、この時、月読は信じていた。柚月が九十九を止めてくれるであろうと。
「九十九、落ち着くんだ。朧の呪いなら、俺が解く。お前は、真谷様を殺して、命を奪おうとしてるんだろ?朧の呪いを解くために」
柚月は、わかっていた。
九十九が、なぜ、真谷の命を奪おうとしているのか。
それは、朧を救うためだ。
今の寿命だけでは、朧の呪いを消すことができないと九十九は悟ったのであろう。
だからこそ、真谷を殺すことで命を奪い、朧を救おうとした。
「そうだ。そうすれば、朧は助かる」
「けど、そんなことしたら、お前は……死ぬかもしれないんだぞ!」
「な、なんでそれを……」
たとえ、真谷を殺して、九尾の炎で呪いが消せたとしても、誰も救われない。朧でさえもだ。
なぜなら、九十九は、自分の命を全て差し出して救うつもりだったからだ。柚月は、そのことに気付いていた。
だから、止めようとしたのだ。
自身の九尾の炎について知られてしまった九十九は、動揺していた。
柚月は、ためらったが、覚悟を決めて九尾の炎の真相を知った理由を九十九に告げた。
「……夢で見たから、お前と姉上の過去を」
「!」
九十九は驚愕し、激しく動揺していた。知られたと思ってもみなかったからであろう。
いや、知られたくなかったのだ。
なぜ、自分が椿を殺してしまったのか。柚月もわかっていた。知られたくない過去を知られてしまうのは、どれほど辛いかを。
それでも、九十九を止めるために、告げることを柚月は決意したのであった。
「もう、つらい思いをさせたくない。だから……」
「黙れ!」
九十九は、吼えるように叫んだ。
柚月の想いをかき消すかのように。
「どうしても、邪魔するってんなら……」
九十九は、柚月をにらみ、刀を向けた。
「お前を倒す!」
「九十九……」
ついに九十九は覚悟を決めてしまった。
柚月を倒してでも真谷を殺すことを。
そんな九十九を朧は心配するように見ていた。
「……仕方がないか」
九十九を見ていた柚月も意を決したように聖刀・八雲を抜いた。
「なら、止めるだけだ!」
柚月は、八雲を構えた。
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