第八十話 ぶつかり合う感情

「柚月……さ……ま……」


「春風……」


 柚月が目の前に現れたことによって、二人は、いや、春風は、動揺している。

 そのように柚月達は、見えた。

 だが、実際は違う。

 柚月を見るなり、二人は、体をうずくまらせ、身が震えあがる。

 二人の口から、かすかに笑い声が聞こえてきた。


「ふふ、ふふふ、あははははっ!」


 狂ったように笑い始める二人。

 もはや、春風と奈鬼の面影はどこにもない。

 彼らの心は、壊れてしまったと柚月は、感じた。


「来たな、裏切り者め!」


 笑いが収まったかと思うと、今度は、形相の顔で柚月をにらみ、構える。

 あれほど慕っていた柚月に対して、憎しみを抱いているようだ。

 裏切られたと感じているからであろう。悲しみよりも憎しみが上回ってしまったようだ。

 感情に任せた二人から妖気があふれだす。

 二人を見て柚月は、気付いた。春風は、妖に乗っ取られてしまったことを。


「お前、体を……」


「そうだよ。僕は、開け渡したのさ。この妖にね」


「なぜ……」


「裏切ったからだよ。僕達を……いや、聖印一族を!」


 春風と奈鬼は、怒りを柚月にぶつけた。


「まさか、妖をかくまってたなんてね!気付かなかったよ」


「柚月……本当……なのか……?」


「……」


 譲鴛は、信じられないと言わんばかりの顔をして、柚月に問いかける。

 この時点で、気付いていたのだが、何かの間違いだと、柚月は知らなかったのだろうと思いたかった。

 柚月が妖を受け入れるはずがないと信じていたから。

 だが、柚月は黙ったままであった。 

 何も言わない柚月を見て、譲鴛は愕然としていた。

 柚月達が九十九をかくまっていたのは事実だ。否定することができない。

 これで、二人は、確信した。

 柚月達は、九十九をかくまっていたのだと。やはり、騙され、裏切られていたのだと。


「柚月様、あなたは、罪な人ですね。だから……」


 二人は、構えた。

 悲しみと憎しみを帯びた目で、柚月をにらんだ。


「死んでください」


 二人は、柚月に襲い掛かる。

 だが、柚月は、真月を抜くことはせず、ただ、攻撃をかわすだけであった。

 その隙に、九十九は、朧の体から出る。

 朧は、咳をし、黒い血を吐いた。九十九は、朧の元へ駆け寄るが、朧は、そのまま倒れ込んでしまった。

 九十九は、悔しさを滲ませていた。

 自分が無理をさせてしまったのだと。

 九十九が朧の体から出たのを見た譲鴛は、ようやく確信してしまった。

 九十九が妖であることと柚月達は、本当に妖をかくまっていたのだと。

 柚月は、二人の攻撃をかわし続けたが、傷を負い、追い詰められていた。


「なぜ、宝刀を抜かないんですかぁ?その状態で勝てるとでも思ってるのですかぁ?」


「お前とは、戦いたくない……。傷つけたくないだけだ!」


「そう言うところが、甘いんだよ!」


「くっ!」


 二人は、力任せに突きを放つ。

 柚月は、かわそうとするが、爪が肩をかすめる。

 肩から血が飛び散り、柚月は、肩を抑えて、後退した。

 苦悶の表情を浮かべる柚月に対して、二人は、冷たい目でにらむ。

 彼らは、柚月までも殺そうとしているのだろう。


「刀を抜け、鳳城柚月。さもなくば……」


 二人が、方向を変える。

 目線の先は、朧だった。

 朧は、自分に敵意を向けられていると気付いているが、体が動かない。

 九十九が、朧の前に、守るように立った。

 それでも、二人は、構えた。

 九十九さえも、殺すつもりでいるようだ。


「こいつを殺すだけだ!」


「朧!」


 柚月は、二人の前に立ち、ついに真月を抜く。

 二人の攻撃を防いだ。

 しかし、二人の手からは、血が流れる。

 そのはずなのだが、二人は、笑みを浮かべているようだ。

 待っていたと言わんばかりの笑みを……。


「やっと、戦う気になったんだね。でも、悲しいなぁ。あいつは、あなたにとって大事な人なんだ。僕なんかより」


「春風、俺は……」


「聞きたくない!」


 二人は、耳をふさいで言葉を遮る代わりに、爪を振り下ろす。

 柚月は、その爪を真月でふせぎ、はじいた。

 二人は、容赦なく、柚月に襲い掛かる。

 柚月は、ただ、二人の攻撃を防ぐしかできなかった。

 真月を抜いたからと言って、二人を斬るつもりなどない。元に戻す方法を探していたのだ。

 春風を取り戻すために。もう一度伝えたい言葉を言うために。

 彼の気持ちに気付いていない二人は、何度も襲い掛かった。


「あなたに、側にいて欲しかった!一緒に戦いたかった!僕の気持ちをわかって欲しかった!その願いは、全部奪われたんだ!こいつに、奪われたんだ!」


 二人は、叫ぶ。全ての想いをぶつけるかのように。

 顔は、にらんでいるが、まるで泣いているようだ。その悲しみは柚月に十分と言っていいほど、伝わっている。心が痛く感じるほどに。


「だから……。だから、殺してやる!あなたも!」


 柚月は、爪で引き裂かれる。

 血しぶきが飛び散り、その血は、二人の顔についた。

 その二人は、喜びを感じているのではない。驚愕し、呆然としている。

 なぜなら、柚月はよけることなく、その爪に引き裂かれたからだ。

 よけられると思っていた二人は、予想外の出来事で、攻撃を止めてしまった。


「!」


「柚月!」


「兄さん!」


 柚月は、体制を崩し、倒れそうになるが、痛みをこらえて立ち上がる。

 二人は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 なぜ、よけなかったのか。二人には理解できないことだった。

 傷口から溢れ出す血を止血するように手で抑え、柚月は息を繰り返し、二人を見ていた。


「なんで……なんで、よけなかったの?」


「全ては……俺の、責任だからだ」


「え?」


 二人は、驚き、動揺する。

 柚月は、一歩一歩近づくが、二人は、構えようとしない。二人の元にたどり着いた柚月は、二人を抱きしめた。

 二人を止めるのではなく、ただ、優しく兄のように。

 二人は、動けなかった。懐かしくて暖かい感覚だ。まるで、昔を思い出すかのような気持ちになる。

 否定したくても心が否定できない。柚月を受け入れるかのように。


「ごめんな、春風。お前は、俺を慕ってくれたのに、気付いてやれなくて。でも、本当にいい妖もいるんだ」


 柚月は、語り始める。

 春風に、伝えたかった言葉を。ちゃんと向き合って話したかった事を。春風に向けて話し始めたのだ。

 柚月は、春風の寂しさに気付いてやれなかったことを責めていた。

 春風の気持ちをわかっていたと思い込んでいたが、違っていた事を気付かされたのだ。

 柚月は、春風に謝罪し、自分の気持ちを伝えた。

 自分が、今、妖をどう思っているか。


「俺が知ってる妖は、馬鹿だけどまっすぐで、料理をおいしそうに食べて、俺達と一緒に笑ったり、怒ったり……。人間みたいな奴なんだ」


「柚月……」


 知っている妖と言うのは間違いなく九十九の事だ。

 柚月は九十九と過ごして、感じていたのだろう。

 九十九は、自分達と同じように感情を持ち、感情のまま行動する。まるで、人間のようだと。

 彼の言葉を聞いていた九十九は、気付いた。柚月は自分をちゃんと受け入れてくれていたのだと。


「そいつと、一緒にいて気付いたんだ。妖だって、心があるんだって。朧も、そのことに気付いてるから、その妖を逃がしたんだと思う。その妖の事を、心から信じたんだ」


「そんな……朧は、僕を……」


 奈鬼は、動揺する。

 柚月は、春風の体を乗っ取ったのは、奈鬼だということは気付いていない。

 奈鬼にも会ったことはない。だが、気付いたのだろう。

 朧が、なぜ、奈鬼を助けたのか。奈鬼の心を感じたのだと。


「お前が、妖を憎む気持ちはわかる。大事な人を殺されたんだ。憎まないはずがない。でも、その妖の事、信じてやってくれないか?俺を信じてくれたように。」


「柚月様……」


 春風も、動揺していた。

 春風は、ずっと妖を憎んできた。柚月と同じように。

 だが、柚月は、妖を理解しようとしている。妖にも心があると。

 春風は、否定したかった柚月の言葉をいつの間にか受け入れていた。

 柚月の気持ちが春風にも届いたのだろう。

 そして、あらためて気づかされていた。春風が柚月に憧れていた理由は、強かったからだけではない。優しかったからだ。今のように。


「元に戻ろう。元に戻って、前みたいに一緒に」


「でも、僕は……みんなを……殺しちゃった……」


「なら、一緒に罪を償おう。俺も償うから」


「……」


 二人は、涙を流す。

 罪さえも、受け止めてくれる柚月の優しさが痛いほどに伝わってきたからだ。

 自分の仲間を……柚月達の大事な部下を殺してしまったのに。それでも、柚月は、受け止めてくれる。

 もう、春風は、柚月や朧に対して、憎しみを抱いていなかった。

 そして、奈鬼も。

 九十九は、奈鬼の元へ駆け寄った。


「奈鬼……」


「九十九……」


「春風の事、解放してやってくれ。出ないと、お前も傷ついちまう」


 九十九は、奈鬼に伝える。

 春風を解放しないと奈鬼までもが傷ついてしまうことを。

 奈鬼は、うつむく。九十九の言葉を受け入れたのであろう。

 そう思っていたのだが、真実は残酷だった。


「もう、手遅れだ」


「え?」


 二人がそう言うと、柚月と九十九は驚く。

 その瞬間、二人からおぞましい妖気があふれ、柚月と九十九は吹き飛ばされてしまった。


「ぐあっ!」


「兄さん!九十九!」


 柚月と九十九は、体制を整えるが、二人は、うずくまり、もがき始めた。


「うっ!ううっ!がああああああああっ!」


 二人は苦しそうに絶叫する。

 妖気に襲われているかのように。

 だが、さらなる光景が、柚月達を驚愕させる。

 なんと、春風の頭から角が生え始めた。


「融合が!」


 九十九は、叫んだ。

 もう、二人の魂は融合してしまったのだ。それも、完全に。

 その証拠として、春風は頭から角を話し、髪の色が黄金となった。

 まるで、奈鬼のように……。


「殺す。全員……殺してやる!」


 二人は、柚月達をにらむ。

 破壊衝動に憑りつかれてしまったかのようだった。


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