第八十一話 君を殺す
「完全、融合……だと……?」
二人を見た九十九は愕然とする。
その瞬間、ある光景が目に浮かんだ。同じ光景を九十九は見たことがある。とても、悲しい光景を……。
完全融合を果たした二人の眼は、狂気を含んでいる。
彼らはもう正気を失っているようだ。
柚月や九十九を見ても、ただ、殺すだけの対象としか見えていない。
二人は、妖気を放出させ、その妖気から黒い刀を生み出す。細くて長い刀身だ。黒光りしている刀は、切れ味が増しているように見える。
刀を握りしめた彼らは、雄たけびを上げた。
さらに、妖気があふれ、柚月達は、腕を顔の前に出して、防ぐが今にも吹き飛ばされそうだ。
立っていられるのがやっとなくらいであろう。
「もう、死んでしまえ……何もかも、消えてしまえぇえええええ!!!」
二人は、狂ったように叫ぶ。
涙を流すことも、笑うこともできない。狂気以外の感情はもう、どこにもなかった。
「春風!聞こえるか!俺だ!柚月だ!」
「うるさい!うるさい!うるさい!みんな、消えろ!」
柚月が必死で呼びかけるが、二人には届かない。
全てをかき消すかのように叫び、柚月に斬りかかった。
柚月は、真月で受け止めるが、今にもはじかれて、吹き飛ばされそうになるほどの力を感じた。
感情任せに刀を振っているだけだが、動きは素早い。
柚月は、二人の速さにかろうじてついてきている。
だが、先ほどの戦いで怪我を負っている。それも重傷と言えるほどだ。
そんな状況で戦っている。不利の状態だ。攻撃を受け止めるのがやっとの事であった。
ついに、攻撃を受け止められなくなり、真月ははじかれ、吹き飛ばされてしまう。
宙を舞った真月は、無残にも地面に突き刺さった。
無防備になった柚月に対して、二人は、柚月の心臓に向けて突きを放った。
「兄さん!」
柚月は、異能・光刀で防ごうとする。
だが、その時だ。
九十九が走り始める。
ついに九十九は、妖狐に戻り、柚月の前に出て、刀を握りしめる。
柚月をかばったのだ。九十九の手から血が流れた。
「九十九……」
「あれが、妖狐……?」
初めて九十九の姿を見た譲鴛は、驚愕する。
本当にあの九十九は妖だったのだと。それも、元四天王と言われていた男だ。九十九の事は彼も知っている。何度も聞かされたことがあった。何人もの命を奪った残忍で、冷酷、非道な妖であると。
そんな妖と柚月は行動を共にしていたと思うと心底怒りが抑えきれない。
譲鴛は、柚月を軽蔑し始めていた。
九十九は妖気で刀をはじく、二人は、後ろへとよろめくがすぐに体制を整えた。
柚月は、真月を地面から抜いた。
「すまない。助かった」
柚月は、真月を構えた。
「なんとしてでも、二人を助けよう」
柚月は、確信していた。九十九と一緒なら春風と奈鬼を助けられると。
何か方法があるはずだと。柚月は希望を取り戻したかのような顔つきになっていた。
だが、反対に九十九は、冷たい目をしている。今まで見たことがない冷たい目を……。
彼らを助けようとする柚月に対して、九十九は、衝撃にの事実を口にした。
「無理だ。もう、助からない」
「え?」
柚月は、真実を受け入れられず、戸惑う。
九十九は、振り向いた。
その目は、とても冷たい。柚月達が見てきた目ではない。妖の目だ。命を奪うことに対して何も感じない。殺戮の目に見えた。
彼の眼を見た柚月は、硬直してしまった。
その時だった。
「がはっ!」
九十九は、柚月の鳩尾を殴った。
朧も驚愕してしまう。柚月と九十九は、二人で彼らを救うと思っていたからだ。
痛みに耐えられなかった柚月は、その場で倒れ込んだ。
「九十九……なぜ……」
「てめぇは、そこでおとなしく寝てろ。こいつは、俺がやる。邪魔するなら、殺す」
九十九はそう言い放つ。その時の九十九の目は殺気を怯えていた。
九十九は、再び振り返る。
柚月は、顔を上げるが、焦点がぼやける。
意識が遠のきそうだ。
だが、ここで気を失うわけにはいかない。
柚月は、こぶしを握りしめる。握った痛みで、意識を取り戻すが、体は動かない。
柚月もとうに限界を超えていた。
立ち上がることすらもできないほど。
九十九は、刀を二人に向ける。
敵意を感じた二人は、雄たけびを上げ、暴れるかの如く体をねじらせた。
「正気を失ってやがるのか。もう、てめぇらは……」
一瞬だけ、九十九はうつむく。
その目は、悲しみを帯びているように見える。
だが、すぐに冷酷な目に戻った。
二人は、構える。妖気を放ち、目を光らせる。
今すぐにでも、九十九の命を奪おうとしているようだった。
「しぃいいいいねぇええええ!」
二人は、再び、刀を振り下ろす。
だが、九十九は、いとも簡単にはじいてしまう。
続けて、九十九は刀さばきを繰り出す。二人は、攻撃を受け止めることしかできず、ただただ、斬られていくばかりだ。
血が飛ぼうが、叫び声が聞こえようが、九十九は顔色一つ変えず、二人を斬っていく。何度も何度も……。
なんとも、残虐で冷酷であろうか。これが、以前の九十九の姿、いや、本来の九十九の姿と言っていいだろう。
「ぐあっ!」
振り下ろされた明枇は、二人を斬り伏せる。
二人は、とうとう、倒れてしまった。
だが、九十九は容赦なく、近づく。
二人の元へたどり着いた九十九は、構えた。
「終わりにするぞ」
「待て、待ってくれ、九十九……!二人を、助けてやってくれ!」
柚月は、力を振り絞って叫ぶ。
二人を殺してほしくないと願ったが、何より、九十九に殺しなどさせたくなかった。
九十九が、自分を殴ったのは、巻き込みたくないからであろう。
それは、柚月も気付いていた。
だが、それで、誰も救われるはずがない。春風と奈鬼も、九十九もだ。
柚月は、手を伸ばすのがやっとだったが、その手は、九十九に届かない。
九十九は、冷酷な目で柚月を見下ろしていた。
「ちっ。寝てろって言ったのに。……仕方がねぇか」
九十九は、刀を振り上げる。
本当に、二人を殺すつもりなのだろう。
「やめて、九十九!殺さないで!」
「お、お前、殺すのか!?本当に……」
「黙ってろ、死にぞこない共が」
朧と譲鴛は、九十九に訴えるが、それすらも九十九に届かない。
朧は、こんな九十九を始めてみたのであった。
不器用で優しい九十九は、もうどこにもいなかった。
「そこで、見てろ」
九十九は、二人を見下ろす。
二人は、体を震わせ、首を横に振った。
「嫌だ……死にたくない……嫌だああああああっ!」
「ぐっ!」
二人は、妖気を放出し、九十九は、吹き飛ばされる。
死の恐怖に直面した二人は、暴れ始める。
吹き飛ばされ、体制を整えた九十九であったが、刃が九十九をとらえようとしていた。
だが、九十九は、刀を素手でつかみ、手から血が流れる。
九十九は苦悶の表情を浮かべてなどいない。痛みさえも、感じていないように見える。
そして、ついに九十九は、二人を刺してしまった。
「!」
目を見開いた二人は、刀を放した。
刀は地面に落ち、ぐったりと九十九の元へ倒れ込む。
九十九はただ、黙って刀を握りしめた。
震える手を押さえるように。感情を押し殺すかのように。
倒れ込んだ二人は、表情を変える。
その表情は、元に戻ったようだ。穏やかな顔をしていた。
「ありがとう……九十九。殺して……くれ……て。ごめんね……」
「……」
奈鬼は、九十九に告げる。狂気から、解放されたからだ。
九十九は、黙ったままだ。
奈鬼は、春風の体から離れ、光のごとく消滅した。
そして、元に戻った春風は、柚月達を見た。
ただ、呆然と九十九達を見ている柚月達を……。
「みなさ……ん、ごめん……なさい……。さよう……なら……」
春風は、涙を流す。
九十九は、刀を抜き、春風は、地面に仰向けになって倒れる。
目は、見開いたまま、生気を失っている。
彼の命が消えた瞬間だった。九十九の手によって。
仲間を失い、さらに、春風まで失った譲鴛は、怒りを九十九に向けた。
「なぜだ……なぜ、殺した……」
「……」
譲鴛の問いに、九十九は黙っていた。
答える気は、ないようだ。
その態度が、さらに譲鴛の怒りを増幅させた。
「黙ってないで答えろよ!」
「ごちゃごちゃ、うるせぇんだよ。そんなに知りたきゃ、教えてやる。俺は、妖だからだ」
「何?」
「妖だから。命を奪った。本能に従ったんだ。ただ、それだけだ」
「……許さない。絶対に!お前だけは!」
譲鴛は、形相の顔で、にらむ。
そして、九十九に対して憎悪を向けたまま、譲鴛は、ついに意識を失った。
九十九は、明枇を鞘へと納めたが、依然として冷たいを目を放っている。
柚月達は、それが信じられなかった。
春風と奈鬼を殺したのは、何かの間違いだと信じたかった。
九十九の意志ではないと。
「九十九……」
「お前らは、馬鹿だな。俺が、あいつらを助けると思ってたのか?」
「だって、九十九は……」
「あめぇんだよ、てめぇらは。簡単に、信じてんじゃねぇよ」
朧が言いかけたのをさえぎって、九十九は冷たく言い放つ。
朧は、衝撃を受けていた。あれほど、仲良く過ごしてきた九十九が別人に見えるほど。
朧は、うつむいてしまう。今にも泣きそうだ。
そんな朧を見た柚月は、ついに怒りを抑えきれなくなった。
朧を傷つけられたことに耐えられなくなったのだ。
「お前を……信じて……たのに……朧は……お前を……」
「だから、それがあめぇんだよ。そんなんだと……」
九十九は笑みを浮かべる。
不敵な笑みだ。とても、残酷な笑みを見せる。
柚月は、背筋に悪寒が走った。まるで、九十九の本性を見ているかのようだ。
「また、俺に奪われるぞ?椿みたいにな」
九十九はわざと柚月の心の傷をえぐりだす。
許していたはずの過去を傷つけられた柚月は、目を見開いた。
九十九に裏切られ、絶望に突き落とされた感覚を覚えた。
「貴様ぁ!」
ついに、柚月は、九十九に対して怒りを露わにした。
柚月が、激痛を忘れて、真月をにぎったが、その瞬間、何人もの人間が九十九の周りを取り囲む。
密偵隊と陰陽隊の人間であった。
「動くな!妖め!」
「ちっ、来やがったか。来るのがはえぇな」
「お前達の事は、監視させてもらった。聖印寮・密偵隊・武官鳳城巧與様と陰陽隊・武官鳳城逢琵様の命でな」
「巧與と逢琵が!?」
柚月と朧は驚愕する。
なんと、自分達は、監視されていたのだ。
いつからなのか。なぜ、気付かれてしまったのか。
柚月も朧も見当がつかなかった。
密偵隊と陰陽隊の人間は、九十九に武器をつきつけた。
刀が、九十九の首筋をとらえていた。
「貴様を拘束する。動いたら、首をはねるぞ」
彼らに脅されても九十九は黙っている。
九十九は抵抗することなく、捕らえられてしまった。
それでも、平然とした表情だ。何を考えているのかわからないほどに。
九十九は、彼らに引っ張られ、強引に歩かされる。抵抗することはしなかった。
「隊長、こいつらは、どうしますか?」
「東雲譲鴛は、宿舎に。鳳城柚月は、屋敷に。鳳城朧は……牢屋に連れていけ」
「なっ!」
柚月は、さらに驚愕し、目を見開いた。
朧をとらえるというのだ。
自分達も九十九の存在を隠していたというのに、なぜ、朧だけがとらわれなければならない。
柚月は、納得がいかなかった。
「なぜ、なぜ、朧が……」
「こいつをかくまっていたからだ。当然だろう」
「待て、それなら、俺もだ。俺も……」
「貴様らは、重要参考人として後で話を聞く。だが、鳳城朧は、こいつが妖狐だとわかっていながら狐として飼っていた。これは、重罪だ」
「さあ、立て」
朧は、彼らに、捕らえられ、強引に立たされ、歩かされる。
柚月は、連れていかれる朧を助けたかったが、体が動かない。
自分の無力さをつきつけられてしまった。
「朧……。こんなことが……」
柚月は、愕然とする。目の前で、春風の命を奪われ、過去の傷口をえぐられ、さらに、朧までもが捕らえられてしまった。信じていたはずの九十九によって。
柚月は、激しい憎悪を九十九に燃やし始めた。
消えていた憎悪を……再び、燃やしてしまったのだ。
――許さない。九十九……お前は……。
これを最後に、柚月の意識は、途切れてしまった。
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