第百二十八話 刃を交える

「なんだ、その刃……。透明じゃねぇか。真月じゃねぇんだな」


 聖刀・八雲を鞘から抜いた柚月であったが、九十九には見えていた。見えないはずの透明な刃が。

 その刃を見て九十九は柚月が持っている刀は真月ではないことに気付いた。


「……そうか。お前には見えてるんだな」


「何がだよ」


 九十九が透明な刃が見えていることに関して、柚月は納得している。

 だが、九十九には理解できなかった。その刃が見えていることがいったいどういう意味なのか。

 そして、その刀の正体が何なのか。

 真相を話さない柚月に対して、九十九は苛立ち始めていた。


「やはり、お前は……」


「だから……」


 語り始めようとした柚月であったが、九十九が遮ってしまう。九十九の怒りが頂点に達してしまったからだ。

 九十九は、明枇を握りしめた。


「何がだって言ってんだろ!」


 ついに、九十九が地面をけり、柚月に斬りかかる。

 だが、柚月は、九十九の刀を受け止め、はじいた。

 それでも、九十九は、立てつづけに明枇を薙ぎ払うかのように振るう。

 まるで、怒りを柚月にぶつけるかのように。

 柚月は、冷静に九十九の刀を受け止める。

 決して、九十九に向けて刀を振るわなかった。

 柚月の目的は、九十九を傷つけることではない。九十九を止めるためだ。

 だからこそ、あえて九十九の刀を受け止め続けたのであろう。

 彼の様子を見ていた夏乃と景時は柚月の刀に気付いていた。


「……あの柚月様の宝刀」


「うん。あの宝刀、刃がないよね?なのに……」


 やはり、夏乃や景時には見えていなかった。聖刀・八雲の刃が。

 だが、九十九は、刃を打ち付け合うように刀を振るっていた。


「まるで、刃がついてるみたいに見えるよ」


 二人は、信じられないと言わんばかりの表情で二人の戦いを見ている。

 だが、驚愕しているのは彼らだけではない。真谷達や、街の人々もだ。聖刀に違和感を覚えているのであろう。

 刃のない状態で柚月が九十九と戦っているように見えているからだ。

 それは、朧も同様であった。


「兄さん、九十九……」


 朧は、二人の戦いを見ていた。本当は、こんな戦いをしてほしくない。止めたいと願うが、呪いに蝕まれて、体が思うように動かない。朧は、信じるしかなかった。柚月が、九十九を止めてくれることを。

 戦いはさらに激しさを増していく。お互い斬られているわけではない。

 それは、彼らが互いに傷つけたくないと想っている証拠であろう。九十九だって、柚月と戦いたくはない。

 だからこそ、あきらめてほしかった。

 だが、柚月は、八雲を振るい続ける。九十九が、あきらめるまで、戦い続けると誓ったからだった。


「なんで、邪魔すんだよ!あいつを殺さねぇと朧は……」


「朧なら、俺が助ける!この聖刀・八雲で!」


「聖刀・八雲?なんだ、それは……。そんなんで、助けられるって言うのかよ!」


 九十九は、聖刀・八雲の真相を知らない。

 いや、八雲が自分の父親であることも知らないであろう。

 それでも、「八雲」と言う名を聞いた途端、九十九は何か感じ取ったように、一瞬動揺したかのように見えた。

 しかし、気付いていない九十九は、今の自分の感情を振り払うかのように、叫んだ。


「ああ、そうだ!だから、俺を、この聖刀を信じろ!九十九!」


 柚月も、叫ぶ。自分を、そして、八雲を信じるようにと。

 それでも、九十九は素直に受け止められない。

 朧は、自分が救うしかないと思い込んでいるからだ。

 それに、気付いている柚月は、九十九に伝えた。


「もういいんだ。それ以上背負い込むな!」


「黙れ!」


 柚月は、九十九にやめるよう伝えるが、九十九は聞き入れようとしない。

 感情任せに、柚月に向かって明枇を振り下ろした。

 その時だ。


――九十九!


――!


 八雲がついに叫んだ。九十九を止めたくて。

 すると、八雲の声に反応したかのように、明枇が、一瞬だけ震える。

 そして、九十九にある異変が起こっていた。


「っ!」


 九十九は、明枇を振りおろそうとするが、体が動かない。

 まるで、明枇が、自分の意思で止めているようだ。

 いや、実際には、明枇が止めているのであろう。


「なんで、動けねぇんだよ」


 九十九は、力任せに体を動かそうとするが、それでも、体は動かない。

 彼の様子を見た柚月と八雲は気付いていた。九十九の異変について。


「明枇が止めているのか……?」


――私の声に反応したかもしれんな。


「本当ですか!?八雲様!」


 柚月が、驚愕した様子で、八雲に尋ねる。

 それは、八雲の声が明枇に届いたという事だ。

 明枇は、気付いたのかもしれない。八雲も、九十九を止めようとしている事を。

 だからこそ、明枇は、自分の意思で九十九の動きを止めたのであろう。

 だが、何も知らない九十九は、今、自分の身に起こっている現状を理解できなかった。


「八雲?誰と話してんだ?」


 九十九は、柚月に尋ねる。八雲とは誰なのか。

 だが、その時だった。

 八雲の名を聞いた明枇が再び、ぴくりと動く。

 九十九が動かしたのではない。自分の意思で反応したのだ。


――八雲様……そこにいらっしゃるのですか?


「明枇?」


 明枇の声が聞こえる。

 まるで、八雲に会いたがっているようだ。

 彼女の声を聞いた九十九は、一瞬、気が緩んでしまい、隙を作った。

 柚月達は、その隙を逃さなかった。


――今だ!柚月!


「はい!」


 柚月は、地面をけり、間合いを詰める。

 そして、八雲を振り、明枇を弾き飛ばせた。

 明枇は、回転しながら、宙を舞い、地面に突き刺さった。


「どうなってやがるんだよ……。なんで、明枇は」


 九十九は、動揺を隠せない。明枇が、なぜ、自分を止めたのか。

 これまで、明枇は、自分の意思で九十九を止めたことはなかった。

 何人もの命を奪った時も、そして、椿を殺した時も。

 それなのに、今、明枇は自分を止めた。

 これは、一体どういうことなのか。九十九の疑問に柚月が答えを出した。


「八雲様の声が届いたからだ」


 柚月は、突き刺さった明枇を引き抜く。

 だが、この時の明枇は、妖気を発していない。

 柚月を認めたわけではないが、柚月が八雲を手にしているため、拒絶できなかった。


「八雲?誰なんだよ」


「天城八雲。明枇が愛した男であり……お前の父親だ」


「!」


 柚月に真実を告げられた九十九は驚愕する。

 自分の父親は、人間であり、しかも、聖印一族の人間だったからだ。


「俺が、半妖?嘘だろ?」


「嘘じゃない。本当なんだ」


 真実を告げられても、事実を九十九は受け入れられなかった。

 今まで、妖狐として生きてきたのだ。受け入れられないのは、当然であろう。

 それでも、柚月は真実だと九十九に伝えた。

 そして、聖刀・八雲を九十九に差し出した。


「この刀に、八雲様が宿っている。この透明な刃は、誰にも見られるものじゃない。けど、お前は、見えた。なんでか、わかるか?お前と八雲様が家族だからだ」


 聖刀・八雲について語る。

 九十九にも透明な刃が見えたのは、八雲の息子だからだと柚月は確信していた。親子だからこそ、九十九にも見えていたのだと。

 未だに、真実を受け入れられない九十九は体を震わせた。


「持ってみろ。きっと、わかるはずだ」


 柚月は、九十九の背中を押すように八雲を持つようにと促す。九十九は、手を震わせながらも、そっと八雲に触れた。

 その瞬間、八雲の力が九十九に流れ込む。

 九十九は八雲を拒絶できなかった。

 懐かしい感覚を呼び起こされているようだ。遠い過去の記憶がよみがえる。

 幼くて弱かった自分であったが、それでも、両親と共に過ごした幸せな日々を思いだし始めた。

 そして、ついに、思い出せなかった父親の……八雲の顔が思いだすことができた。

 思い出した途端、九十九は、八雲を握りしめていた。


――私の声が聞こえるか?九十九。


「……父さん」


 九十九は、声を震わせて、八雲を呼ぶ。

 ついに、九十九は八雲が自分の父親であることを受け入れた。否定できるはずがない。こうして、再び父親と会えたのだから。


――私の力で、朧を救う。だから、信じろ。


 九十九は静かにうなずいた。柚月と八雲に託したのだ。二人なら、朧を救ってくれると信じて。

 九十九は、父親との再会で胸が熱くなり、涙を浮かべていた。

 だが、親子の感動の再会を邪魔する愚かな男がいた。


「何をしている!?柚月!早く、その妖狐をとらえろ!いや、殺せ!」


 その愚かな男とは真谷の事だ。妖の家族が再会したことなど、どうでもいいのだろう。

 いや、妖の女性と結婚した八雲を恥じている。

 だからこそ、平気で父親の眼の前で、九十九を殺せと柚月に命じたのだ。

 だが、柚月は九十九を殺すはずがない。八雲は、そのことを知っていた。


「……殺しません。九十九は、俺達の仲間です!」


「き、貴様!」


 柚月は、堂々と九十九が自分の仲間だと真谷に告げる。

 真谷は、頭に血が上ったのか、怒りを露わにした。

 だが、柚月は、九十九から八雲を受け取り、真谷に対して、刃を向けたのだ。

 これには、さすがの真谷達も驚愕した様子であった。


「鳳城真谷……呪いの事、聞かせてもらおうか」


 朧に呪いをかけた事、そして、九十九を追い詰めた事に怒りを覚えているのであろう。

 柚月は、真谷に対して、呼び捨てし、問い詰め始めた。

 これは、真谷にとっては屈辱でしかない。真谷は柚月より地位が高い。

 そのはずであるが、柚月に呼び捨てにされ、問い詰められている。

 真谷は形相の顔で柚月をにらみ、歯を食いしばった。


「だから、何度言えばわかる!私は何もしていないと言っているだろう!」


「いいえ!あなたがやったことよ!」


 往生際の悪い真谷は、まだ、自分が犯人でないと言い張る。

 だが、真谷の言い分を覆す声が聞こえてきた。

 その声の主は、綾姫だ。

 綾姫は、あの箱を手に持って虎徹、保稀と共に、柚月達の元へ駆け付けた。


「綾姫!それに、師匠と保稀様!」


 柚月達は、驚愕していた。

 敵対していたはずの虎徹が、綾姫と共に駆け付けたからだ。

 しかも、真谷の妻である保稀も。


「これが動かぬ証拠よ!」


 綾姫は、持っていた箱のふたを開ける。

 そこには黒い石が二つ入っていた。

 蓋を開けた途端、真谷の顔は青ざめ、柚月達は目を見開いていた。

 その黒い石から妖気を感じ取ったからだ。


「そ、その石は……妖が入っているのか!?」


「そうです!そして、もう一つの石には、妖の卵が入っています!これは、鳳城真谷の部屋で見つかりました」


 綾姫は、真谷の悪事を暴露する。

 話を聞いた途端、勝吏は、真谷をにらみつけるように見ていた。


「説明してもらおうか。真谷」


 とうとう、自分が朧に呪いをかけた犯人であるという証拠を見られてしまい、暴露され、追い詰められてしまった真谷。

 もう、完全に言い逃れはできない。

 これで、真谷の野望はついえたと柚月達は予想していた。

 だが、真谷は予想外の行動に出始めた。


「……巧與!逢琵!」


「はい!」


 真谷に命じられた逢琵は、月読の結界を術で解き始めた。

 なんと、柚月と九十九が戦いを繰り広げている間に逢琵は、術を解いていたのだ。

 一瞬で結界は消え去り、巧與が、煙幕を投げつける。煙が上がり、柚月達は真谷の姿を見失ってしまった。

 この時、柚月達は、真谷達が逃げてしまうと思われていたが、真谷はさらなる予想外の行動を起こす。

 なんと、真谷は、牡丹を捕まえたのだ。


「きゃあっ!」


「牡丹さん!」


 牡丹をとらえた真谷は、短刀を引き抜き、牡丹の首元にあてた。


「それを、よこせ!さもなくば、こいつを殺すぞ!」


 真谷は、牡丹を人質に取ったのであった。

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