第百九話 妖刀・明枇が誕生するまで
九十九は、語り始める。
静かに、悲しげな表情で。
おそらく、過酷な状況の中で生き抜いてきたのだろう。
椿にはそう読み取れた。
「俺が、生まれたのは、二百年前くらいだな。親父とおふくろと三人で住んでたんだ。山小屋みたいな所でな。もう、昔過ぎてぼんやりとしか覚えてねぇけど、幸せだった」
九十九は、思い出す。
幼い九十九は、山小屋で父親と母親の三人で暮らしていた。
そのころは、九十九は、元気でやんちゃな少年のようだ。母親と父親の顔はぼんやりとしか思いだせないが、とても幸せそうに見ていた気がする。
誰も来ない山小屋でたった三人の暮らしは九十九にとって居心地が良かったのだろう。
だが、その幸せも長くは続かなかった。
「何年かたった後だ。妖共が、俺達を襲撃し始めたのは。親父もおふくろも戦ってた。けど、そのころの俺は、臆病者だったんだ」
なぜなのかはわからない。
妖達が突然、九十九達を襲撃し始めた。
父親と母親は、九十九を守るために戦いを繰り広げた。
だが、その時の九十九は、恐怖に怯えていたのだ。もちろん、二人が、小屋から出さなかったのもあるだろう。幼い息子を守るために。
それでも、九十九は外に出て共に戦う勇気を出せずにいた。
九十九は過去の自分を臆病者だとさげずんでいた。
「情けなかったぜ。守られてばかりだったからな。俺だって守りたかったのに、足がすくんじまった」
「でも、怖いのは当たり前よ。私も、そうだったから」
誰だって死ぬのは怖い。それは当たり前のことだ。
それでも、九十九は許せなかったのだろう。恐怖におびえて、閉じこもっていた自分を。
「けど、親父とおふくろが殺されそうになったんだ。その時だ。俺が、九尾の炎を使ったのは」
戦いは幾度となく続いた。全滅させたかと思えば、次の日にまた襲撃され、再び全滅させる。その繰り返しばかりだ。九十九も二人も、心が休まる日がなくなり、心身共に疲れ果てていた。
だが、それから間もなくしての事だ。二人は劣勢に立たされていた。
無数の妖が、二人を取り囲み、二人は殺されかけたのだ。
その時だった。
九十九が勇気を振り絞り、彼らの前に立ち、無我夢中であの九尾の炎を使ったのは。
白銀の炎が、無数の妖達を燃やし尽くし、一瞬にして灰と化した。
初めて、九尾の炎を使った時、九十九は希望を見出した。
もう、臆病者ではない。戦えるのだと。
「おふくろが九尾の炎を使ったのを見たことはあるんだ。だから、うれしかった。同じように使えることができたんだって。これで、二人を守れるようになれるんだってな。その時は、知らなかったんだよ。俺の九尾の炎は命を削らねぇと使えねぇってな」
「それって、知らずに使い続けてたってこと?」
「おう。けど、気付いたのはすぐだ。俺のおふくろがな。俺、倒れちまったからな」
九十九が九尾の炎を使った次の日も、また次の日も、妖達は九十九達を襲撃し続けた。
九十九は、二人を守るために、九尾の炎を使い続けた。自分の命を犠牲にしているとは知らず。
だが、限界が来てしまう。九十九は倒れてしまったのだ。
この時、母親は悟ったのだ。九十九は自分の命を代償として九尾の炎を使っていることに。
今でも九十九は、覚えている。
自分が倒れた時、母親が父親にあることを頼んだことを……。
九十九は、ぼんやりとした視界の中で二人のやり取りを聞いていた。
「この子……もしかしたら、自分の命を使ってあの炎を出しているのかもしれない」
「そうだったのか……」
「……ねぇ、お願いがあるの」
「どうした?」
「この子の為に、刀を作ってほしいの。そうすれば、もう、炎を使わなくてもすむでしょう?」
「……わかった。そうしよう」
父親は、母親に頼まれて刀を作り上げた。
宝刀や妖刀ではない。何の変哲もない普通の刀だ。だが、刀さえあれば、九十九は九尾の炎を使わずに戦える。
母親は、どれほど安堵したことだろう。
刀を受け取った時の母親の表情は、とても、嬉しそうであった。
「で、俺は、親父が作った刀をもらって、親父に訓練してもらったんだ」
「あなたのお父さん、鍛冶職人だったってこと?」
「……どうだろうな。俺も、あんまり覚えてねぇんだ」
「そう……」
遠い過去の事だからであろう。
だが、それでも、九十九の脳裏に強く焼き付いているはずだ。母親に見守られながら、父親と共に訓練し、強くなっていく実感を。
共に戦える、守れるという喜びを。
三人で妖を討伐していく日々は決して苦ではなかったという。
「これで、俺は二人を守れる。そう思ったんだ。けど、そうじゃなかった。俺は、守れなかったんだ。親父とおふくろを……」
「天鬼が殺したから?」
「親父はな。でも、おふくろは……」
九十九は、複雑そうな表情を浮かばせる。
九十九が刀を父親から授かって一か月の事だ。
突然、天鬼が小屋を襲撃したという。父親が二人を守るために、逃がすための時間稼ぎをするために、あえて、一人で小屋に残ったらしいが、一瞬で殺されてしまったという。それも、無残にも首をはねられて……。
九十九は、母親と共に、必死で、あの山小屋から逃げた。
遠く遠く。天鬼が追ってこれないような場所へ。
そこが、どこなのかは、九十九もわからない。無我夢中だったから。
記憶しているのは、小さな洞窟だったということだ。
「母さん……」
「九十九……大丈夫よ。天鬼から逃げれたわ」
「……九尾の炎を使えれば、父さんを守れたのかな」
「……」
母親は黙っている。
九十九には九尾の炎は使ってほしくないからだ。もちろん、父親を見殺しにして逃げたくもなかった。
だが、天鬼に敵うものはいない。あのまま残っていれば、三人共殺されたであろう。
だからこそ、母親は、九十九を守るために、父親を見殺しにするしかなかった。
こんな自分が情けない。愛する男さえも守れないのだから。
せめて、九十九だけでも、守りたいと母親は願いある決意を固めた。
「九十九、刀を持ってる?」
「うん」
「それを、私に貸してくれる?」
「どうして?」
「いいから」
なぜ、刀を貸してほしいと頼んだのか。
何か嫌な予感がした九十九は、理由を尋ねたかったが、母親に制止されてしまう。
九十九は、恐る恐る母親に刀を渡し、母親は、受け取り、刀を鞘から抜いた。
「九十九、良くお聞き。この刀で私を貫きなさい」
「え?」
九十九は、驚愕する。
母親が言った言葉が信じられないようだ。
それもそうであろう。親から刺してほしいなどと言われて受け入れられるはずがない。
父親を失ったばかりなのに、母親までも失いたくないのだから。
「お前は、人間や妖を殺すことはできても、力を奪うことはできない。そういう体質なの」
妖達は、人間を殺して寿命を伸ばし、妖を殺して妖気を奪う。そうやって生き延びてきた。
だが、確かに、九十九は、妖を殺しても、妖気は奪えなかった。
本人は、どうしてだかわからない。だが、母親は知っているようだ。決して本人には言わないようだが。
「このままだと、お前は死んでしまう。九尾の炎を使わなかったとしても……」
九十九は、何度も九尾の炎を使ってきた。妖気だって、未だ、弱いまま。
このままでは、九十九の命も危うい。寿命と妖気がなければ、妖は生きてはいけないのだから。
九十九を助ける方法が一つだけあった。
だが、それは最も残酷な方法であった。
「だから、私がお前の代わりに力を奪おう。その刀で私を貫けば、私はその刀に宿れる。妖刀になることができる」
母親は刀に貫かれることで刀に宿り、妖刀へと変えさせようというのだ。
何とも、残酷であろうか。
そんなこと、九十九が受け入れられるはずがなかった。
「嫌だよ……やだ……。一緒にいてよ。一人にしないで……」
「泣くんじゃない。強くなりなさい。生きるために」
「母さん……」
九十九は、涙を流し続けている。
母親をこの手で貫かなければならないなど考えたくないのであろう。
九十九の支えは、両親だったのだから。父親がいなくなった今、もはや母親しか頼れる者はいない。
それも、母親は十分承知だ。だが、これも九十九の為と言い聞かせていた。
「ごめんね……愚かな母さんを許してね……。愛してるわ」
そういって、母・明枇は、九十九に刀を握らせ、貫かせた。
血が飛び散り、九十九の顔にかかる。
明枇は、ぐったりと倒れ、見る見るうちに刀へと吸い込まれていった。
明枇は、自ら刀に宿った。こうして、妖刀・明枇が誕生した。
「母さん……父さん……」
九十九は、涙を流し続けた。声を押し殺して。
本当は、泣き叫びたい。両親が九十九の前から消え去ったのだから。
だが、声に出せば、天鬼に気付かれてしまう。
叫びたい思いを抑えて、九十九は泣き続けた。
しばらくしてからの事だ。
涙が枯れるほど泣いた九十九は、何も言わず黙って下を向ている。
妖刀・明枇を握りしめながら。
「……もう、守りたいものはない。死んだから、父さんも母さんも」
一人残された九十九は、明枇を肩に担ぎ、洞窟を出た。
「俺は、天鬼を殺す。そのために、人間から命を、妖から妖気を奪ってやる」
九十九の眼には、殺気が宿っていた。
両親の仇を取るために、天鬼を殺すと誓って……。
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