第六十三話 天城家の姉妹

 柚月達は、聖印京に戻ってきた。

 たった二日間、都を離れただけだというのに懐かしく感じる。華押街の賑やかさも良かったが、やはり、故郷というものは居心地がいい。

 見慣れた風景を眺めながら歩いていると、いつの間にやら天城家の屋敷にたどり着いていたようだ。

 屋敷の前には、なぜか矢代が仁王立ちして待ち構えていた。

 彼女を見るなり、透馬はいつものごとく体が震え始めた。


「おおっ。戻ってきたみたいだねぇ」


「た、ただいま帰りました。矢代様」


 矢代は一歩一歩透馬に近づいていく。

 何かされるわけではないはずだが、透馬はびくびくと怯えている。何に怯えているのだろうか。

 透馬の眼の前に立った矢代は、半ば透馬の頭を鷲頭髪にした。

 その時点で、透馬の体は硬直している。この世の終わりと思っているようだ。


「事件を解決してきたみたいだね。上出来だよ、透馬」


「は、はい!」


 よくよく考えてみれば、透馬は事件を解決した。何も恐れることなどあるはずがない。

 立派に任務を遂行した息子に対して矢代は褒めているのだ。

 だが、透馬の震えは収まらない。

 透馬は知っているからだ。褒められた後に何かが待っていると。その何かはわからないが、透馬にとって良くないことばかり起きている。

 今回も、何か良くないことが起きると推測しているのだろう。

 あるはずないが。


「さ、入りな。あたしの最高傑作見せてあげるよ」


 矢代に招かれ、柚月達は屋敷へと入った。



 矢代は、柚月達を座らせ、あるものを見せた。

 それは、矢代が昨夜完成させたあの銀月だ。

 

「これが、あたしの最高傑作だ。持ってみな」


 柚月は目の前に出された刀を手に取る。

 ずっしりと重さを感じるが、その重みは手になじむような感触がする。

 柚月は、しっと鞘を抜いた。鞘から白銀の刀身が目に映る。

 銀月は前よりも美しく見える。

 柚月達は、あっけにとられたように見つめていた。

 よく見ると、前の銀月とは違う。照らされた刀身は粒のように光を放っている。その輝きはより一層増しているようだ。

 白銀の宝刀・銀月は新たに生まれ変わったと言っても過言ではないだろう。


「すごい……」


「だろう?銀月の性能と天月の性能を掛け合わせたのさ」


「あの、天月の性能をですか!?」


「そうだよ。使いやすかっただろ?」


「は、はい」


 なんとこの刀は銀月と柚月が借りていた天月の性能を掛け合わせたという。

 確かに、天月は柚月にとって使いやすかった。異能・光刀との相性は抜群だ。内心、この二つがあれば、もっと強くなれる気がしていたが、まさか、その二つを掛け合わせていたとは夢にも思っていなかったであろう。

 どうやら、矢代は柚月の謎の力を聞かされた時から、銀月と天月を掛け合わせてみたら、性能が高まるのではないかと考えていたらしい。

 これには柚月もあっけにとられていた。

 さすが、天才鍛冶職人だ。


「名は、真月しんげつ。技の名は、真月輝浄しんげつきじょう。光の刃が伸びて、その光の刃を放って敵を浄化することができるのさ。どうだい?」


「……この宝刀から力を感じます。俺の聖印になじんでいる気がして」


「そうだろうね。そうなるように作ったからさ」


「ありがとうございます。使わせいただきます」


 柚月は天月を矢代に返し、真月を手に取り、頭を下げた。

 こうして、柚月は新たな宝刀・真月を手に入れたのであった。



 柚月達は、屋敷を後にし、鳳城家の離れに戻ることとなった。

 矢代が、見送りに外に出た。


「では、失礼します」


「あの石頭にあったらよろしく言っておいてくれ。あと、今回の事は内密に頼むよ」


「は、はい。もちろんです」


 あの任務のことは到底月読には言えない。いや、言いたくない。その理由は、月読を許可をもらわずに、任務を遂行したからではない。

 あんな女装をさせられて、おかまの妖に接吻させられそうになったなど口が裂けても言えない。

 そんなことが都中に知れ渡ったら、都を歩けなくなってしまう。柚月はこの任務のことについては墓場まで持って行くことを決意していた。

 柚月がそう思っている中、足音が聞こえてくる。

 一人ではなく、数人のようだ。

 足音に気付いた朧は振り返った。


「誰か来るみたいですね」


「……とうとう、来ちまったみたいだね」


「え?」


 矢代は何かに気付いたらしく、そう呟く。

 だが、何のことなのか想像がつかない。

 足音はさらに近づき、数人の奉公人が矢代の元を訪れた。

 鳳城家の奉公人だ。誰かに命じられたらしい。彼らを見た柚月達は、誰が命じたのか気付いてしまい、青ざめてしまった。

 それでも、矢代は平然としている。それも、こうなることを予測していたかのように。


「や、矢代様。あの、すみませんが……」


「月読に命じられたんだろ?あたしを南堂に連れてこいって。わかってるさ」


「な、なぜ?」


 まだ、何も言っていないにもかかわらず、矢代は言い当ててしまう。

 矢代を呼んだのはやはり月読のようだ。

 奉公人は驚いたように目を開け、矢代を見た。


「決まってるじゃないか。あたしの妹なんだから」


 矢代は月読の事を把握しているようだ。やはり、月読の姉だ。

 だが、月読が呼んだということは自分達が華押街へ赴き、妖を討伐したことに気付いているのだろう。

 柚月達も、月読の許可なしで勝手に任務を遂行しては掟にそむくことだということは承知している。

 と言っても、妖関連ならば、行くべきだと決めていた柚月達は後悔していない。

 もう、こうなれば、白状するしかないのであろう。もちろん、女装の事は絶対に言わないが。

 柚月は、腹をくくった。


「矢代様、俺も……」


「……今回、呼ばれてるのは、あたしだけかい?」


 柚月は自分も行くと志願するのを遮るかのように矢代は、奉公人に尋ねた。

 まるで、柚月達を行かせないようにするために。


「は、はい。そうですが……」


「そうかい、ならいいよ。さ、あんたらは帰った帰った」


 呼ばれているのが、自分だけだとわかると矢代は、手の甲を振って、柚月達に帰るよう促す。

 だが、帰るわけにはいかない。確かに、矢代には頼まれたが、決めるのは自分達の意志なのだから。


「ですが、矢代様」


「来なくていい。これはあたしの問題だからね。そこまで巻き込むつもりはないよ。来ると言うなら真月は没収だよ」


「……」


 矢代の意思は固い。柚月達を行かせるつもりはない。たとえ、月読の命であってもだ。そのため、自分の言うことを聞かないというのであれば、真月を没収するという最終手段に出た。

 矛盾した脅しであっても、柚月は抵抗できない。宝刀がなければ、聖印能力があったとしても、妖には勝てないのだから。もはや従うしかない。

 柚月は悔しさをにじませ、矢代の言うことを聞くしかなく、ただ黙っていた。


「ほら、帰りな。ゆっくり休まないとね」


「はい」


 柚月はうなずくことしかできなかった。



 柚月達と奉公人達を強引に帰らせた矢代は、一人で南堂に向かい、たどり着いた。

 月読に会うのは、五年ぶりだ。九十九が朧に憑依した時のことだった。彼女も何も知らされていないが、朧の様子をうかがった時に知った。そして、月読にかまをかけ、真実を知ったのだ。

 その時以来だ、月読と謁見するのは。彼の存在が柚月に知られた時は、柚月の支援を透馬に任せたいと懇願するため、月読と文でやり取りをした。

 だが、あの石頭を説得するのは容易ではない。何度も文でやり取りをした。譲らなかった二人であったが、ようやく月読が折れ、透馬に九十九の存在を教えたのだ。

 月読とは仲が悪いわけではないが、仲がいいわけでもない。微妙な関係と言ったほうがいいだろう。

 矢代は、息を吐き、堂々と南堂へ入った。


「邪魔するよ」


「ここは屋敷ではないぞ、矢代」


「姉を呼び捨てかい」


 呼び捨てにされた矢代は、苦笑する。

 冷酷な月読は、矢代をにらんでいた。


「で、話ってのはなんだい?石頭」


「……柚月達のことだ」


「やっぱりね」


 矢代が呼ばれたのは柚月達の事のようだ。予測していたが読みは当たってしまった。


「なぜ、勝手に行かせた?しかも、あの女の所に」


「やっぱり、気付いてたのかい」


「柚月達が華押街へ観光しに行ったなど、あり得ないからな。何か、させたのであろう?」


 柚月達が二日間、遠出した理由を矢代は観光だと強引に言い訳をしたが、月読に通じるわけがない。こうなることはわかっていた。

 だが、それでいいと矢代は思っていたのだ。

 そうでなければ、こうして月読と話す機会はない。月読の考えを改めさせなければならないと考えていたからであった。


「……その通りさ。妖がかかわってる可能性があったからね」


「……なぜ、伝えなかった。妖関連であるならこちらに伝えるべきであろう」


「伝えても無意味だと思ったからさ。あんたは、牡丹の事を快く思ってないからね」


「……」


 月読と牡丹には深い因縁がある。それを矢代は知っている。

 牡丹が依頼をした所で、月読が動くはずがないとわかっていた。本来、私情をはさむものではないが、月読の事を考えると、討伐隊を派遣するとは思っていないだろう。

 そのため、極秘任務と称して柚月達を華押街へ派遣し、事件を解決させたのであった。


「牡丹の依頼だと知ったら、あんたは討伐隊を派遣するなんてことはしなかったはずだ。だから、あの子達に頼んだのさ。そうだろう?」


「……」


 矢代は、月読を問い詰める。月読は黙ったままだ。

 あの冷酷な月読が言い返せないということは、相当だ。

 さすがは、姉であった。


「読みは当たってるみたいだね」


「……今回の事は不問とする。以後、気をつけるように」


「あんたの考えが変わったらね」


 矢代は、そう言って、堂々と南堂を出た。

 月読は怖い顔をしたまま黙っていた。



 南堂を出た矢代は大きく背伸びをした。


「あー、つっかれた!あの石頭、どうにかならいのか?」


 矢代は大きな声で堂々と叫ぶ。月読に聞こえているであろうが、全く気にしない。むしろ、月読に聞いてもらうために言っているようなものだ。

 と言っても、月読の考えを改めさせるのは至難の業のようだ。

 まだ、時間がかかりそうだと、内心、嘆いていた。


「あそこにでも行くか……」



 その日の夜、矢代は屋敷へ戻らずに、ある場所に来ていた。

 矢代がたどり着いたのは、華押街の骨董品屋・椿。牡丹の屋敷であった。


「いらっしゃい。矢代はん、待っとったよ」


 牡丹は、矢代が来ると予測していたように告げて、牡丹を迎え入れた。


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