第五十七話 囚われの柚子

「で、出たな……」


 妖を目の前にして、構える柚月であったが、肝心なことを忘れるところであった。

 今は柚子であるということを……。


「いかんいかん。つい素で言ってしまった」


 ぼそっと呟いた柚子。ついつい男の声で、男言葉で話してしまったのだ。

 ゴホンとわざとらしい咳をし、声を整えるふりをした。

 状況を把握していない妖達は、まったく柚子の状況が理解できずにいた。

 柚子は、息を吐き、女性らしく構えた。一応。


「で、出たわね!」


 なんとか、柚子は、高く可愛い声を出してみた。

 のだが、静まり返った裏路地で響く声は、自分の声ではない気がして、恐ろしさを感じていたのであった。

 恥ずかしさと悲しさが一気に柚子を襲うのであった。むなしいほどに……。


――……何これ。


『女だぁ。しかも、特上だ』


『あのお方もさぞかし喜ばれるだろうな。こんな美人なんだからよ』


 そんな柚子を目の前にしても一切男だということに気付かない妖達。

 しかも、柚子を美人と言ってしまう。妖達は目の前にいる人物がれっきとした男であることも、美人という言葉が禁句であることも当然知らない。

 そのため、柚子が殺意を抱かせていることにも全く気付かないのであった。


――こいつら、殺す!もう、我慢できん!


 柚子は、朧達が来るまで時間を稼ぐつもりであったが、耐え切れず、堪忍袋の緒が切れてしまったため、殺すことにした。

 柚子は、懐から天月を取り出し、構えた。

 妖達も、柚子をとらえるために、構えた。


――覚悟!


 妖達は一気に柚子に襲い掛かるが、柚子は天月との相性がいいらしく、いとも簡単に一匹の妖を切り裂き、妖は消滅した。

 妖が柚子によって消滅させられ、他の妖達は、驚いていた。


『こ、こいつ、強いぞ!何者だ!?』


「な、なんだっていいでしょ!?」


 聖印一族だ!と名乗ることもできない柚子はついつい反論してしまう。

 それすらももどかしく感じていたのであった。


――あー!早く誰か助けに来いよ!


『こ、こうなったら!』


 次なる攻撃に備えるべく柚子は、構えるが、一瞬で妖達が消える。


――なんだ?幻術か?


 あの緋零と同じ幻術を使う妖なのだろうか。

 柚子は、警戒し、あたりを見回す。

 だが、その時だった。


「!」


 柚子は、めまいがしたかと思うと急に瞼を閉じ始め、ふらついた。


――なんだ……。急に眠く……。


 柚子は、意識を保とうとするのだが、耐えられず、意識を手放し、地面に倒れてしまった。天月も手放して……。

 すると、いなくなっていた妖達が姿を現し、柚子の周りに取り囲むように集まった。


『ひひひ。催眠術には耐えられなかったようだな。おい、お前ら!このまま、このねーちゃん連れてくぜ!』


 妖は、柚子を男と気付かずに、あっさりととらえてしまう。

 その直後、朧達が駆け付けるが、柚子は連れ去られてしまった。


「に……姉さん!」


 朧は、柚子を助けようとするが、妖達は柚子と共に逃げるように消え去ってしまった。柚子が持っていた天月を手に取って……。

 これでは、柚子の居場所がわからない。作戦は失敗のように思えた。

 顔が青ざめていく朧。反対に景時はいつもの調子で微笑んでいた。


「あちゃー。あれじゃあ、どこに行ったかもわからないねぇ。柚子ちゃん」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?夏乃、何とかして行方を追うわよ!」


「承知いたしました!」


 綾姫と夏乃は、慌てて柚子の行方を追おうとする。

 当然だ。緊急事態なのだから、面白がっている場合ではない。

 いや、本来なら、面白がってはいけないところなのだが。

 とにかく、二人は柚子を追おうとして、準備を始めた。


「まぁまぁ、待て待て」


 透馬が落ち着いたように二人を制止させた。

 いつになく、透馬は落ち着いている。気持ちが悪いほどに。

 なぜ、あの透馬が落ち着いているのか朧達は全く分からなかった。


「どうしたんだ?透馬。何か策はあるのかよ」


「もちろんだ。俺の陰陽術で居場所を特定してやるぜ」


 九十九の問いに得意げに答える透馬。

 一応、透馬も陰陽術が使える。どうやら、その陰陽術で柚子の居場所がわかるようだ。

 

「柚子の私物とかあるか?」


「う、うん。透馬、それで姉さんの居場所がわかるの?」


「おうよ」


――なら、それで連れ去られた人達見つかったんじゃない?


 柚月が柚子になる必要もなかった可能性が浮上してきた。残念なことに。

 こいつも、もしかしたら馬鹿なのかもしれないとあきれながらも、朧は透馬に柚子の私物を渡した。

 それは、柚子からもらったお下がりの扇だ。朧は大切にしていた。

 これで、柚子の居場所がわかるといいのだがと、心配していた。

 だが、透馬は余裕の表情を見せている。逆にますます心配になってきた。


「見てろよ……。ん?」


「どうしたの?透馬、姉さん、見つからないの?」


「いや、見つかった」


「え?どこ!?」


伯禮塔はくらいとうってことろみたいだけど?どこ?」


 伯禮塔と言う言葉が出てきたが、朧達は黙ってしまう。

 どうやら、誰も、聞いたことがないようだ。

 しかし、黙っていた九十九が思いだしたかのように呟いた。


「え?伯禮塔って?あいつがいるところじゃねぇかよ」


「九十九、何か知ってるの?」


「お、おう」


 朧に尋ねられた九十九だが、歯切れが悪い。

 何やら訳ありのようだ。答えたくないのかそれ以上の事は九十九も話さなかった。

 しかも、顔を引きつらせている。嫌そうに……。


――ああ、そういうことか。だから、女を連れ去りやがったのか。


 九十九はなぜか居場所を聞いた途端、納得してしまった。なぜ、女性がさらわれたのかを……。



「ん……」


 意識を取り戻した柚子は起き上がった。


「どこだ?」


 柚子は周辺を見回すが、見知らぬ場所だ。牢屋のような場所に入れられたようだ。

 薄暗く格子窓もない。おそらく、地下なのだろう。

 さらには、ぐったりと倒れて眠っている女性たちが何人もいる。起きている人間の方が少ないようだ。

 彼女達はここに連れ去られた後、妖達に何かされたのだとわかったのだが、何をされたのか見当もつかない。

 そもそも、なぜ、女性ばかりを連れ去るのかも意味が分からなかった。

 柚子は、立ち上がろうとするが、めまいが残っているようで、頭がふらつき、手で抑えた。

 そんな柚子の様子を見ていた女性は、柚子に寄り添った。


「だ、大丈夫ですか?」


「あ、ああ……え、ええ。貴方も連れてこられたの?」


「そうなんです。夜にお買い物をしていたら……」


 柚子は一瞬、柚月に戻りかけたが、我に返って柚子のままを保つことができた。

 彼女は、何も気付かないようで柚子の問いに返事をしたが、うつむいている。やはり、怖い目に合ったのだろう。


「どうしましょう。牡丹お姉様にご迷惑をおかけしたくなかったのに」


「……ぼ、牡丹お姉様?」


「はい。私、住み込みで働いている者です」


「あー、あなたが、牡丹さんとこの……」


 なんという偶然であろうか。

 まさか、牡丹が心配していたあの住み込みの子にここで会えるとは思ってもみなかったであろう。

 柚子の反応を見た彼女は、牡丹の知り合いだと確信し、柚子に迫ってきた。


「牡丹お姉様を知っているのですか?」


「え、ええ。あなたの事、心配していたのよ。だから、犯人を捕まえに来たのだけど……」


 そう、捕まえに来たのに自分もあっさり捕らえられてしまった。

 しかも時間稼ぎもできず……。

 説明していた柚子であったが、情けなく思えてきて、言葉を詰まらせてしまった。


「お姉様……」


「あなた、お名前は?」


「凛と申します。あなたは?」


「私は柚月……じゃなかった。柚子です」


 またまた、本名を名乗りかけた柚子であったが、我に返り、ちゃんと柚子と名乗ることができた。

 こんな自分にうんざりし、早く事件を解決したいと願うばかりであったが、どうすることもできない。

 焦る気持ちを落ち着かせて、息を吐いた。


「凛さん、彼女達、何をされたのかわかる?眠ってるみたいだけど」


「わかりません。私も、昨日来たばかりだったので……」


「そう……」


「柚子さん、これからどうなるんでしょう……」


「心配いらないわ。凛さん。私の仲間が来てくれるはずだから。それに、私は武器を……」


 柚子は、懐から天月を取り出そうとする。

 のだが……。


――あれ?


 どこをどう探しても天月が見当たらない。

 確かに、天月を握っていたのは、覚えている。意識を手放した時に落としたことを思いだし、顔が青ざめた。


「ど、どうされました?柚子さん」


「ない……」


「え?」


「武器がない……」


 矢代から借りていた大事な大事な天月を落としてしまったのだ。しかも入り組んだ路地裏に。

 天月をなくしたようなものだ。

 完全に、やってしまった。


――嘘だろ!



 天月をなくしたことを柚子はひどく落ち込んだ。

 妖と戦えないと言うことを落ち込んでいるのではない。借りていた天月をなくしてしまい、矢代にどう言い訳すればいいのかと考えていたのだが、いい案が無い。

 このままでは矢代に殺される覚悟を決めるしかなかった柚子であった。


「お、落ち込まないでください。柚子さん。きっと、あなたのお仲間が来てくださいますよ」


「そ、そうよね……」


 落ち込んでいる柚子を凛は励ました。

 逆に励まされてしまった柚子はますます落ち込んだ。

 情けないなぁと……。


「でも、困ったなぁ。まだ、働き始めたばかりなのに。お姉様にご迷惑をおかけしちゃうなんて」


「え?そうだったの?」


「はい。私、両親が妖に殺されて、ひとり身になってしまって。そんな時でした。お姉様が私を引き取ってくださったのです。ですが、お姉様にご迷惑をおかけしたくなくて、住み込みで働かせてもらってるんです。それまで、お姉様は一人でお店を切り盛りしていたそうです」


「そうなの……」


「お姉様にご迷惑をかけたくなくて、頑張ってきたのに……。これじゃあなぁ……」


 凛も落ち込んでしまう。

 当然であろう。牡丹の為に頑張ってきたというのに、妖のせいで連れ去られてしまったとなれば、牡丹に迷惑をかけてしまったと思うのも無理もない。

 何とかして、妖を倒して、凛を救わなければならない。

 柚子は、そう心に決めて、今度は柚子が凛を励ました。


「だ、大丈夫よ。私がいるわ。私に任せて」


「で、でも、柚子さん、武器ないんですよね……?」


「あ……」


 励ました柚子であったが、肝心なことを忘れていた。

 今、柚子は武器を持っていない。それも、宝刀も宝器もない。

 いくら励まされても、彼女にとっては不安でしかないのであろう。

 自分の無能さに打ちのめされた柚子であったが、突然、妖が戸を開け、柚子に迫ってきた。

 凛はおびえるように柚子にしがみついた。

 柚子は、守るように凛の前に出た。


「おい、そこの貴様、来い。うちの長がお前に会いたがってる」


「え?」


 なんと、呼ばれたのは凛ではなく柚子の方であった。


 

 柚子は、妖に連れられた。

 階段を何回も上がらされた柚子は、最上階に牛耳っている者がいると確信した。


「姉さん、連れてまいりました!」


「へぇ、この子が特上の子?確かに美人よね~」


 美人という言葉を耳にした柚子は、殺意が湧くが、とりあえず何とか耐えた。ここで、抵抗しても天月がなければ、妖を倒すことはできない。

 女性を誘拐させた妖がどのような奴なのか見極める必要があると判断し、心を落ち着かせた。

 女言葉を使った妖のようだが、どこか違和感がある。

 いや、話し方に違和感があると言ったほうがいいのだろう。


――あれ?声が……。


 そう、声はどう考えても男性の声である。姉さんとは呼ばれてはいたが……。

 女性に真似て高くしているのだが、異質であり、気持ち悪い声だ。

 何やら嫌な予感がすると予測していた柚子であったが、突然灯が照らされ、柚子は思わず、目を閉じてしまった。

 そして、そっと目を開けたのだが、目の前にいる妖を見た途端、ぎょっとした顔をしてしまった柚子なのであった。


「はぁ~い。お嬢さん、いらっしゃ~い」


 女言葉で話していたのは、なんと男の妖であった。

 しかも、女物の装束を身にまとって。

 服装は女性なのだが、顔はどこからどう見ても男だ。

 そう、目の前にいる妖はいわゆる「おかま」であった。

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