第百二十五話 二つの黒い石

 綾姫は結界術で姿と気配を消し、虎徹、保稀と共に聖印京へ潜入する事に成功した。

 本来は裏門から、潜入するつもりであったが、警護隊が密集している状態だ。そのため、他の門から潜入することとなった。

 九十九の件もあり、どこの門も、閉じられていたのだが、虎徹が鍵を使って戸を開け、中へと入った。

 それでも、誰も気付かない。騒ぎ始める様子もなかった。


「本当に、気付かれてないんだな」


「ええ、驚いたわ。声も聞こえないのよね?」


「はい。今、私達の姿は見えませんし、聞こえません。ですが、姿が見えないだけなので、誰かにぶつかってしまうこともあります」


 綾姫の結界術は、姿と気配を消す事だけだ。

 つまりは、ただの透明人間であるため、人にぶつかってしまう恐れもある。

 見えていないからと言って、安堵できる状態ではないという事だ。


「注意しないといけないってことか」


「はい。ですから、なるべくひと気のない安全な道を通りましょう」


「了解だ」


 虎徹の案内で、綾姫達は、南聖地区を通り抜け、北聖地区へとたどり着く。

 人気のない道を歩いたため、聖印一族に遭遇することなく、無事に鳳城家の屋敷に潜入する事に成功した。

 奉公人や女房は、綾姫達に気付いていない。

 だが、ここからが問題であった。


「うまくたどりつけたけど、ここからね」


「そうだな。真谷達がここにいるとは思えんが……」


 真谷達は、本堂にいるはず。

 のんきに、柚月達がとらえられるのを待っているのだろう。

 巧與と逢琵も、本堂に入るため、屋敷にいるとは思えないが、かといって、自分達が聖印京を離れている間に、屋敷に戻っているかもしれない。

 他の鳳城家の人間にも注意すべきだ。

 同じ聖印一族であるなら、違和感に気付く場合もあるだろう。


「それでも、注意すべきでしょう」


「確かにな」


 綾姫達は、先へと進む。

 目的地は、ただ一つ。真谷の部屋だ。

 そこへたどり着き、証拠を手に入れれば、状況を一変させることができる。

 そんな期待を抱きつつ、そして、聖印一族に注意しつつ、綾姫達は歩いていた。

 そして、綾姫達は、真谷の屋敷へと侵入し、真谷の部屋を目指した。

 だが、そんな時だ。

 誰かの足音が聞こえてくる。

 それも、二人だ。

 奉公人や女房だと思いたいがそうでもなさそうだ。

 なぜなら、聖印の力を感じ取ったからであった。


「あれは……」


 保稀が、誰が来たのか気付いた。

 足音の正体は、巧與と逢琵であった。


「巧與と逢琵だわ」


「戻ってきたのか」


「……」


 どうやら、虎徹と保稀が聖印京を離れている間、戻ってきたようだ。

 二人を見た途端、綾姫はこぶしを握りしめる。

 なぜなら、真谷が勝吏の地位を奪うために、そして、自分達が次期当主候補となるべく、勝吏と月読、そして、柚月達を陥れたからだ。

 こんな奴らを野放しにしておけない。

 綾姫は、怒りを露わにしたが、どうにか抑え込んでいた。


「慎重に進みましょう」


 綾姫は、深呼吸をし、心を落ち着かせ、二人に気付かれないように、進み始める。

 二人は、本当に綾姫達が見えていないようで、その場をやり過ごし、進むことに成功した。

 だが、すれ違いざまに、二人は何かに気付いたようで、振り返った。


「今、誰かいたような気がしたけど……」


「やっぱり、そうよね?」


 気配を察したのか、あるいは、別の何かを感じ取ったのか。

 誰もいないはずなのに、二人は、誰かがいたように感じたようだ。

 周辺を見回すが、誰もいない。

 やはり、勘違いだったのだろうか。

 二人が、そう思っていた時の事だった。


「巧與様!逢琵様!」


 一人の隊士が、慌てて二人に駆け寄った。


「密偵隊の人間ね」


「何か見つかった?」


「実は……」


 密偵隊の隊士が、耳打ちして報告する。

 誰にも聞こえないように。

 報告を聞いた二人は、驚愕していたが、すぐさま冷静さを取り戻した。


「わかった。父上に報告を」


「はっ!」


 命じられた隊士は、その場から離れる。

 彼の姿が見えなくなった事を確認した二人を互いの顔を見合わせた。

 信じられないと言わんばかりの表情で。


「今の話、本当なのよね?」


「間違いないと思う」


「もしかしたら……」


「うん。さっきのって……」


 隊士が報告した内容が間違いでないことを確かめた二人は、先ほどの事を思いだす。

 何かに気付いたのであろうか。

 二人は、慌てふためいたように、振り返り、来た道を戻る。

 それも、急いでだった。

 まるで、綾姫達の存在に気付いたかのように……。



 何も知らない綾姫達は、ついに真谷の部屋にたどり着いた。

 誰もいないことを確認し、御簾を開け、真谷の部屋に侵入した。


「ここにあるんだな?」


「ええ、そうよ」


「……探すぞ」


「はい」


 綾姫は結界の範囲を部屋全体を覆い尽くすように拡大させる。

 これで、音に気付く者はいない。

 だが、物がないように見えるであろう。

 それを誰かが見たら、異変に気付くこととなってしまう。

 ここは、慎重にというよりも早急に探さなければならなかった。

 綾姫達は、くまなく箱を探した。

 箱はいくつもあったが、黒い石は、見つけられない。

 別の場所に隠されたのか、あるいは、真谷が持ち去ってしまったのか、あきらめかけた時であった。


「見つけたわ!」


 保稀が、声に出す。

 どうやら、見つけたようだ。

 綾姫と虎徹は、保稀の元へ駆け寄り、結界術の範囲を縮小させた。

 保稀が持っていたのは、何の変哲もない。ただの箱だ。

 だが、保稀にはわかる。

 この箱こそが、真谷が大事に持っていた箱なのだ。

 何度も見ているため、模様や大きさを覚えていたのであろう。


「これが、真谷様が大事に持ってたという箱なのですね」


「ええ」


「開けるぞ」


 虎徹は、緊張した面持ちでそっと、蓋を開けた。


「!」


 中身を見た綾姫達は目を見開き、驚愕した。

 なんと、石は二つあったのだ。

 それも、黒く濁ったような石が。


「石が二つ?」


 誰も、石が二つあるとは思ってもみなかったのであろう。

 なぜなのかは、わからない。

 だが、綾姫達は、気付いた。

 その石から、妖気が発していることに。


「これって……妖気……ですね」


「……間違いない。真谷は、妖をこの石に閉じ込め、操っていた」


 その石こそが、真谷が持っていたあの黒い石だ。

 それで、妖を操り、人々を殺させた。

 自分の目的の為に。

 そう思うと、保稀は、怒りを抑えきれない。

 このような愚弄な男が夫と思うと。

 この男のせいで、人々の命が奪われたと思うと。

 だが、今は、急ぐべきだ。

 保稀は、冷静さを取り戻し、もう一つの石を見た。


「このもう一つの石も同じなのよね?」


 保稀は、石に触れようとするが、危険を察したのか、虎徹が先に触れる。

 すると、虎徹は、あることに気付いた。


「いや、これは、違う……」


「え?」


「妖の……卵だ。しかも、これを産み付けられたものは、呪いにかかる」


「!」


 綾姫達は、さらに驚愕する。

 このもう一つの石が、朧に呪いをかけたものだというのだ。


「じゃあ、これで、朧君に呪いを?」


「……間違いなさそうだな」


 これで、朧は呪いにかかったと虎徹はようやく確信を持てた。

 そうでなければ、真谷がこんな物を持っているはずがない。

 勝吏達が言っていることは正しかったのだ。

 信じ切れず、彼らを恨んだことを虎徹は後悔した。

 だが、その時だった。


「そこにいるのは、誰だ!」


「!」


 部屋の入り口から声が聞こえてきた。

 誰かに気付かれたようだ。

 驚愕した綾姫達は、振り返った。

 そこにいたのは、巧與と逢琵だった。


「巧與!逢琵!」


 保稀は、目を見開く。

 あの二人は、気付いてしまったようだ。

 誰もいないはずの部屋の中を二人は、にらみつけながら、見回した。


「誰かいるんでしょ!?出てきなさいよ!」


 逢琵が、声を荒げて叫ぶ。

 どうやら、逃れる術はないようだ。

 ごまかすことはできそうにない。


「虎徹様……」


「仕方がないな。綾姫」


「……よろしいんですね?」


 虎徹は、綾姫に結界を解くよう指示する。

 綾姫は確認するように尋ねた。

 虎徹は、静かにうなずく。

 実力行使で、二人を気絶させることもできるであろうが、どうやらそれをする気はないようだ。

 

「わかりました」


 綾姫は、結界術を解く。

 すると、二人の目に、綾姫、虎徹、保稀の姿が映った。


「母上!」


「虎徹様も……」


「しかも、綾姫まで……」


 綾姫達の姿を見た二人は驚愕する。

 二人は、半信半疑でここを訪れていたのだ。

 確信はなかった。

 だが、もしかしたら、この部屋にいるのではないかと察していた。

 予想が当たり、二人は、動揺したが、すぐさま、怒りを露わにした。


「これは、どういうことなの?母上」


「そうよ!どうして、こんなことしたのよ!」


 二人は、保稀に問い詰める。 

 愕然としている様子はない。

 なぜなら、保稀の事を冷たく接してきたからだ。

 保稀は、聖印隊士ではない。

 そのため、ただの鳳城家のお飾りだと思っていたようだ。

 真谷は、そんな彼女を罵倒している事も知っている。

 だが、哀れと思ったことはない。

 むしろ、このような人間になるものかと、見下していたのであった。

 保稀もそのことに気付いている。

 かといって、引き下がるわけにはいかない。

 なぜなら、重要な証拠をつかんだのだから。

 保稀は、箱の中身を二人に見せた。


「これが、何かわかる?」


「それは、父上の……」


「それが、何だって言うのよ!」


 逢琵は、再び声を荒げる。

 相当、苛立っているようだ。

 すると、今度は、虎徹が冷静に逢琵の問いに答えた。


「この箱に何が入っていたと思う?妖を封じ込めた石だ」


「え?」


「それに、もう一つの石は妖の卵だ。これで、呪いを発動できる」


「じゃ、じゃあ……朧の呪いは、本当ってこと?」


 二人は、動揺する。

 演技というわけではない。そもそも、二人が演技をできるはずがない。

 今まで、本性をむき出しにして生きてきたのだから。

 つまり、二人は、この事について知らされていないようだ。

 当然であろう。

 父親が、妖を操って、勝吏達を陥れたなどあってはならないことなのだから。

 ましてや、人々を殺してきたとなれば、言えるはずもないであろう。


「これを、真谷が持っていたのよ。あの男は、妖を操って聖印京を支配しようとしていたのよ」


「お、お父様が、そんなことするはずないわ!」


「嘘に決まってる!」


「じゃあ、なんで、ここにこんなものがあるのよ!説明しなさい!」


 今度は、保稀が二人を問いただす。

 もう、怒りを抑えきれずにいた。

 そんな時だ。

 予想外の出来事が起こったのは。


「何をしている」


「!」


「真谷……」


 声が聞こえた綾姫達は、入口のほうを見る。

 なんと、真谷が、綾姫達の前に現れたのであった。

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