第六十二話 休息の夜
柚子達は、任務を遂行し、さらわれた女性達を救出した。
凛も牡丹の元へ帰ることができ、牡丹も凛も嬉しそうだ。
これで事件も無事に解決した。
華押街へ戻ってきた柚子も、女装をやめ、ようやく、ようやく柚月へと戻ることができた。こうして、柚月の災難は終わりを告げようとしていた。やっとのことで……。
柚月達は、牡丹のお店で一夜を明かすこととなった。
特に柚月は疲れ果てたように眠りについていた。
次の日、柚月達は聖印京に戻る予定であったが、牡丹に引き留められた。
矢代から連絡があったらしい。一日、ゆっくりさせてあげてほしいと。これも、矢代の気づかいなのであろう。
そう思いたいのだが、透馬はなぜか怯えている。何か、裏があると思っているのだろうか。
柚月達は、考え過ぎだと言うが、透馬は恐怖に怯えていた。
といっても、柚月達と同じように華押街を見て周り、観光していたが……。
一日中、観光していた柚月達は、再び牡丹の屋敷へ戻り、夕飯を共にした。
夕飯は、牡丹の手料理だ。腕によりをかけて作った料理はとても、豪華だ。食欲がそそるほどの。九十九は、出された料理を見た途端、目を輝かせていた。
柚月達もごちそうになったが、その味は絶品だ。今までで一番、美味しいと思える料理であった。
「うめぇな。ここの料理は」
「今日は、遠慮せんとたくさん食べてや」
「ありがとうございます。ですが、いいんですか?」
「何がや?」
「私達、ここに泊まらせてもらっても」
夏乃は、心配していた。
この二日間、牡丹に世話になっている。任務があったとはいえ、大勢の人間が泊まってもいいのだろうか、甘えてもいいのだろうかと思っているのだが、牡丹の負担になっていないだろうかと。
だが、そんな心配を消すかのように牡丹は優しく答えた。
「ええんよ。凛も無事に帰ってきたし。ほんま感謝してるんや」
牡丹は感謝している。
自分の娘のように思っている凛が自分の元に。そして、華押街の女性達が、街に戻ってきたことに。
これも柚月達のおかげだと。彼らがいなければ、もしかしたら自分も同じ目にあっていたのかもしれない。そう思うと背筋に悪寒が走る。
正直、礼を尽くし足りないくらいだ。
実は、柚月達に一日休まさせてほしいと矢代に頼んだのは牡丹だった。賑やかな華押街を観光してほしいと思ったのもあるが、少しでも戦いを忘れて休んでほしかったからだった。
「せやから、遠慮せんでええんよ」
「ありがとうございます」
牡丹の優しさに触れた夏乃は、遠慮なく甘えさせてもらうことにした。
牡丹も微笑んで、食事を楽しんだ。
凛は、柚月達にお茶を差し出した。
「柚月さん、どうぞ」
「ありがとう」
柚月は、微笑む。その笑顔はとても美しいことだろう。
凛は、柚月を凝視することができなくなり、顔を赤らめて、移動し始めた。
どうしたのかと柚月は、疑問に思ったが、答えが出てこない。
二人のやり取りを見ていた綾姫と透馬は、なぜか機嫌が悪くなってしまった。彼らに気付いた柚月は、驚いたように戸惑っていた。
「ど、どうしたんだ?綾姫」
「別に?柚月って誰からも好かれるんだなと思って」
「そうそう、うらやましいよなー」
「って、透馬までなんだ?」
なぜ、二人は機嫌が悪くなってしまったんだと疑問に思う柚月。
実は、今朝、透馬は意を決して凛に告白していた。綾姫達は、彼の告白の結末を見守っていた。疲れ果てて寝込んでいる柚月を除いて。
だが、結果は、惨敗。
なぜなら、凛は柚月に惚れてしまったからだ。美しくも強い柚月に。
柚月は聖印一族であるため、凛は、自分の気持ちを告げることはない。彼は遠い憧れの存在だからと。
切なくも美しい凛の想いを知った透馬は、身を引くが内心、柚月に嫉妬していた。
そして、綾姫も、凛からも好かれる柚月に対して、やきもちを焼いたのであった。
「兄さん、気付いてないんですかね?凛さんは、兄さんの事……」
「たぶんね~。柚月君って、こう言うことには鈍いからね~」
実は、柚月は超がつくほど鈍感男なのだ。
朧達でも気付くことでも、柚月は全く気付かない。そのため、凛の気持ちも、綾姫と透馬がなぜ機嫌が悪いのかも全くわからない。
何とも哀れな男であろう。
二人に睨まれ、柚月はタジタジになるのであった。
だが、そんな不穏な空気を変えたのは牡丹であった。
「あ、そや。皆に渡さなあかんもんがあったんや。凛、あれ、とってきてくれんか?」
「はい!お姉様!」
牡丹に頼まれた凛は、元気よくうなずき、嬉しそうに立ち上がり、歩きだす。
再び牡丹の元へ働けると思うと凛にとってはうれしいことなのだろう。
凛は再び、牡丹のところへ戻ってきた。大きな箱を抱えて。
「持って参りました」
「おおきに」
凛から箱を受け取った牡丹は蓋を開ける。
箱の中は豪華な品物らしきものが入っていた。
「こ、これは……」
「あてと凛からのお礼や」
その豪華な品物らしきものは、牡丹と凛からのお礼であった。女性達を救ってくれたお礼の。
牡丹は、男性陣には宝石で作られた腕輪、女性陣には髪飾りを渡した。
綾姫がもらった髪飾りは、牡丹が綾姫に似合うと言ってみせてくれたあの綺麗な髪飾りであった。
「これ、あの時の……」
「そや。お姫さんにおうた時、絶対渡そうと思ってたんや」
「……私は、冗談だったんですが」
綾姫は戸惑っていた。
なぜなら、任務の報酬でと言うのは冗談だからだ。
しかし、牡丹は初めから綾姫に渡すつもりでいた。
「あない危険な任務頼んどいで、何もせんわけにはいかんやろ?もろうてくれんか?」
「……大事に使わせていただきます」
「おおきに」
牡丹は微笑み、柚月達も微笑んでいた。
牡丹の気持ちを汲み取り、受け取ろうと。
だが、九十九だけは、紅の腕輪をじっと見ていた。
夜になり、柚月達は眠りについた。
だが、九十九だけは眠れなかった。なぜ、眠れないのかは自分でもよくわかっていない。
九十九は、庭から夜空を眺めていた。
夜空は星が瞬き、月が九十九と紅の腕輪を照らしていた。
そんな時だった。
牡丹が、九十九の元に来たのは。彼女に気付いた九十九は牡丹を見上げた。
「眠れんのか?」
「まぁな。色々あったしな」
「隣、ええか?」
「おう」
牡丹は、九十九の隣に座る。
すると、牡丹は、九十九にあるものを差し出した。
それは、お酒であった。紅の徳利と二つのお猪口が置かれた。
「これ、どうや?」
「酒か。いいのか?飲んでも」
「ええよ。飲めそうなんは、あんたしかおらんみたいやし」
「遠慮なくいただくぜ」
牡丹は、静かにお猪口に注ぐ。
注がれたお酒を九十九は口に運んだ。
牡丹もお酒を口に運び、飲みほした。
静かな夜の時を過ごす二人。
だが、九十九は、牡丹にどうしても聞きたいことがあった。
それは、夕食の時にもらった紅の腕輪だ。本来、赤い腕輪をつける男性はめったにいない。
だが、なぜか牡丹はあえて九十九に紅の腕輪を渡した。血に染まったような紅ではなく牡丹のような紅の腕輪を。
九十九は紅の色を好んでいる。最初は血の色を好む傾向にあったが、今は椿のような色を好んでいる。
だが、それを知っているものはたった一人だ。
だからこそ、尋ねてみたくなったのだ。なぜ、紅の腕輪を渡したのか。
「これを、なんで、俺に?」
「……あんたには、これがあうと思うてな。駄目やったか?」
「いや。ちょっと、気になることがあってな」
「話したらええよ。何でも答えるから」
牡丹は母のように優しく話しかける。
九十九は一瞬戸惑ったが、今は柚月達は眠りについている。誰にも聞かれないのであれば、話してもいいだろうと判断した。
「……俺の事、知ってるのか?」
「知ってるよ。ある人に聞いとったんや。あんたの事は」
「そうか。お前、あいつと知り合いなのか?」
九十九の問いに牡丹は少しためらう。
いや、その表情は悲しそうな顔だ。
それでも牡丹は、答えることを拒否しなかった。
「そやね」
「……全部か?」
「そうや」
「なら、なぜ……」
全部知っているということは、自分が何をしてきたかも牡丹はわかっているようだ。
九十九は疑問ばかり浮かんだ。どう考えても答えは出てこない。
それ以上は深くは、聞かないが、牡丹は何を聞きたいかがわかった。
だからこそ、何を尋ねたかったのかは聞かずに、答えた。
九十九が知りたい答えを……。
「……感謝してるんや、あんたには」
「え?」
「なんでって顔してるな。でも、言わん。秘密や」
「……」
それ以上は答える気はないらしい。
九十九も尋ねることはしなかった。知りたいが、尋ねても牡丹は答えようとはしないだろう。
それに、誰にだって秘密はある。牡丹にも九十九にも。
九十九は、黙ってお酒を飲もうとするがすでにお酒はからであった。
「お酒、つごか?」
「おう」
九十九はうなずいて、お猪口を牡丹に差し出す。
牡丹は、お猪口にお酒を注ぐ。
九十九はそのお酒を静かに飲み干した。
こうして、休息の夜は静かに、終わろうとしていた。
早朝の時、柚月達は、聖印京へ帰ることとなった。
牡丹と凛が、街の入り口まで見送りに来てくれた。
「お世話になりました」
「こっちこそ、世話になったなぁ。また、遊びに来てや」
牡丹は、微笑み返すが、凛は、浮かない顔をしている。
自分が思いを寄せている柚月が遠くへ行ってしまうように思えるからであろう。おそらく、再び会える日はずっと先だ。もしかしたら、もう会えないかもしれない。そう思ったら、本当は、ずっといて欲しい。そう願うのだが、その願いは叶いそうにない。
柚月への想いをあふれそうになるのを抑えて、凛は、柚月の元へ駆け寄った。
「柚月さん、任務頑張ってくださいね」
凛は、柚月に微笑む。
精一杯の笑顔だ。これは、彼女ができる最良なのだろう。
「ああ、ありがとう」
柚月も微笑むがやっぱり気付いていない。何とも罪な男であろうか。
だが、柚月はさらに気付いていなかった。嫉妬を燃やす透馬とやきもちを焼いている綾姫達の事を。
綾姫と透馬は一瞬、機嫌が悪くなるが、もはや、怒る気も失せているようだ。
二人は、仕方がないと考え、ため息をついていた。
そんな二人の気持ちを柚月は知る由もない。
「では」
「さいなら」
柚月達は、振り返り聖印京へ戻る。
その背中はとてもたくましく、頼もしく思える。
彼らは再び戦乱の世へと舞い戻るのであろう。
だが、柚月達なら、長きにわたる戦いを終わらせられるかもしれない。
牡丹は淡い期待を抱いているのであった。
そして、なぜだかわからないが、柚月と朧の背中を見守るように見つめていた。
「ほんま、強い子らやね。椿と同じで」
牡丹は、彼らを息子が旅立つようにいつまでも見送っていたのであった。
そのころ、矢代は、銀月を一から作り直していた。
そして、ようやく、銀月を完成させることに成功した。
「完成したよ。ようやくね」
完成した銀月を矢代は畳の上に置く。
銀月は、前よりも一層輝きを増しているように見えた。
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