第百二十六話 動かぬ証拠

「あなたが、なぜここに!?」


 真谷が自分達の目の前に現れたことは、予想外の出来事だ。

 綾姫達は、動揺を隠せない。それは、巧與と逢琵も同様のようだ。

 まさか、真谷が自分の部屋に戻ってくるとは思ってもみなかったのであろう。

 だが、真谷は、形相の顔で綾姫達をにらみつけている。

 虎徹と保稀が、綾姫を連れて、自分の部屋に無断で入り、何かを探っているところを目撃してしまったのだ。

 怒りを抑えられるはずもなかった。


「それは、私が聞きたいことだ!なぜ、お前達がここにいる!?密偵隊からお前と虎徹に不穏な動きがあったと報告を受けたから、来てみればなんということだ!どういうことか、説明しろ!」


 真谷は、綾姫達に問い詰める。

 やはり、密偵隊が二人に報告したのは、虎徹と保稀の事であったようだ。呆然としていた保稀であったが、すぐに冷静さを取り戻す。 

 いつもなら、怖気づいてしまうところなのだが、今回だけは、引くわけにはいかない。

 なぜなら、真谷は、重罪を犯しているのだから。


「……あなたの悪事を暴きに来たのよ」


「何?」


 保稀は堂々と真谷に悪事を暴くためだと言い放つ。さすがの真谷も驚愕しているようだ。

 だが、真谷だけではなく巧與と逢琵も驚愕している。

 いつも、真谷に何を言われても、おとなしくしている保稀が、堂々と発言したのだから、当然の事であろう。

 保稀は、続けて箱を真谷に差し出した。


「これ、あなたのでしょう?」


「そ、それは……」


 今度は、保稀が問い詰める。箱を見た途端、真谷の顔が青ざめた。やはり、これは動かぬ証拠。真谷は、重罪を犯しているようだ。もう、言い逃れはできないであろう。


「この石は、妖と妖の卵が入っていた。どういうことか、説明してもらえるか?」


「……」


「この石を使って朧に呪いをかけた。そうよね?しかも、妖を使って、人間を殺させたんでしょ?私、何度も見てきたのよ?」


 虎徹と保稀が続けて、問い詰める。

 とうとう、真谷は黙ってしまったのだ。

 だが、黙秘させるわけにはいかなかった。


「答えてください。真谷様!」


「父上に、命令するな!」


「そうよ!重罪人の分際で!」


 綾姫が続けて問い詰めるが、巧與と逢琵は、気に入らなかったようで、反論をし始める。

 だが、綾姫が怖気づくわけがない。あの大胆不敵な姫君だ。自分が、重罪人だと言われて、引くはずがない。

 むしろ、綾姫の方が、虎徹や保稀よりも、堂々としているように見えた。


「私が重罪人と言うのなら、あなた達もよ!」


「なっ!」


 綾姫は、さらに二人に向けて反論する。重罪人だと言われた二人は、動揺している。

 なぜ、自分達が重罪人だと言われなければならないのか、理解できないからであろう。

 巧與と逢琵は、怒りを露わにするのだが、綾姫は、今度は二人に対して、問い詰め始めた。


「あなた達の会話は、聞いていたわ。私達を陥れようとしていた事をね!」


「な、何を言って……」


「で、でたらめもいいところだわ」


「そう。じゃあ、これを聞いても、そう言えるかしら?」


 巧與と逢琵は、動揺しつつも、綾姫の言っている事を否定する。

 それでも、綾姫は引こうとはしない。

 それどころか、ある物を懐から取り出した。

 それは、何の変哲もない石のように見える。

 だが、綾姫がその石に術をかけた途端、聞き覚えのある声が、部屋に響き渡り始めた。


『怖かったわ……。急に妖狐が炎を放ったんだもの』


『父さん、焼かれたかと思った』


『本当よね。火傷は全然してなかったみたいだけど。とにかく、早く捕まえてもらわないと。あんなのが聖印京にいたと思うとぞっとするわ』


『でも、あいつらを陥れる材料にはなった』


『まぁ、確かにね。逃げ出しちゃったけど』


『大丈夫。総動員で探させてるから、すぐに捕まる』


『捕まえたら、即処刑にしてやるわ!朧と一緒にね!』


『そしたら、父さんが大将、鳳城家の当主。僕達も次期当主候補だ』


『楽しみよね』


 そう、その聞き覚えのある声と言うのは、巧與と逢琵の声だ。

 なんと、綾姫は、朧と九十九を救出する際に、偶然聞こえてきた巧與と逢琵の会話をこの石に録音していたようだ。

 この事を知っている者は、誰もいない。柚月達でさえもだ。

 いや、誰にも明かしていないし、気付いてもいない。

 綾姫は、二人が妖しいとにらんでいたらしく、密かにこの会話を録音していたのだ。

 これには、虎徹も保稀も驚いているようだ。

 さすが、大胆不敵な姫君と言ったところであろう。


「こ、これって……」


「うそでしょ!?どうやって……」


「聞こえてきた会話をこの石に封じ込めて、聞かせることができる道具だそうよ。矢代様に頼んで、お借りしていたのよ。密かにね」


「……」


 ちなみに、この石は、月読から借りたわけではない。月読からは借りられないとわかっていた綾姫は、矢代に頼んでいたのだ。何かあった時のために。

 まさか、巧與と逢琵の会話を録音することになるとは思わなかったようだが。

 追い詰められた二人は、黙ってしまった。

 これ以上、反論はできないと判断したのであろう。


「……この事は、軍師様に報告します。先ほどの会話も含めて」


「観念するんだな。真谷」


 もう、逃げることはできない。

 いや、逃すわけにはいかない。

 保稀は、軍師に報告することを真谷達に告げたのだ。

 報告するということは、真谷達が処罰されることとなる。夫と子供二人は、処刑されるか、追放の刑になるだろう。二度と会うことは許されない。

 もしかしたら、自分も周囲から冷ややかな目で見られるかもしれない。自分は、重罪人の妻であり、母親であるのだから。

 それも、覚悟の上だ。保稀は、自分の意思を曲げるつもりはない。彼らを野放しにするくらいなら、たとえ自分の身が犠牲になることになっても、彼らの悪事を暴くと決意したのだ。


「……」


 追い詰められた真谷は、顔を下に向ける。これだけの証拠が集まったのだ。言い訳した所で、逃げられるはずもない。

 もう、終わりだ。自分の野望はついえた。

 そう、あきらめたような顔つきを見せた真谷であったが、次の瞬間、綾姫達も予想外できなかった行動を起こし始めた。

 なんと、真谷は、術を発動したのだ。

 それも、煙を出現させる術を。

 そのせいで、綾姫達は、咳き込み、隙を作ってしまった。真谷は、その隙を逃さなかった。


「逢琵!逃げるぞ!あれを使え!」


「わ、わかったわ!」


 逢琵が、術を発動し始める。逃げるつもりだ。

 だが、虎徹や保稀が、彼らを逃がすはずがない。

 術で応戦して、煙を消し去った。


「逃がさないわよ!」


 綾姫が水札を放つ。

 だが、水札は彼らをとらえることはできなかった。

 あの一瞬で、彼らは逃げてしまったのだ。

 それも、消えたかのように。


「消えた!?」


「どこへ行ったんだ!?」


「探します!」


 綾姫が術で、真谷の行方を探す。

 真谷がいた場所は意外な所であった。


「場所は……華押街付近!?どうして……」


「そう言えば、俺達に不穏な動きがあったと密偵隊が言っていたと話していたな」


「まさか、つけられていたってこと?」


 ここで、ようやく、虎徹と保稀は、気付いた。

 二人は、気付かれないように聖印京を出て綾姫達の元へ向かったのだが、監視され、尾行されていたようだ。

 そのせいで、朧達の居場所がわかってしまった。

 二人の会話を聞いた綾姫は、真谷達の目的に気付いてしまったのであった。


「……朧君達を殺すつもりなのね。自分達の悪事をもみ消すために」


 追い詰められた真谷達は、冷静な判断ができないはず。やけになって、朧を殺そうとしているのであろう。

 おそらく、狙いは、朧だけではない。柚月も勝吏や月読、そして、九十九も、真谷達は、皆殺しにするつもりなのであろう。自分達の悪事をもみ消すために。

 彼らの目的に気付いた綾姫達は、ここで立ち往生しているわけにはいかなかった。

 急がなければ、朧の身が危ない。

 なぜなら、呪いが侵攻してしまっている。逃げられる状況ではない。朧に危機が迫ろうとしていた。


「急ぐぞ!」


「はい!」


 綾姫達は、急いで屋敷を出た。

 朧達の元へ行くために。



 そのころであった。

 九十九が洞窟の中で体を休めていたのは。


「やっと、怪我が治ったな」


 九十九は、目を開け、起き上がる。

 柚月の前から姿を消した後、九十九はこの洞窟で傷が癒えるのを待っていたのだ。

 柚月達が自分と椿の過去を知ったとは知らずに……。


――俺の力で呪いを消さねぇとな。と言っても、俺の寿命は残り少ない。これだと、朧は救えねぇ……。


 九十九は、気付いていた。

 もう、自分の寿命は残り少ない。その状態で朧の呪いを消す事は不可能であることを。

 だが、九十九はあきらめていなかった。

 たとえ、この命が消えたとしても朧を救うつもりだ。

 九十九は寿命を伸ばす方法を思いついていた。


――真谷の命を奪うしかねぇ。あいつのせいで、朧は……。


 その方法とは、真谷の命を奪うことだ。真谷の命から、朧の呪いを解くのに、十分すぎるほどの寿命を奪えるであろう。

 それに、九十九は真谷を許せなかった。

 なぜなら、あの裁判の時、聞いてしまったからだ。朧の呪いの真相を。

 九十九は、思いだしていた。真谷が耳打ちして言い放ったあの言葉を……。


「私が、朧に呪いをかけた」


 真谷は告げていたのだ。朧に呪いをかけたのは、自分だと。

 全てが思い通りになっていい気分となったのから告げたのであろう。

 だが、そのせいで真谷の計画は狂ってしまった。

 九十九は、怒りを抑えきれず、鎖を引きちぎって朧を連れて脱走したのだ。


――許さねぇ!


 あの言葉を思いだすだけでも、怒りがこみあげてくる。

 だからこそ、誓ったのだ。真谷の命を奪ってでも、朧を救うと。

 だが、その時であった。


「!」


 九十九が何かを感じ取り立ち上がった。


――真谷の気配がする。狙いは、朧か!


 九十九は、真谷の気配を感じ取ったのだ。

 あの忌々しい気配を九十九が忘れるはずがない。

 真谷の気配はそう遠くない。

 おそらく、華押街へ向かっているのだろう。朧がいるあの街へ。

 今度こそ、真谷は、朧を殺すつもりだ。

 そう思うと、真谷への殺意が抑えきれない。

 九十九は、明枇を肩に担いだ。

 

「絶対に、殺す」


 九十九は、洞窟を出た。

 朧を救うために、真谷を殺すと心の中で決意して。

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