第七十二話 合同討伐戦、始動
子の刻、柚月達は、森の中に入った。
だが、その森は、被害者が殺された場所ではない。
柚月は、こう考えたようだ。もしかしたら、人の気配を察知して現れているのではないかと。
三人の被害者はそれぞれ、別々の場所で殺害されており、晁達は三人目の被害者が殺された現場で殺害された。
作戦会議を開いた当初は、どの森に隠れているのかと考えたのであったが、突然現れたということは、人の気配を察知した可能性があると考え、柚月達はあえて被害が出ていない別の森で合同討伐戦を行うこととした。
森の中は薄暗く、ひと気がない。
はぐれてしまったら、探すのに苦労するであろう。
そのため、柚月達はバラバラにならず、全員で行動することとした。万が一の場合に備えて。
「全員、ついてきてるか?」
「ああ、皆来てるぞ」
「そうか」
譲鴛が、全員の顔を見て、うなずく。
柚月の周りには特殊部隊と朧、討伐隊、陰陽隊、密偵隊が集っていた。
これほど、大勢での討伐は柚月達にとっては初めてだ。それほど、強敵で厄介な妖ということを意味しているのであろう。なぜなら、討伐隊の班が全滅したからである。
これ以上の被害を出さないためには、全員で乗り切らなければならないのだ。
彼らの間で、緊張感が漂っていた。
九十九はと言うと、なぜか柚月の肩に乗っている。これも作戦の一つだ。
この作戦では、九十九は妖狐の姿には戻れない。だが、彼は妖を察知する力があるであろう。柚月達は、九十九にかけるしかなかった。
「これより、討伐任務を行う。作戦は、話した通りだ。合図があるまで、勝手な行動は慎むように」
「はっ!」
「全員、生きて帰るぞ!」
「はっ!」
柚月の号令の元、全員、柚月と共に歩き始める。
柚月の行動を見ていた朧は、見とれている。
たくましい兄の背中を追いかけるように。
「兄さん、かっこいいなぁ」
朧が、そう呟くと、隣で歩いていた春風が、朧をじっと見ていた。
朧は、春風の視線に気付き、振り向くと、春風は一瞬だけ視線をそらすが、照れながらも朧と目が合った。
「えっと、春風さん、だよね?」
「あ、はい」
「どうしたの?」
「いえ……あの……」
春風は戸惑いながらも、意を決したように朧に尋ねた。
「やっぱり、朧様も柚月様に憧れてるんですか?」
「あ、うん。憧れてるんだ。兄さんに」
朧がうなずき、満面の笑みを浮かべる。
彼の答えを聞いた春風は目を輝かせるように朧を見ていた。
「僕もです!柚月様は本当にすごくて!」
「だよね!僕も兄さんみたいになりたいもん」
「はい!」
朧も春風も嬉しそうな顔をしている。
そんなことをしている場合ではないことは二人は十分承知だ。
だが、お互い柚月に憧れている。共通点があると思うとうれしくてたまらないのであろう。
柚月は、二人が楽しそうに話しているのはわかってはいた。ほほえましいやり取りに彼としては、見守ってやりたかったのだが、今回の作戦の指揮を任されているため、甘やかしてはいけないと心を鬼にし、ため息をついた。
「朧、春風、私語は禁物だぞ」
「あ、ごめん。兄さん」
「以後、気をつけます」
二人は謝罪すると柚月はかすかに微笑む。
朧は、柚月の元へ駆け寄った。
柚月と朧は話している。どんな話をしているのだろう。やっぱり、柚月は、朧を大事に思っているんだな。そんなことばかり浮かんでしまう春風。
嫉妬にも似た感情が渦巻いていることには気付いており、こんな醜い自分が許せずにいた。
柚月達は、さらに奥に進む。
すると、空気が悪くなる。
冷たく重苦しい空気だ。まるで妖が待ち構えているように思える。
だが、一向に進んでも妖の姿は見当たらない。
ここに妖は潜んでいないのだろうか。
そう思っていた矢先であった。
「ごほっ!ごほっ!」
この空気は朧にとって毒なのだろうか。
朧は突然、咳をし始めた。
柚月は、朧を気遣い、背中を優しくなでた。
景時は、朧の隣に駆け寄り、朧の様子をうかがう。
顔色はいいが、苦しそうだ。
「朧君、大丈夫?風邪かな?」
「どうでしょう?さっきまでよかったんですけど」
「この任務が終わったら、診察しようね~」
「はい、ありがとうございます」
朧は、微笑んでうなずくが、無理をしているように見える。
景時は、早く任務を終わらせてあげたいと願うばかりであった。
「……」
九十九が何かに気付いたようだ柚月の肩をたたく。
柚月は九十九にこう命じていた。
妖の気配に気付いた時、自分の肩をたたくようにと。九十九は、今はしゃべることは許されない。だが、妖の気配を感じた時には知らせてもらわなければならない。
そのため、九十九は柚月の肩をたたいてもらうように命じていたのであった。
それゆえに、九十九は朧の肩ではなく、柚月の肩に乗っていたのであった。
九十九にたたかれた柚月が立ち止まる。
譲鴛達は、何が起こったのか知らされていないため、柚月の様子をうかがっていた。
「柚月、どうした?」
「妖がいるかもしれない。気をつけろ」
柚月に言われ、朧達はあたりを見回す。
だが、妖が現れる気配はない。本当にここに妖がいるのであろうか。
譲鴛達は、半信半疑であったが、九十九は後ろ脚で柚月の背中をたたく。
後ろに何かいるという合図だ。
九十九に合図され、柚月は、後ろを振り向いた。
「後ろだ!」
柚月が叫び、朧達は後ろを振り返ると妖が背後に出現していた。
柚月の読みは当たっていたようだ。
だが、いつの間に現れたのだろうか。
突然だったため、譲鴛達は、驚愕し、硬直してしまう。
妖は、一人の女性を食い殺そうとするが、綾姫が結界・水錬の舞を発動させ、間一髪のところで、妖の前に結界を張り、ひるませた。
さらに、透馬が、陰陽術を発動して、攻撃する。
妖は、叫び声を上げ、うずくまる。
晁の言った通り、本当に妖に効果があったようだ。
柚月が前に出て、真月を抜いた。
「作戦通り、俺がおとりになる!全員、散らばって逃げろ!」
「柚月、やっぱり……」
「大丈夫だ。あとは、作戦通りに進めろ。東雲隊長」
「……わかった」
柚月に命じられ、朧達は四方八方に逃げる。
これも作戦の一つだ。彼らを守るための。
柚月は、朧達が逃げ切るまで時間を稼ぐため、妖と戦闘を開始する。
少し時間が立ち、朧達が散り散りになって逃げきったのを確認した柚月。
柚月は、走り始めるが、妖は柚月を追い始めた。
それもかなりの速さだ。傷を負っているようには到底思えない。
再生能力があるわけではなさそうだが、生命力が高いようだ。
九十九は、振り向くと迫りくる妖を見て動揺していた。
「おいおい、大丈夫なのか?あいつ、早いぞ!?」
「透馬が発動した陰陽術が効いてるはずだ。奴は、そんなに早く動けない」
「確かにそうだが……」
柚月は、ひたすら走った。
妖に追いつかれないように。
そのころ、春風は朧を連れて逃げている。譲鴛達の後を追いながら。
春風は、柚月にある任務を託されていた。
逃げるときは朧と共に行動してほしいという任務であった。
朧は体の調子がよくなったばかりだ。だいぶ回復してきてはいるが、万が一の事もある。
そのため、陰陽術を得意とした春風に朧を託したのであった。
春風なら、気配を隠す術を覚えている。もしもの場合はその術で逃げ切れるだろうと信じて。
「朧様!こっちです!」
「うん!」
朧は、必死に春風についていく。
だが、その時であった。
「うっ、ごほっ!ごほっ!」
朧は立ち止まり、咳き込んでしまう。
だが、春風は必死に走っているため、朧が立ち止まり、席をしていることに気付いていなかった。
彼はどんどん朧から遠ざかっていってしまった。
「綾姫様!こちらです!」
密偵隊に案内され、綾姫、夏乃達は、とある場所にたどり着いていた。
「どう?夏乃、例の妖は追ってきてるかしら?」
綾姫に尋ねられた夏乃は、遠くを見るが妖は未だ来ていないようだ。
柚月が時間を稼いでくれたおかげであろう。
「……いいえ、追ってきてないようです」
「柚月が、うまく誘導してくれたのね」
「そのようですね。無事だといいんですが……」
「大丈夫よ。柚月なら」
綾姫は振り返り、隊士達の顔を見た。
「そうでしょ?」
「はい!」
綾姫に訊ねられ、隊士達はうなずく。
全員、柚月の無事を信じている。
彼が、妖に殺されるわけがないと。必ず、逃げ延びてくれるはずだと。
綾姫は、再び、振り返り、柚月がいる方角をじっと見ていた。
「さあ、行くわよ!」
「はっ!」
綾姫の号令で、隊士達は作戦を開始した。
春風はひたすら、逃げていた。譲鴛達とはぐれないようにと。
朧がついてきていないことに気付かずに……。
「朧様、もう少しです!」
春風が声をかけるが、朧の返事が聞こえない。
春風は、動揺して立ち止まり、振り向いた。
「あれ?朧、さま?」
春風は、ようやく気付いたのだ。
朧が、ついてきていないことに。
「い、いない!探しに行かないと!」
春風は、焦り始め、朧を探そうとするが、急に立ち止まってしまった。
――でも、もし、朧様がいなくなったら、柚月様は……。
朧に嫉妬にも似た感情を持ち始めてしまった春風は、そんなことを思ってしまう。
彼がいなければ、柚月は戻ってきてくれる。
だが、我に返った春風は戸惑ってしまった。
自分の真っ黒な醜い感情に対して……。
――僕は何を……。
春風は、首を横に振る。
まるで、先ほどの自分の考えを否定するかのように。
――早く、探さなきゃ!
醜い感情を振り切るかのように、春風は朧を探すために、走り始めた。
景時と透馬達もある場所にたどり着き、あることをし始めている。
密偵隊の人間は、あたりを見回し、透馬は陰陽術を発動していた。
彼の様子を景時は見守るように見ていた。
「とーま君、どう?」
「おう、完璧だぜ。あとは柚月が来るのを待つだけだ」
「柚月君なら、問題ないね」
「だろうな」
陰陽術を完成させ、透馬は密偵隊の人間に話しかけた。
「どうだ?来てるか?」
密偵隊の人間は、じっと遠くを見ている。
すると、かすかに人影が見えた。
それは、妖から逃げるように走っている柚月の姿であった。
「……来ました!柚月様です!」
「煙幕を!」
「はっ!」
柚月が自分達の元へたどり着きかけた時、景時は密偵隊の人間に命じる。
密偵隊の人間は煙幕を投げつけ、妖が一瞬だけひるんだ。
柚月は、飛びこむように妖の元から離れる。間一髪だった。
もし、煙幕がなかったら、柚月は、重傷を負うところだったのかもしれない。
転がるように着地した柚月は、体制を整え、立ち上がった。
「今だ!放て!」
柚月の号令で、透馬達は一斉に陰陽術を発動する。五芒星の結界が張られ、妖は、身動きが取れなくなった。
柚月が考えた作戦は、陰陽術で結界を張り、妖を捕らえる方法であった。
本当は、最初からバラバラになって行動したほうがいいと考えたのだが、いつ、どこで妖が現れるか、特定できない。そのため、初めは全員で行動し、九十九には妖の気配を探ってもらうこととした。妖が現れてから、柚月がおとりとなって、一斉に散らばり始め、陰陽術の発動の準備をし始める。柚月が誘導した後、五芒星の結界を発動して、妖を捕らえることになったのであった。
作戦は見事成功したようであった。
「本当に、陰陽術が効果的だったな」
陰陽術を発動された妖は、絶叫を上げて、もがいていた。
柚月は、真月を構える。
妖が、暴れまわり、今にも結界が破壊されそうであった。
――ありがとう……。
柚月は、心の中で晁達にお礼を言う。
命がけで調査し、犠牲になりながらも情報を残してくれた晁達に対して。
「おおおおおおっ!」
雄たけびを上げながら、柚月は、真月の技・真月輝浄を発動する。
刀身から光の刀が伸び、妖を貫く。さらに、光の刃で妖を切り裂いた。
真月に貫かれ、胴体を真っ二つに引き裂かれた妖は、倒れ、消滅する。
妖が完全に消滅し、討伐されたことを察した九十九は柚月と目を合わせうなずく。
これも合図の一つだ。妖が討伐できたという合図であった。
九十九の合図で柚月は妖を討伐できたのだと気付いたのであった。
「……討伐、成功だ!」
柚月がそう叫ぶと、一斉に、喜びの声が響き渡る。
手を取りあう人々、抱き合う人々もいるようだ。
全員でやり遂げた事、そして、晁達の仇を取れたことは、実に喜ばしいことだ。
しかし、それも一瞬の事であった。
「柚月!」
譲鴛が慌てて柚月の元へ駆け付けた。
「譲鴛、どうした?」
「なぁ、朧様と春風、見なかったか?」
「いや、見てないが……」
春風と朧は、譲鴛達と合流してもらう予定だった。
だが、譲鴛の様子からして、二人は合流できていないようであった。
「まさか、そっちに来てないのか?」
「……」
柚月の問いに譲鴛は黙ってしまう。
彼の様子で確信してしまった。二人の行方がわからなくなってしまったことに。
「朧!春風!」
柚月は焦りを感じた。朧と春風の身に危険が迫っているのではないかと不安に駆られて……。
作戦が成功したころ、朧は走るが、柚月達を見つけることができていなかった。
「なんとか、治まったけど……。どこに行けばいいんだろう」
咳は収まったのだが、春風とはぐれてしまった朧。
彼の行方を探しているのだが、暗くてあたりがよく見えなかった。
「陰陽術でならわかるけど、今は作戦中だし……」
朧はいくつかの陰陽術を月読から教わっている。
そのため、柚月達を探すことは簡単なことであるが、作戦が終わったことに気付いていない朧は陰陽術を発動することをためらってしまう。
妖に気付かれる場合も考えて、陰陽術は発動できない。
朧は、どうするべきか悩んでいた。
その時だった。
ガサガサと物音が聞こえたのは。
「!」
物音が聞こえ、朧は驚愕するが、すぐに構える。
あの妖が近くにいるのかもしれない。もしかしたら別の妖もありうる。
朧は、いつでも、戦えるように、冷静に構えていた。
だが、草むらから出てきたのは、怪我を負った奈鬼であった。
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