第五十八話 男か女か?
――うわぁ。初めて見たおかまって奴を。しかも、妖だし……。
おかまの妖を目の当たりにした柚子は、引いていた。
しかも、見た目はおじさんだ。美形とは程遠く……。
おかまの妖はじろじろと柚子の顔を覗くように見ていた。
「本当、すっごい美人ね。むかつくわ」
――そりゃあ、こっちの台詞だよ!しかも、気しょく悪っ!
正直、このおかまの妖の言動に吐き気がした柚子であった。
このおかまのせいで女装する羽目になったと思うと腹立たしくて仕方がない。
しかし、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。奴らの目的を知らなければらないのだから。
柚子は、状況を確認するように見回す。
すると、おかまの妖は腰に鍵をぶら下げているのが見えた。
――鍵を持ってるのは、こいつか。なら、隙を狙えば……。
鍵を手にして逃げれば、地下にいる彼女たちをこの塔から……いや、このおかまから逃がすことができるはず。
隙を狙って鍵を奪うことを決めた柚子なのであったが、おかまは、柚子を見るとにやりと笑みを浮かべていた。
「まぁ、いいわ。この子の生気。いっただきまーす!」
――何っ!
生気を吸われると聞いた途端、柚子の顔は青ざめた。
それと同時に彼女達がぐったりと倒れて眠っている理由はこれにあったと気付いたのであった。
このまま生気を吸われてなるものか。しかもこんな奴に吸われるなんて屈辱もいいところだ。なんとしてでも、逃げなければと柚子は、抵抗するが、妖に取り押さえられてしまう。
おかまの妖は、容赦なく柚子の生気を吸い始めた。
――くっ、力が……。
柚子は、苦悶の表情を浮かべる。徐々に、力を吸い取られてしまっているようだ。
抵抗したいが、妖達ががっしりとつかんで放さない。
このままでは生気を吸い取られてしまう。
窮地に陥った柚子であったが、おかまの妖はなぜか生気を吸い取るのをやめてしまった。
これには柚子も妖達も驚いたようだ。
一体どうしたというのだろうか……。
「ね、姉さん、どうされましたか?」
「こ、この子……」
おかまの妖は柚子の顔を見てわなわなと体を震わせる。
怯えているわけではなく、怒りを露わにしているようだった。
「男じゃない!」
「何!?」
柚子を男と見抜いたおかまの妖。
他の妖達も驚愕して柚子の顔をまじまじと見た。
妖達は、口々に、「信じられん」「どう見ても女だろ?」「こんな美人な男がいるのか?」と禁句の言葉を柚子に向けて連発していた。
その言葉を聞くたびに、柚子の怒りは募るばかりだ。
おそらく、九十九達と合流したらこの妖達は柚子の手によって殺されるだろう。徹底的に。
「しかも、聖印一族よ!あらやだ。あたしの嫌いな人間よ!」
「ちっ。ばれたか。仕方がないな」
柚子は怒りに任せて妖達の手を振り払い、立ち上がった。
「俺は、聖印寮・特殊部隊の鳳城柚月だ!」
柚子の本名を聞いた妖達は騒めき始める。
なぜ、聖印一族が女装をしているのだと。
次々と耳に入ってくる言葉を柚子は遮るように、おかまの妖に問いただした。
「お前の目的は何だ!」
「あたしの目的?そりゃあ、決まってるじゃない。美しい女性の生気を吸って、美しくなるためよ!」
「……は?」
目的を聞かされた柚子はきょとんとする。
今日一番突飛な言葉を聞かされたからであろう。
この妖と戦う気力も失せ、ただ呆然と立ち尽くしてしまっていた。
「あたしは美しくなりたいの。妖の中で、一番美人になりたいのよ。そのためには、生気を吸い取らないといけないのよ。邪魔しないで頂戴」
――くっだらねぇー!
なんともしょうもない理由なのであろうか。
こんな理由の為に、自分は女装をして、捕らえられ、生気を吸われかけたというのか。
災難にもほどがあるだろう。
柚子は怒りを通り越してあきれ返っていた。
こんな妖に生気を吸われるくらいなら、天鬼や四天王達に殺されたほうがましだと思うくらいに。
もちろん、言うはずはないが。
「まったく、美人だって言うから楽しみにしてたのに。男だったなんて、しかも、聖印持ちだし。なんであたしより美しいのよ。男のくせに女々しいわね!」
「女々しい」と言う単語を耳にした柚子は、顔を引きつらせる。
そして、怒りを露わにするかの如く体をわなわなと震わせていた。殺気を宿して……。
「俺だって……」
「え?何?はっきり言いなさいよ。これだから女々しい奴は……」
小声でつぶやいた柚子であったが、おかまの妖は耳がいいらしい。
おかまの妖はさらに禁句を柚子にぶつけ、柚子はついに耐え切れなくなり、怒りを露わにした。
「俺だって、隙でこんな格好してるわけじゃない!それに女々しいって言うな!」
柚子は怒り任せに、暴れ始めて、妖達を吹き飛ばし、おかまの妖に蹴りを入れて、吹き飛ばした。
「いやん!」
色っぽく叫ぶおかまの妖だったが、やっぱり気しょく悪い。
蹴り飛ばしてやりたいが、また叫ばれたら吐き気がしてしまうであろう。
言いたいことは山ほどあったが、そんなことをしている場合ではない。
柚子は、強引におかまの妖から鍵を奪い取った。
その姿もおかまの妖から見れば、美人な女性のように思える。嫉妬するほど。そのため、おかまの妖は柚子に見とれてしまっていた。
「鍵はもらったぞ、おかま野郎」
おかまの妖をにらみつけた柚子は、毒舌を吐いて、その場から逃走した。
「おかま野郎」という言葉を聞いた途端、おかまの妖は目を大きく見開いて、わなわなと体を震わせていた。
「い、言ったわね!あたしのことおかま野郎って言ったわね!」
おかまの妖は怒りをぶつけるように叫ぶ。どうやら、「おかま野郎」は禁句だったらしい。
どこからどう見ても「おかま野郎」なのだが、気にしているのだろう。
女々しいのはこのおかまの妖のように思えるのだが……。
「もう、怒ったわ!あの男の生気を奪ってやるんだから!」
「し、しかし、姉さん。あいつは男……」
「いいのよ!天鬼様の捧げものにしてやるの!ほら、とっつかまえなさい!」
おかまの妖に命じられ、「ひぃ」と怯えるように、柚子を追いかけた妖達。
おかまの妖は怒ると怖いようだ。
怒りを抑えられないおかまの妖は着ていた装束の裾を歯で噛んで引っ張った。「きーっ!」と言いながら。
やはり、このおかまの妖の方が女々しく見える。
「覚えてなさい、鳳城柚月!」
おかまの妖は、立ち上がり、形相の顔を浮かべていた。
取り残された凛は、牢屋で、連れていかれた柚子のみを案じていた。
「柚子さん、行っちゃった……。どうしたら……」
凛は、不安に駆られた。柚子はなかなか戻ってこない。もしかしたら、ぐったりと倒れて眠っている彼女たちのようになってしまうのではないかと。
そして、次は自分がそうなる番ではないかと思うと、恐怖に襲われているような気持ちになる。
だが、凛が助けに行こうとしたところで、妖にかなうはずもない。どうすることもできなかった。
凛は、ただただ柚子の無事を祈るしかなかった。
そんな時であった。
妖の悲鳴が聞こえ、物音が大きくなっていく。
何か、起こっているようであった。
「え?何!?」
悲鳴や物音に気付いた凛は、慌てて、柵まで駆け寄り、覗き込む。
様子をうかがっていた彼女は目を見開き、驚愕していた。なんと柚子が光を纏って妖と戦っている。それも武器なしで。
柚子は、異能・光刀で蹴散らしていった。
宝刀や宝器がなくとも、柚子には切り札がある。今は、聖印の力で妖達に対抗していた。
周辺の妖を倒した柚子は、聖印能力を解き、凛の元へ駆け寄った。
「ゆ、柚子さん!?」
「無事か?凛!」
「え、は、はい……あれ?声……」
「あ、その……。まぁ、いいや。今助けるからな」
「あ、はい!」
柚子の低く野太い男のような声に、凛は違和感を覚える。
柚子も戸惑ってしまうが、今はそんなことをしている場合ではない。
開き直って、鍵で戸を開け、中へ入った。
「皆、起きろ!」
柚子は叫ぶと、その声を聞いた女性達は重たい体を無理に起き上がらせた。
彼女たちの眼の前にいるのは、とても美しい姿の柚子であった。
「今、鍵を開けた。戸の鍵も開けてある。逃げるなら今のうちだ」
「で、でも……」
「大丈夫だ。俺の仲間が、来ているはずだ。とにかく、逃げろ!」
「は、はい!」
柚子に、われ、女性達は、次々と牢を出て、逃げ始める。
凛は呆然と固まっており、勇ましい柚子を見上げていた。
「あ、あの柚子さん……」
「凛、君も逃げるんだ。いいな?」
「あ、はい。ですが、柚子さんは?」
「俺はおとりになって奴らを引き付ける!」
「そんな!危険です!」
「大丈夫だ。俺は聖印一族だから」
「え?」
聖印一族と聞いて凛は、驚いていた。
まさか、目の前にいる柚子が聖印一族の人間だとは思いもよらなかったのであろう。
聖印一族は確かに見たことはあるが、任務で見かけたくらいであり、話したことさえない。彼らは、遠い存在だと思っていた。
だが、その聖印一族が彼女の目の前にいる。
しかも、そこにいたのは、誰よりも美しく、勇ましい女性であった。
「騙しててすまなかった。俺は、お、男なんだ。聖印一族の鳳城柚月だ。聖印寮・特殊部隊の隊長を務めてる。君たちが妖にさらわれたと聞いて、助ける為にここに来たんだ」
「えっと、あの、じょ、女装をして、ですか?」
「え?あ、ああ……そう……なんだ」
凛は、ここでようやく気付いた。
凛の目の前にいる美しい人は、女性ではなく男であることを。
しかも、自分達を助ける為に、わざわざ女装をして。
尋ねられた柚子は、恥じらう。
正直、知られたくなかったのであろう。だが、そうも言っていられない。凛達を妖から逃がさなければならないのだから。
「とにかく、逃げろ。いいな?」
「わ、わかりました!お気をつけて!」
「ああ!」
凛も牢を出て、逃げ始めた。
柚子も牢を出て、階段を駆け上がる。
凛達を逃がすために、おとりになり妖達と戦う決意をした。
階段を駆け上がると、妖達が柚子を待ち構えている。
柚子は、聖印能力を発動し、光の刃を身にまとった。
「来い!」
妖達を挑発するように叫ぶ柚子。
妖達は、一斉に柚子に襲い掛かる。
柚子も妖達の群れへと向かっていった。
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