第六十一話 黒柚月、誕生

 柚子と九十九は、本性を現した百足型のおかまの妖と激戦を繰り広げていた。

 すぐに、倒せるかと思っていた柚子と九十九であったが、おかまの妖は、予想以上に皮膚が固く。強い。思いのほか苦戦を強いられていた。

 二人は傷を負うことなく、攻撃をかわせてはいるものの次第に追い詰められてしまう。

 それも、そのはずだ。狭い塔の中で、巨大な百足となったおかまの妖との戦いは、二人にとっては不利だ。その上、柚子は、短刀を扱ったことはあまりない。さらに、女装しているため、柚子は、動きにくくて仕方がなかった。

 戦いは激しさを増すばかりであった。


「意外と強いな。このおかま野郎」


「ま、部下を従えてたからな。当然だろ」


「弱点とかないのか、九十九!」


「知らねぇ。だって、関わりたくなかったし」


「……」


 九十九は、おかまの妖に求婚を迫られたときがあった。そのため、九十九は、おかまの妖となるべく関わらないようにと避けてきた。

 弱点くらい知っておけばよかったと後悔するのだが、それも仕方なしと強引に考えたのであった。


「こんな奴、なんとかできんだろ?戦ってりゃあ、弱点も見つかるんじゃね?」


「そんな悠長なことを言ってる場合か!」


 柚子が、突っ込みを入れているうちに、待ちくたびれたおかまの妖が、尻尾を振り回す。

 あの方い尻尾が柚子に当たり、吹き飛ばされ、壁に激突した。


「柚月!」


「くっ……」


 おかまの攻撃をまともに受けた柚子は、体中あざだらけとなってしまう。

 まさに最悪の状況と言っていいだろう。

 九十九は、柚子を救出しに向かおうとしたが、おかまの妖がそれを阻んでしまう。

 九十九は、おかまの妖と戦うしかできず、柚子の元へ向かうことができなかった。


――最悪だ。女装する羽目になるし、生気奪われそうになるし、接吻されかけるし、しかも、動きにくいから戦いにくいし。全部、全部……


 柚子にとって最悪な一日であっただろう。

 まさか、誰が女装をすると思ったであろうか。なぜ、こんな目に合わなければならないのか。

 そう思うと怒りが収まらない。抑え切れるはずがなかった。


――このおかま野郎のせいで!


 事の発端は、おかまの妖が女性をさらっていったからだ。そんなことが起きなければ、何事も平和だったはずだ。そうあのおかまの妖がいなければ……。

 そう思うと柚子は、怒りを通り越して、殺意が湧き始めた。

 九十九はおかまの妖と一人で戦うが、刀が皮膚を通らない。

 その上、柚子を守りながら、戦っているため、思うように動くことができなかった。


「こいつ、かてぇ……。さすがに俺一人じゃ……」


 九十九はさらに苦戦を強いられ、窮地に陥っていた。

 おかまの妖は、雄たけびを上げて、尻尾を振り回し始めた。

 九十九は、防御の姿勢を取り、傷を最小限に抑えようと試みた。

 その時だった。光の刃が、尻尾をとらえ、切り裂いたのは。


「!」


 九十九もおかまの妖も驚愕する。

 彼らの間に柚子が割って入り、おかまの妖の尻尾をいとも簡単に切り裂いた。

 あの固い皮膚をどうやって切り裂いたのか、いったい何が起きたというのであろうか。九十九もおかまの妖も状況を把握できなかった。

 だが、九十九は柚子が持っている天月の状態に気付いた。

 短刀であるはずの天月が、光を纏い、刀身が伸びている。それこそが、天月の技・天月光刀だ。

 さらに、柚子は、自身の聖印能力・異能・光刀を発動する。

 おかまの妖は、柚子に襲い掛かるが、柚子は、おかまの妖の皮膚を切り裂く。

 異能・光刀と天月の天月光刀が融合しているのであろう。矢代の言っていた通り、相性は抜群のようだ。


「すげぇ」


 これには、九十九も驚いているようだ。

 柚子は、さらにおかまの妖を追い詰める。もはや、おかまの妖は抵抗する力も、逃げる力も残っていないようだ。

 身動きの取れなくなったおかまの妖に対して、柚子は構えた。


「これで……終わりだ!」


 柚子は、さらに光刀で刀身を伸ばして、おかまの妖を貫いた。


「ぎゃああああっ!」


 おかまの妖は悲鳴を上げ、ぐったりと倒れ、その場で動かなくなった。


「おお、やるじゃねぇか」


 天月を完全に使いこなした柚子に対して、九十九は感心する。

 だが、柚子は九十九の言葉に反応せず、背中を向けているだけであった。

 すると、倒したはずのおかまの妖が、動き始めた。

 だが、弱っているため起きることすら不可能のようだ。


「ち、きしょう……。もう少しで、俺の野望が……」


 光刀で貫かれてもおかまの妖は未だ意識があるようだ。

 なんと頑丈であろう。生命力が強いようだ。

 といっても、おかまの妖は弱っている。止めを刺すのは今のうちだった。


「あとは、任せな!俺が、こいつを仕留めて……」


 九十九がおかまの妖を仕留めようと、向かっていくが、柚子はなぜか、九十九の襟をつかみ、投げ飛ばした。


「おわっ!」


 投げ飛ばされた九十九は、地面に倒れ込んだ。

 思いっきり、地面にたたきつけられた九十九は起き上がり、頭を押さえて立ち上がった。


「お、おい!何しやが……」


 九十九は、柚子に怒りを覚えるが、柚子はものすごい形相で九十九をにらむ。これには九十九も、恐怖を覚えたらしく、珍しく硬直してしまい、何も言えなかった。

 柚子は、黙っておかまの妖に迫る。その静けさは恐怖を物語っているようだ。

 おかまの妖の元にたどり着いた柚子は、思いっきりおかまの妖を踏みつけた。


「ひっ!」


 恐怖のあまりおかまの妖は悲鳴を上げる。

 抵抗も逃げることもできないおかまの妖は、ただ踏みつけられるがままであった。

 柚子は、黙っておかまの妖を見下ろす。

 その顔は、まさしく鬼のようであった。


「ゆ、柚子?」


「柚子じゃない。柚月だ」


「ど、どうした?」


 九十九は気付く。今の柚子は、いつもの柚子ではない。柚子の全身から黒い何かを放っているように感じる。妖気ではない、別の何か。正体は不明だが、それは、誰もが恐怖するような何かであることはわかった。そのため九十九も動揺を隠せずにいた。


「俺が、ひどい目に合ったのは、全部こいつのせいだ。こいつが、女性をさらわなければ、俺は、女装とかしなくて済んだんだ。こいつだけは、俺が仕留める!徹底的にな」


 柚子の怒りは、頂点に達している。いや、怒りから殺意に切り替わったと言っても過言ではないだろう。

 これでは九十九でさえ止めることは到底できそうにない。いや、したら確実に巻き込まれるであろう。

 柚子の殺意を感じたおかまの妖は血の気が引いたようだ。

 恐怖におびえ、体を震わせていた。


「ま、待て……。は、話を……」


「問答無用!成敗!」


 柚子は感情のままにおかまの妖をボコボコ殴りつけた。

 おかまの妖は悲鳴を上げる。九十九は、暴走している柚子を止めることができず、ただただ、見ているしかできなかった。



 その後、ボコボコにされたおかまの妖は、動かなくなり、柚子はそのまま九十九に託した。 

 あとは好きにしろと。

 九十九はうなずくが、自業自得とはいえ、おかまの妖に同情した。

 と言っても、おかまの妖は九十九を見るなり、自分のものにしようとしたのか、起き上がろうとしたため、九十九はおかまの妖を瞬殺した。

 こうして、おかまの妖は消滅したのであった。なんともあっけなく。


――……やっぱ、こいつと関わるとろくなことがねぇ。にしても……。


 九十九は、柚子をちらっと見てみる。柚子は腕を組み、おかまの妖をにらみつけていた。 

 この時、九十九は感じていた柚子は、黒い何かを放っていると。


――……意外と黒い部分もあるんだな。


 こうして、黒柚月が誕生した瞬間を九十九は見たのであった。


「これで、任務完了だな」


「お、おう。そうだな」


 柚子は天月を鞘に納め、懐にしまった。 

 九十九は、動揺するが、いつもの柚子に戻ったように思えた。

 内心、殺されずに済むと安心した九十九なのであった。


「戻るぞ」


 柚子は、振り向くが、足がもつれてしまい、後ろに倒れかけていた。


「あっ!」


「柚月!」


 九十九が手を伸ばし、間一髪で柚子を抱きかかえた。

 その体制はまるで、恋人に抱きかかえられているようであった。

 九十九は安心したのか、息を吐いた。


「あっぶねぇ。少しは、気をつけろよ」


「仕方がないだろ。こんな格好をさせられてるんだ。動きにくいんだよ」


 柚子は、突っ込みながらも、なぜか照れている。

 なぜ、柚子が照れているのか九十九は疑問に思えた。

 だが、その理由も、すぐに柚子の口から出てきたのであった。


「けど、助かった。ありがとうな」


「お、おう……」


 柚子が微笑む。その顔は、まるで美しい女性のように見える。

 微笑む柚子と目が合った九十九はなぜか顔を赤らめて、目を背けてしまう。


――やべ、男なのにきれいとか思っちまった。殺されるところだったぜ。


「そ、そろそろ、体制がきついんだが……」


「おお、すまねぇ!」


 柚子に言われ、九十九は柚子を起こして、抱きしめる。

 その時であった。

 まさに、柚子が止めを刺されたような衝撃な出来事が起こったのは……。


「柚月、大丈夫か!」


 ようやく、大量の妖が消滅したため、景時と透馬が柚子たちの元へ駆け付ける。

 だが、駆け付けた時、衝撃の光景を目の当たりにする。

 なんと、九十九が柚子を抱きしめている。そう、まるで恋人たちのように……。 

 

「「あ」」


 柚子と九十九は、声をそろえる。

 何とも言い難い空気が流れ、沈黙が続いた。

 景時と透馬が、二人のことを誤解し始めた瞬間であった。


「あ、ごめーん。邪魔しちゃった」


「ちがーう!」


 景時と透馬は、二人の仲を邪魔したと思い、去ろうとする。

 柚子は、九十九から離れ、叫び、全否定する。

 だが、九十九は黙ったままであった。

 景時と透馬は、立ち止まることなく歩き始めたため、誤解を解くために柚子は、二人を追いかけた。


「まさか、二人がね~。そういう関係だったとはね~」


「おいおい、待て待て。どうしてそうなるんだよ!誰がこんな奴と!」


「俺だって冗談じゃない!そういう趣味があるはずがないだろ!」


「え~、実は隠してたんじゃないの?」


「黙れ!」


 柚子の叫び声が、塔内に響き渡る。

 さらに、ぎゃあぎゃあとわめく柚子たちの声が、外にまで響き渡り、朧達は何が起こったのかとあきれていたのであった。

 柚子達が塔から出た後、柚子と九十九が抱き合っている場面を透馬達から告げられ、朧はなぜか喜び、綾姫達が引いたのは言うまでもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る