第百十話 孤独な時を過ごして

 九十九の話を聞いていた椿は絶句した。

 壮絶な過去だ。父親を殺され、母親を刀で貫かなければならないなど、幼い彼には耐えられなかったであろう。

 そう思うと、椿は、心が痛んだ。

 椿は、泣きそうになりながらもぐっとこらえる。

 なぜなら、泣きたいのは九十九の方であろうから。


「……それから、ずっと、一人だったの?」


「まぁな。俺はもう、何も残ってない。だから、何もかも奪ってやるって、思っちまったんだ。そうやって、生きるしかなかったんだ。あの頃は……」


 九十九曰く、そのころから、自分は荒れていたという。

 人間や妖を見つけては、即座に斬り殺す。命乞いをした者も、抵抗した者もいたそうだが、九十九は容赦なく殺したらしい。

 どれだけ、血を浴びようが、誰かに恨まれようが関係ない。

 目の前にいる者達を殺し続けた。


「妖も人も殺し続けた。女子供であってもな。天鬼を殺すために、奪い続けたんだ」


「……」


 殺し続けた結果、人や妖、両方から追われる身となったらしい。

 それでも、九十九は殺しをやめなかった。やめるわけにはいかなかった。

 全てを奪った天鬼をこの手で殺すまでは。

 奪い続け、妖気は増加し、寿命は何倍にも伸びた。これも、天鬼を殺すための力だ。

 たとえ、それで、相打ちとなっても構わない。自分にはもう何もないのだから。

 そう、思い続けて生きてきたのであろう。

 それも、遠く長い時を……。


「俺が、一人になってから、五十年くらい過ぎた頃だったな。天鬼を殺そうとしたのは」


「え?」


 椿は、驚く。

 まさか、九十九が、あの天鬼を殺そうとしたなど思ってもみなかったからだ。

 それほど、天鬼は強い。誰も、殺すことができないほど……。


「驚いたか?そりゃあ、そうだよな。でも、そのころの俺は、こう思ったんだ。天鬼を殺すには十分すぎるくらいの寿命と妖気を手に入れたってな。けど、結果は、返り討ちだ」



 九十九は思い返す。

 妖気と寿命を蓄えた九十九は、天鬼の元を襲撃し、天鬼を殺そうとした。

 だが、その結果は、返り討ちだ。

 天鬼は、自分が思っていた以上に強敵であった。

 妖気は自分の倍以上もあるのだろう。九尾の炎を使っても、そのころはまだ弱く、天鬼を灰にするどころか、燃やすことさえもできなかった。

 天鬼に、斬られ、傷を負っても、九十九はあきらめず、戦い続けた。

 過酷な死闘を繰り広げたのだ。

 それでも、天鬼には適わなかった。

 どれだけの時間、戦い続けたのかさえも、わからないほどその戦いは長かったそうだ。

 そして、とうとう、限界を超えた九十九は、地面に倒れ伏した。

 天鬼は、九十九を見下ろし、にらんでいた。


「くっ……。天鬼……!」


 どれだけの傷を負っても、立ち上がる力すらなくても、九十九は、顔を上げ、天鬼をにらんだ。

 その目は、殺気に満ちていた。


「ほう、まだ、そんな目でにらむのか?もう、お前には勝ち目はないというのに」


「……当たりめぇだ!てめぇは、俺が殺す!絶対にだ!」


 九十九は吼えるように叫ぶ。勝ち目はないと知っていても、九十九はあきらめられなかった。

 その様子を見た天鬼は、ふと笑みをこぼしていた。

 それも、狂気に満ちた笑みだ。

 普通の妖であれば、背筋に悪寒が走るであろう。

 だが、九十九は、恐れを知らず、天鬼にかみつくように、問いただした。


「何がおかしい?」


「……気に入った」


「何?」


 九十九は、眉をひそめる。

 何を言っているのか、意味が分からなかった。

 何を気に入ったというのであろうか。天鬼の思考は九十九も理解ができなかった。

 彼の疑問に答えるかのように、天鬼は語り始めた。


「貴様を気に入ったと言っている。ここまで、私を追い詰めたのは、貴様が初めてだ」


「……」


 天鬼に、逆らって襲撃した妖は九十九だけではなかった。

 もちろん、聖印一族も天鬼に斬りかかろうとしたことだってある。

 だが、ことごとく一瞬で天鬼はその妖や聖印一族達を殺したのだ。

 天鬼に敵う者はいない。だが、それは、天鬼にとって退屈なことであった。

 自分よりも強い者を求めていたが、誰一人死闘を繰り広げられるものはいなかったのだ。

 そこへ現れたのが、九十九だ。自分と同じ妖刀を使いこなし、強力な妖気を放つことができる。さらには、妖だけにしか効果がない九尾の炎をその身に宿している。

 死闘を繰り広げられたのは、九十九ただ一人だ。

 九十九は、天鬼が、求めていた人物なのだ。


「貴様、我が部下になれ」


「断る。誰が、てめぇの部下になるか……殺すなら……殺せ!」


 九十九は天鬼の部下になるつもりはない。部下になるということは九十九にとって屈辱だ。そうなるなら、殺されたほうがまだいい。

 だが、それすらも天鬼は許さなかった。


「貴様を殺すつもりはない。私を殺したいのなら、さらなる高みを目指せ」


「何を、言って……」

 

 九十九は戸惑いを隠せなかった。

 なぜ、天鬼は自分を殺せなどと言うのであろうか。

 そんな事を言った妖は天鬼が初めてだ。他の妖は死を恐れ、命乞いをしたというのに……。

 天鬼の考えている事は、九十九には理解できなかった。理解したくもなかった。


「私は、探していた。貴様のような強い奴を……。殺し合いができる奴をな」


 九十九は天鬼が求めていた最強の妖なのであろう。

 そんな九十九をみすみす手放すはずがない。

 九十九が、さらに、強くなって、自分を殺しに来る日を待ち望んでいるかのようだ。

 その時こそ、最高の殺し合いができる。天鬼は、九十九に期待していたのだ。


「だから、殺しはしない。貴様を生かしてやる。その代りに、我が部下になれ。そして、私を殺してみせろ」


 最初は、部下になるつもりはなかった九十九であったが、これは、天鬼を殺す絶好の機会なのかもしれない。こんなことは、二度とない。

 生かしてやるというのであれば、生きてやろう。部下にもなってやる。

 九十九は、そう決意した。


「いいぜ。そんなに殺してほしいなら殺してやる。その代り、後悔しても遅いぜ」


「後悔などするものか。今ここで、貴様を殺すがよほど後悔する」


「上等だぜ、天鬼!」


 九十九は、不敵な笑みを浮かべる。それは、狂気に満ちた笑みだ。

 天鬼も狂気に満ちた笑みを浮かべる。やっと、欲しいものを手に入れたと言わんばかりの表情だ。


「……貴様、名を何と言う?」


「……九十九だ」


 九十九は、自分の名を告げる。

 こうして、九十九は、天鬼の部下となったのであった。




「そんなことがあったのね……」


「おう。で、俺は、四天王の一人をぶっ殺して、四天王の仲間入りになったんだ。いつでも、天鬼を殺せるようにってな」


 その時、四天王の部下になっていたのは、六鏖とほか三人だ。雪代と雷豪は、まだ四天王ではなかった。

 彼らは天鬼を殺そうとした九十九を快く思っておらず、うち一人が、九十九を殺しにかかった。天鬼を守るために。

 だが、九十九は、その妖を返り討ちにしたという。

 そんな彼を見た天鬼は、ますます気に入ったようだ。六鏖達の反対を押しのけて、九十九をすぐに四天王の仲間入りをさせた。

 こうして、九十九は四天王の一人となったという。


「四天王になってからも、殺し続けた。ずっと、一人でな……。なんか、俺に付きまとうやつらもいたけど、だた、うっとうしかっただけだったな。ずっと……孤独に感じてた」


 九十九は今まで仲間意識を持っていない。

 雪代に誘惑されても、天鬼の息子・奈鬼が、九十九を慕っても、冷たく突き放した。

 壁を作り、一人で生きてきたのだ。二百年間も……。

 長すぎる時だ。自分であったら耐えられない。椿は、心が苦しかった。

 九十九がそんな壮絶な過去があったのかと思うと……。


「でも、お前に会って、変わったんだ。俺は一人じゃないってな」


「え?」


 椿は、驚く。

 まさか、自分と会って九十九は変わったなどと思ってもみなかったのであろう。

 九十九は、穏やかな顔で語りかけた。


「あの時、最初に会った時の事、覚えてるか?」


「え、ええ、覚えてるわ」


 椿は、今でも覚えている。九十九と始めて会った時の事を……。

 あの出会いが二人の運命を変えたと言っても過言ではない。

 なぜなら、椿も九十九も幸せをかみしめられるようになったのだから……。


「あの時さ、寂しそうな顔してただろ?」


「……そう、だったかしら」


「ああ。忘れられなかった。俺と同じ孤独に感じてる気がしてな」


「……」


 椿は、はぐらかしてしまうが、気付いていた。

 あの時、九十九が逃げようとした時、もう、会えないのかと寂しさを感じた事を。

 当時は、なぜ、そう思ったのか、椿はわからなかった。

 だが、今ならわかる。また、孤独になってしまうのかと思うと耐えられなかったからだ。


「て、お前は、家族がいるから、違うよな。一緒にしてわりぃな」


「……違うわ」


「ん?」


「私も、孤独に感じていたの」


「お前も?」


「ええ」


 椿は、うなずき、思い返す。

 自分の出世を……すべてを知ったあの時の事を……。

 その時の椿は、驚愕し、絶望に襲われていた。

 今でも、忘れられないあの感情を椿は抱えているのだ。


「……私、お母様とは血がつながってないから」

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