第四十二話 もやもやした気持ち

 九十九が聖印京を去ってから一週間がたった。

 九十九が去った後、朧達は、九十九を探したが、聖印京のどこにもいなかった。外も探したが彼の姿を見つけることはできなかった。

 月読が下した決断は、九十九の捜索はせず、することも禁止とした。もし、九十九が敵として殺しに来るようであれば、九十九を殺せと命じられた。

 朧は珍しく反論するが、それでも聞き入れてもらうことはできなかった。綾姫も交渉を試みたが、それさえも今の月読には通用しなかった。

 月読も怒りを内に秘めているのであろう。九十九が自分の命令に背いて、聖印京を去ったことを。

 九十九がいなくなったことで、柚月は心が晴れると思っていたのだが、なぜかもやもやだけが残ってしまった。

 落ち込んだ朧を見たからであろうか、それとも……。


 

 柚月達は、いつも通り、任務を達成し、離れに戻ってきた。

 夕刻になり、食事をとることにした。料理は一品多く作ってもらっている。表向きは、また減らしてしまうと何か感づかれてしまう可能性があったからだ。だが、いつでも、九十九が戻ってきてもいいようにという計らいもある。

 戻ってきてくれることを願ってはいるが、未だ九十九の行方はわからなかった。

 いつも通りの食事なのだが、どこか寂しさを感じる。景時や透馬が柚月をからかって騒いでいるが、どこか物足りない。

 その理由もわかってはいるが、誰も口にはできなかった。

 

「なぁ、そういえばさぁ」


「ん?どうしたの?」


「九十九がいなくなったってことは、特殊部隊ってどうなるんだ?」


 特殊部隊が発足されたのは、九十九の存在を隠すため。秘密を知っている者たちで情報を共有できるようにとのことだった。そうすれば、柚月の負担も少しは減らせるだろと考えたからだ。

 だが、九十九が行方不明になってしまった以上、特殊部隊は意味をなさないのではないかと透馬は不安に駆られていた。

 また、皆がバラバラになってしまうこと、そして、九十九の居場所がなくなってしまうのではないかということを恐れて……。


「柚月君、何か聞いてる?」


「……特殊部隊は、このまま続投と聞いた。おそらく、すぐに解散させるわけにはいかないのだろう」


「表向きは、朧様の護衛と妖の討伐ですからね」


 特殊部隊の事は大々的に発表してしまっている。すぐ解散というわけにはいかないのであろう。

 何か感づかれてしまう可能性がある。

 一応、特殊部隊は、続投という形でとどまったが、いつまでも続けることは難しい。

 九十九が見つからない限りは、いつかは、解散の可能性も高いだろう。

 だが、捜索は禁じられている。九十九が戻ってくる可能性は低い。

 見つけるのも至難の技であった。


「……ごちそうさま」


「もう、食べないのか?」


「うん、食欲がなくて……」


 ここのところ、朧は食欲がないようで、半分以上も食べていた料理も今では半分以下だ。

 相当落ち込んでいるようだ。九十九の自由を願っていたとはいえ、いざ行方不明となると心に穴が開いた気持ちなのだろう。

 そんな朧の様子を見ていた柚月もまた、暗い表情を浮かばせた。

 本人は、気付かないうちに……。


「大丈夫だよ。今日、診察したけど、体に異常はなかった。まぁ、食欲がないのは心配だけど。全く食べれないわけじゃないから」


「そ、そうだな」


 景時もこうして診察して朧の事を心配してくれている。九十九が行方不明になってから毎日診察してくれていたのだ。

 景時は、落ち込んでいる柚月をはげまし、柚月はうなずくが、やはり、まだ落ち込んでいるようだ。

 綾姫達も柚月の様子を見て、心配していた。



 次の日、月読から任務を言い渡される。

 柚月は、朧の様子も話し、朧を離れに残したいと訴えるが、月読は特殊部隊の任務は朧の護衛と妖の討伐だと。どちらの任務も達成させるためには、朧を残しておくわけにはいかないと却下されてしまった。

 柚月は、九十九の捜索をと言いかけるが、飲みこむように内にとどめてしまう。

 仕方なしに月読に従うほかなかった。



 柚月達は、森へと入る。

 そこには大量の妖が柚月達を待ち受けていた。

 朧のためにも早く任務を終わらせたいと願っていた柚月は、綾姫達に指示を送った。

 綾姫、夏乃に朧の護衛を任せて、景時と透馬は範囲攻撃を仕掛けるよう指示、自分は異能・光刀を発動して、一気に妖を蹴散らすという作戦に出た。


「綾姫、夏乃、頼むぞ」


「承知いたしました」


「気をつけて」


「ああ」


 柚月、景時、透馬は前に出る。

 宝刀、宝器を取り出し、妖達に向けて構えた。


「景時、透馬、行くぞ!」


 柚月は、雄たけびを上げ、妖の群れに突っ込んだ。

 このもやもやした気持ちを吹き飛ばすかのように妖達を切り刻む。

 単身妖の群れで戦う柚月を見て、朧は彼の身を案じていた。

 柚月は強い。だが、彼の様子はどこかおかしい。冷静ではないことは確かだ。怪我をしないか心配だった。

 そんな朧の心配をよそに、柚月達は、妖を全て討伐したのであった。

 妖を討伐し終えた柚月は、荒い呼吸を繰り返す。それもいつになくだ。

 だから、余計に心配してしまう。無理をしているのではないかと……。


「兄さん、大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ」


「よかった……」


 朧は笑顔を見せるが、どこか元気がない。

 彼の顔を見るたびに柚月の心が痛んだ。


「……戻ろう、朧」


「うん」


 柚月の優しい声を聞いて朧はうなずく。

 だが、前のようなやり取りではない。お互い気を使っているように思えた。



 柚月達は、聖印京に戻ってきた。

 すると、門の前にはなんとあの虎徹が柚月達を出迎えたのであった。


「あれ?お前さん方、討伐の帰り?」


「虎徹様!」


「師匠、なぜここに?」


「ん~、散歩かな?」


 また、いつもの嘘だ。散歩だけで門の前にいるわけがない。しかも、柚月達と偶然に遭遇するとも思えない。何かあると柚月は思ったのだが、反論する気にもなれない。

 いつになく張り合いがないと感じたのか、虎徹は、冗談を続けるのをやめてしまった。


「と言うのは冗談だ。柚月の様子を見にな」


「俺の、ですか?」


「そうそう。そういうわけだから、ちょっと柚月借りていいか?」


「はい」


 綾姫はうなずく。

 今は、柚月を虎徹に託したほうがいいと判断したのだろう。


「しかし、師匠、俺は母上に報告を……」


「報告なら私がしておくわ」


「ここのところ、柚月君、任務で大変だったでしょ?少し休みなよ。休まないと体によくないからね」


 綾姫の気づかいに柚月は気付く。柚月も自分が無理をしていることにようやく気付いたようだ。

 だが、朧のことが心配だ。自分が側にいてやりたいと思うのだが、その不安を一瞬だけ吹き飛ばすかのように透馬が柚月の肩に手を置いた。


「ま、朧の事は俺達に任せろって」


「……なら、そうさせてもらおう」


 今は綾姫達に任せておこう。そう判断した柚月はうなずく。

 綾姫達は朧を連れて、去っていった。


 

 柚月は虎徹と街中を歩く。

 だが、虎徹は食べ歩きばかりで肝心の話は一切始めてこない。

 虎徹が自分を気遣っているというのは自分の妄想だったのかと疑惑が浮かび上がるほどに。

 柚月は、待つことに耐えられず、虎徹に質問をし始めた。


「で、師匠、話があるんじゃないですか?」


「そうそう。勝吏から話を聞いてさ」


「……何をですか?」


「お前さんの元気がないって。勝吏、すごい心配してたぞ」


「俺がですか?朧じゃなくて?」


 柚月はあっけにとられる。話と言うのは自分のことらしい。

 てっきり、朧のことを聞かされるのではないかと思っていた。自分だとは思いもよらなかったようだ。

 虎徹は、残っていた食べ物をぺろりと平らげた。


「いや、朧も確かに元気がないけど、お前さんの方が深刻だって言ってたけど」


「……」


 柚月は黙ってしまう。

 確かに、今の自分はどこか調子が悪い。朧が落ち込んでいるからだと思っていたが、そうでもないかもしれない。

 いや、朧よりも落ち込んでいるとは自分では気づかなかったようだった。


「あれ?自分では気づいてなかったのか?」


「はい」


「で、何があったんだ?」


「……九十九がいなくなってしまって」


「へぇ、あの小狐がね……。珍しいこともあるもんだな。で、なんでいなくなったんだ?」


 虎徹は急に真面目な顔になる。

 確かに、九十九がいないことには気付いていたが、いなくなったとは考えなかったのだろう。

 だからこそ、九十九がいなくなった理由を尋ねた。

 九十九がそう簡単に朧から離れるとは思っていないようだ。

 虎徹にうそをついても、見抜かれてしまうと考えた柚月は観念したように話し始めた。


「……俺の不注意と言うか。その……俺が悪いんです。詳しくは言えませんが……」


「後悔してるってこと?」


「……わかりません。自分がどうしたいのか」


 虎徹は九十九がいなくなった理由を詳しく聞こうとはしなかったが、代わりに柚月の心情について尋ねた。

 今の柚月は後悔しているようにしか見えない。

 だが、柚月は今自分がどう思っているのか、どうしたいのかわからず出口の見えない森の中をさまよっているような状態だった。


「まぁ、自分ではわからんことなんてよくあるもんさ。けど、自分の気持ちに素直になることも大事な事だろうな」


「自分の気持ちに……」


 虎徹はそれ以上の事は聞かないが、柚月に助言を与えた。

 今は、それがいいと判断したのだろう。

 その助言は柚月に効果的のようだ。少しだけ、出口が見えてきたらしい。


「俺が言えることはこれだけだ。じゃな」


 虎徹は手を振って、歩き始めてしまった。

 自由気ままな師匠ではあるが、こう言う時の助言は適格だ。全くもって恐れ多い。

 柚月は自分の気持ちを尋ねるように胸に手を当てた。


「自分の気持ちに素直になる、か……。なれるだろうか……」

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