第七十一話 命がけで情報を残して

 早朝、柚月は、誰よりも早く起き支度を整えていた。

 未だ眠っている朧達を起こさないように静かに。

 柚月が離れを出ようとすると、九十九は目が覚めたようで狐の姿で、布団から抜け出した。

 彼も朧を起こさないように静かに。


「よく寝たぜ。ってあれ?」


 大きなあくびをした九十九は、柚月の姿を見かける。

 それも、すでにいつもの装束姿だ。こんな朝早くになぜと、九十九は違和感を覚えたが、九十九の気配に気付いたのか、柚月が振り向いた。


「九十九か」


「どうした?柚月。こんな朝早くにどこか出かけるのか?」


「実は、討伐隊が、昨夜調査を始めたんだ」


「ああ、例の妖の事だな」


 譲鴛の部下である第三班の隊士達が、調査に出向いた事は柚月も聞かされている。

 彼らは柚月の部下でもあったため、彼らの身を案じていたのだ。

 柚月は、彼らが帰ってくるまで待とうかとも考えたが、譲鴛に止められてしまったらしい。彼らなら大丈夫だと言われて。

 それでも、柚月は彼らが心配だ。大丈夫であろうと思ってはいたが、気が気で仕方がない。

 そのせいか早く目覚めてしまったようだ。

 柚月は、彼らが無事に帰ってきているかもしれないと考え、宿舎に向かうことにした。


「何か、情報をつかめたかもしれない。宿舎に行ってくる」


「わかった。朧達には俺から話しておくぜ」


「助かる」


 柚月は、朧の事は九十九に任せて、離れを出た。

 彼らが無事であることを願いながら……。



 だが、その願いはむなしく、彼らが悲劇に見舞われたことを柚月は思い知らされてしまった。


「!」


 柚月は驚愕して立ち止まる。

 なぜなら、宿舎前に人が集まっていたからだ。

 隊士だけではなく、奉公人は女房、そして、街の人々と様々な人々が集まっている。

 これは、ただ事ではない。彼らに何かあったとしか考えられなかった。

 不安に駆られた柚月は急いで、人々の元へ駆け寄る。自分の不安が的中していないことを願いながら。


「すみません!何かあったんですか?」


「ああ、柚月様!大変なんです」


「どうされました?」


「……人食い妖の調査に出ていた第三班が……班長・東剛晁とうごうたつみを除いて、全滅したんです」


「!」


 残酷な現実が柚月を襲う。

 彼らは全滅してしまったのだ。晁を除いて。

 柚月の不安が的中してしまった瞬間であった。


「……晁は?」


「じゅ、重傷のようで」


「……通してもらえますか?」


「はい」


 柚月に頼まれ、人々は道を開ける。

 柚月は、急いで宿舎へ入った。

 せめて、晁だけでも助かっていることを願って。



 だが、柚月は宿舎へ入った途端、立ち止まってしまう。

 目の前は大量の血が残されていた。

 隊士が、慌てた様子で駆けだしていくのが見えてしまう。

 柚月は、不安を押しのけて、晁の元へ向かった。


「晁!」


 戸を開け、部屋へ入る柚月。

 そこには譲鴛が立ち尽くしていた。


「譲鴛……」


 柚月は声をかけるが、譲鴛は黙ったままだ。

 晁の元へ歩み寄る柚月であったが、その光景は残酷であった。

 柚月は絶句した。目の前にいるのはかつての部下、東剛晁であるが、そのけがは柚月が思っていた以上に重傷だった。

 右腕は食いちぎられ、腹部は貫かれ、頭から血を流している。

 晁は、息をしていない。目は開いたまま天井を見ている。

 彼はすでに亡くなった。


「少し前に息を引き取った。部下を守れなかったことを後悔しながら……」


 妖と遭遇してから、一時間後の事だ。晁は、聖印京まで逃げ延びた。警護隊の隊士に運ばれ、他の部隊の人間が治療をし始めた。

 譲鴛もそのことを知らされ、彼の元を駆け付け、彼は、譲鴛に妖の事を懸命に伝えていたらしい。彼は、自分の命よりも、任務を優先した。最後の務めだと言い張って……。

 全てを話し終えた後、彼は意識を失ってしまった。

 隊士達は懸命に晁の治療を行ったが、晁の意識は戻らず、帰らぬ人になってしまった。

 譲鴛が言うには、最後は、何度も部下たちに対して謝罪していたらしい。

 晁は、部下想いの班長だ。自分だけ、生き延びてしまったことを後悔してしまったのであろう。

 彼の言葉を聞いていた譲鴛は、胸が張り裂けそうなほど後悔した。彼らを調査に行かせたことを……。


「俺のせいだ。俺が、調査をさせなければ……。俺は、隊長失格だ……」


「お前のせいじゃない。自分を責めるな……」


「……」


 柚月は、譲鴛を気遣うが譲鴛は、自分を責めているだろう。

 彼は、責任感のある男だ。柚月も、彼の事を理解している。

 それを知っているからこそ、余計に辛い。今、譲鴛は、自分を追い詰めているであろうから。

 その直後だった。

 月読と警護隊が宿舎に駆け付けたのは。


「母上……」


 柚月は、月読に呼びかけるが、月読は返事をしない。

 彼女は、晁の状況を見て、彼が死んだことを察した様であった。


「……息を引き取ったのか」


「はい……」


「情報を引きだせたか?」


「母上!そのような言い方は……」


「東剛班長は情報を残してくれました」


 こんな状況でさえも、月読は冷たく言い放つ。

 柚月は怒りを覚え、反論したが、譲鴛は冷静に答えた。後悔と辛さを押し殺して。

 彼は晁の為に、隊長であろうとしたのだろう。

 彼の様子を見ていた柚月は、余計に辛く感じた。彼が今、どんな思いで月読の問いに答えたのだろうと思うと……。


「……本堂で聞く。ついて来なさい」


「はい」


「お待ちください!今は……」


「いいんだ。柚月」


「譲鴛」


 話を聞きだすために、譲鴛を本堂へ連れていこうとする月読。

 だが、今はそのような状況ではない。譲鴛の部下が妖に殺されたのだ。それも無残な姿で、彼の気持ちを優先するべきだ。

 柚月は、そう思い、彼の心情を察して、止めようとするが、譲鴛は、反対に柚月を止めた。


「……部下の仇を取りたい。そのためには晁が残してくれた情報を話すべきだ。あいつらのためにも」


「……」


 譲鴛の決意は固い。

 彼らの為に、譲鴛は、感情を押し殺して、隊長としての務めを果たそうとしている。

 もはや、柚月は何も言えなかった。

 自分も同じ立場ならそうするだろうから。

 月読は静かに譲鴛を連れだす。

 柚月は、ただ、黙って彼らを見ていることしかできなかった。



 柚月は、離れに戻り、起床した朧達に宿舎でのことを説明した。

 話を聞いていた朧達は、絶句し言葉が出なかった。

 譲鴛や晁達のことを思うと、辛く、苦しい。

 そんな時であった。月読が石で文を送ってきたのは。

 文の内容は、譲鴛から妖についての内容を聞きだせたこと、勝吏、月読、真谷、巧與、逢琵の武官と各家の当主が集まり、緊急会議を開くということが、記されており、最後に、会議の結果が知らされるまで特殊部隊は離れで待機するようにと命じられた。

 月読から結果を聞くまで柚月達は待機するしかなかった。



 会議は、長くかかった。午の刻になってもまだ月読からの返事は来ない。

 それもそのはず、被害者は一般人三名、聖印寮の隊士が六名。妖の情報はつかめないまま、甚大な被害を被ったからだ。会議が長引くのは当然であろう。


「譲鴛さん、大丈夫かな……」


「……追詰めてないといいんだが」


 会議の結果も気になるが、柚月達は譲鴛の身を案じていた。

 彼は自分自身を追い詰めているかもしれない。

 彼の事を考えると、やるせない気持ちになった。


「討伐隊が一気に全滅か。厄介な相手だな」


「はい。その妖は相当手ごわいようですね」


 討伐隊の中でも第一部隊は、優秀な隊士が集っている。

 その隊士達が一気に妖に食い殺されたとなると強敵のはずだ。

 今後の任務は警戒が必要であろう。


「私達も討伐を命じられるかもしれないわね」


「用心しておいたほうがよさそうだね」


 相当、厄介な妖であることは間違いない。

 特殊部隊に、討伐命令が出されてもおかしくはない。

 いや、柚月は志願するつもりだ。たとえ、命じられてなくても、一人で。かつての部下が殺されたことは柚月にとっても辛い。譲鴛と同じ気持ちだ。彼らの仇を取らなければならない。命がけで情報を残してくれた晁達のために。

 そう、心の中で決意した直後、月読が直々に離れに赴いた。


「母上!」


 月読の姿を見た柚月達は一斉に立ち上がる。

 月読は、冷静を保ったまま柚月達を見ていた。


「全員、そろっているようだな」


「はい……」


「話がある。人食いの妖についてだ」



 柚月達と月読は静かに座り、月読は会議の事について語り始めた。


「討伐隊・第一部隊・第三班の班長、東剛晁の話によるとその妖は突然背後に現れたらしい。そして、次々と部下を食い殺したそうだ。東剛班長は、重傷を負ったが、陰陽術を発動して、妖の動きを止めたらしい。そのおかげで、都まで戻れたようだ」


「陰陽術が効果的ということですか?」


 綾姫の問いに、月読は静かにうなずいた。


「そうだ。宝刀や宝器は、使用する前に襲われたため、まだ効果的であるかがわかっていない」


「相当、早い妖なんですね?」


 透馬の問いにも月読は静かにうなずいた。


「そういうことになるな」


「気配を消す妖か……」


「気配をたどらなければ、殺されるということですね」


 あの討伐隊の隊士達でさえ、気配を読み取れないということは、柚月達にとっても痛手だ。

 柚月達は妖の気配を察して行動に移る。

 それができなければ、妖に殺されてしまうからだ。

 だが、気配を読み取れなければ、妖から自分の身を守ることは困難となる。

 柚月達が不安に駆られる中、月読は話を続けた。


「……以上の情報を元に、緊急会議で話し合われた結果、合同討伐を行うこととなった」


「合同討伐ですか?」


「そうだ。特殊部隊、討伐隊・第一部隊・第一班、陰陽隊・第一部隊・第二班、密偵隊・第一部隊・第五部隊に任務を遂行してもらう。警護部隊は、全部隊を出動させ、都の警備を行ってもらう」


「てことは、俺はどうすりゃいいんだ?合同じゃあ、俺は出られねぇ」


 合同ということは九十九は妖狐の姿では戦えない。

 そうでなければ、隊士達に気付かれてしまう。

 朧を守らなければならないが、それすらもできない。

 九十九は、月読の答えを待った。


「九十九、お前も、この任務に参加しろ。気配が隠せても妖気でわかることもあるだろうからな」


「その妖気も隠されちまうと、探せられねぇぜ?」


「それでもだ。お前の力は役に立つ」


「……わかったよ」


 九十九は承諾する。

 確かに、九十九は妖気に敏感だ。わずかな妖気でも探り当てられるかもしれない。

 月読は九十九にかけているようだ。

 それゆえに、九十九を任務に参加させることを決めたのであろう。


「全部隊の指揮は、柚月、お前に任せる」


「承知いたしました」


「申の刻に宿舎で作戦会議を行ってもらう。全員参加だ。子の刻に討伐作戦を開始する。それまえに、準備を怠らないように。いいな?」


「……はい」

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