第三十七話 とても儚く、切ない

 任務が終わり、すでに夕刻だ。空が夕日に染められた。

 柚月達は、九十九を部屋に残し、裏口の戸へと歩き始めた。

 任務を達成できたからなのか、豪華な料理を待ち遠しく思っているからなのか、透馬はいつになく、楽しそうだ。ピョンピョン跳ねるように歩いている。ただ、一人浮かれているように思えるが……。


「今日のご飯は何だろうな、柚月!」


「黙れ。騒ぐな。死ね」


「ちょ、最後、ひどくね!?」


「まぁまぁ」


 柚月は相変わらず透馬にだけは厳しく、度を超えた暴言を吐く。

 透馬は、突っ込みを入れるが、朧が透馬をなだめた。最近ではよくあるやり取りだ。なんだかんだ言って、二人は仲がいいはず。と思いたい朧達なのであったが、柚月は本気で透馬を冷たくあしらっているのかもしれない……。

 なぜなら、柚月は今日も透馬に対して冷たい目を放っているからであった。


 二人がやり取りをしているうちに、柚月達は裏口の戸にたどり着く。

 いつもながら豪華な料理が柚月達を出迎えてくれるのだが、柚月達は、なぜ違和感を覚えたように料理を眺めた。


「ん?なんか、いつもと違うよね~?」


「はい。何が違うんでしょう?」


 やっぱり、のんびりとした問いかけをするのは景時だ。それも、毎度毎度ニコニコとほほ笑んでいる。

 そんな景時に対して、朧は冷静に尋ねる。だが、二人もその違和感の正体に気付かない。

 何かが違うのはわかっているが、何が違うのはさっぱりのようだ。


「一品、多いような気がするが……」


「そうですね……。ですが、なぜでしょう?」


 どうやら、違和感の正体は料理の数のようだ。いつもと比べて一品多い。だが、なぜ、一品多いのか理由も知らない。

 柚月も腕を組んで首を傾げる。夏乃もわからないようだ。

 答えが出ない彼らの様子をうかがっていた綾姫はくすくすと笑い始める。いったい何がおかしいのだろう?

 綾姫の様子に気付いた夏乃は、不思議そうに綾姫に尋ねてみた。


「どうされました?綾姫様」


「実はね、私が頼んだの。一品多く作ってって」


「え?なんで?」


 透馬は、間の抜けたような疑問を綾姫に投げかける。

 だが、綾姫は理由を答えようとしない。どこか楽しげに話す彼女はちょっとした意地悪をしているみたいだ。

 綾姫は膳を持ちあげた。


「それは、あとで説明するわ」


 綾姫はにっこりとほほ笑んで、歩き始める。

 何があったのかわからない柚月達は、呆然としていたが、慌てて膳を持ちあげ、歩き始めた。



 柚月達は、料理を部屋まで運んだ。

 ゆったりとくつろいでいた九十九は、料理のにおいをかいだ途端、ぴょんと起き上がった。

 その姿は、狐と言うよりも犬に近い。飼い主の帰りを待っていたかのような犬に……。


「おっ、うまそうな料理だなって一品多いな」


「気付くのはやっ!」


 なんと、九十九は違和感の正体を一発で当ててしまう。思わず透馬は突っ込みを入れてしまった。

 五感が優れている九十九にとっては、簡単なことなのであろう。全くもって恐れ多く思ってしまう。これで頭もよければ、言うことなかっただろう。と思ってしまう柚月なのであった。さすがに、本人の目の前で言わないだろうが……。


「さっすが九十九君!目、いいんだね」


「ああ、頭もよければ、よかったんだろうけどな」


「悪かったな」


 結局、言ってしまった柚月。冗談ではなく、本気で毒を吐いているようだ。

 九十九は、ぴくりと顔を引きつらせるが、料理を食する前に喧嘩などする気はない。

 ここは、あえて耐える選択を選んだ。


「それで、なんで、一品多く作ってもらうよう頼んだんだ?」


 違和感を一発で当てた九十九だが、やはり、その理由は九十九もわからない。

 柚月達も答えが知りたいようで綾姫に視線を送る。

 ここまで答えをじらした綾姫は、やっと口を開け、答え合わせを始めた。


「一品ずつ、九十九にあげようと思って」


「ん?俺にか?」


「ええ」


「なんでだ?綾姫」


 九十九は、綾姫に尋ねる。それも自然に綾姫と呼んでいた。

 千城家の事件が解決し、朧も救われた。もちろん、自分たちの活躍もあってのことなのだが、成徳を追い詰めたのは綾姫の行動があってのことだ。そうでなければ、自分たちも処刑となっていたかもしれない。

 しかも、離れが賑やかになったのも綾姫のおかげである。九十九は感謝の意を込めて、綾姫と呼ぶようになった。


「朧君、最近食べる量が増えたでしょ?」


「あ、はい。そうですね。食べれるようになりましたから」


 あれからというもの、体力をつけた朧は、食事の量も増えた。まだ、完食とまではいかないが、初めよりはだいぶ摂取できるようになってきた。


「そうなると、九十九の食事量は減るでしょ?」


「まぁ、そうなるな」


 朧の食事の摂取量が増えたのは喜ばしいことだ。だが、増えれば増えるほど、九十九の食事量は減ってしまう。

 妖は、食事をとる必要がないが、九十九は料理を好んで食べる。それも、誰よりもおいしそうに。

 朧がおいしそうに食事をするため、九十九は、減っていても何も言わなかった。

 綾姫はそのことに気付いていた。


「だから、一品多く作ってもらって、九十九にあげれば……」


「九十九君も、より多くの料理を食べれるってわけだね~」


「さすがです。綾姫様」


 綾姫は、九十九も料理をとれるようにと考えた結果、一品多く作ってもらい、それを一品ずつ、九十九に分けるという提案が浮かんだのであった。

 綾姫の素晴らしい発案に夏乃は、感心する。

 朧達も、感心しているようだ。柚月を除いて……。


「と、いうわけだから。はい。九十九」


 綾姫は、一品、九十九に渡す。朧達も続けて一品ずつ、九十九に渡し、九十九は嬉しそうに料理を受け取るのであった。

 だが、柚月は料理を渡すのを少しためらっていた。先ほどのこともあって渡しづらいのであろう。最も、慣れ合うこともしたくないという感情も相まっているようだ。

 だが、自分だけ渡さなかったため、注目が集まってしまう。柚月は、ますます渡しづらくなったようだった。


「ほら、兄さんも」


「……わかった。ほら」


 朧に、諭されて柚月はしぶしぶ一品九十九に渡す。

 柚月から渡された料理を九十九は、不器用ながらも手に取る。

 九十九の目の前には柚月と同じように豪華な料理が並んでいる。彼らと同じ量の料理を食べるのは九十九も初めてだ。

 九十九は目を輝かせて料理をじーっと見た。


「あ、ありがとうな!」


 九十九は満面の笑みを柚月達に見せる。その笑顔はまるで無邪気な子供のようだ。妖であることを忘れるくらいに。

 柚月は、どこか複雑な感情を抱いたようで、すぐさま、料理を口に運び始めた。

 朧達も、柚月に続いて料理を口に運ぶ。九十九も豪快に料理を食べ始めたのであった。

 だが、やはり、九十九は美味しそうに料理を食べた。本当に無邪気な子供のように……。



 食事を終えた柚月達は、お茶を飲みながらゆっくりとくつろいだ。


「そう言えば、今日で、一か月になるんだよな?」


「何がだ?」


 透馬は、思いついたように話すが、何のことだか柚月には思いつかないようだ。

 見かねた景時が、これまた楽しそうにニコニコとほほ笑みながら透馬の代わりに答えを出した。


「何って、みんなと暮らし始めてからだよ~。ね?とーま君」


「そうそう」


「あー、そんなに立ったのか……」


 答えが出たはずなのに、柚月はげんなりしている。

 正直、この一か月間、騒がしかったのであろう。いや、疲れるほど大変だったであろう。

 隊長として取りまとめなければいけないということもあったが、任務よりも、景時や透馬にいじられ、なぜか九十九も参戦し、柚月は振り回される羽目になった。

 彼らと共に暮らし始めてから一か月もの間、柚月は振り回されたのかと思うとげんなりすることしかできなかった。


「もう一か月になるんだね。なんだか、早いね」


「おう。本当、月日がたつのははえぇな」


 この一か月はあっという間だ。みんなで暮らし始めたのが昨日のように思える。月日がたつというのは感慨深い。

 しみじみと思ってしまう柚月達なのであった。


「僕、すごく楽しい。みんなと一緒に過ごせて」


「ええ、私もそう思います」


「まるで、家族みたいね」


 綾姫の発言を耳にした九十九は綾姫を見る。

 何か気になることがあるかのように……。

 それもそのはず、九十九は聞いてしまったからだ。綾姫がみんなと暮らそうと月読に提案した本当の理由を……。

 綾姫は赤い月が出たら、自分は死ぬ。その日は遠くない。だから、思い出を作ろうと。そのために、柚月達、みんなで暮らすことを提案した。

 とても儚く切ない秘め事……。

 綾姫を見て、九十九は思いだしてしまった。

 みんなと暮らし始めてすぐのことだった……。



 ある夜の事、九十九は綾姫を庭へ呼びだした。それも、誰にも気付かれないようにと命じて。

 なぜ、自分が呼びだされたのか思いつかない綾姫は、いつもと変わりない様子で九十九に問いかけた。


「何かしら?話って」


「聞きてぇことがある。お前、死ぬってどういうことなんだ?」


「……聞いてたの?」


「耳がいいからな」


 意外な質問だったのであろう。まさか、自分と夏乃とのやり取りを聞いていたとは。

 誰にも気付かれないように、夏乃にだけ聞こえるように小声で話したつもりだったのだが、それでも、九十九には聞こえてしまったのであろう。

 綾姫はふと悲しそうな表情を浮かべる。いつもならごまかしてしまうのだが、その余裕すらない。綾姫が死ぬというのは、嘘ではなく真実のようだ。

 綾姫は九十九から目を背けるようにうつむいた。


「……それは言えないわ。話したくないの」


「なんで、話したくねぇんだよ。理由くらい聞かせろ」


「あなたにだってあるでしょ?話したくない事。それとも、話したら聞かせてくれるの?椿様を殺した理由」


「……」


 さらに、問い詰められた綾姫は苛立ち、思わずきつく当たってしまう。

 綾姫も九十九が椿を殺したことは月読から聞かされている。最初は、綾姫も柚月と同じように九十九を利用しようと考えていたのだが、接していくうちに、九十九を受け入れた。

 誰よりも義理固く、情に熱い。まるで人間のようだ。椿を殺したことも何か理由があるのだろうと思えるほどに。

 だからこそ、言うつもりなど一切なかったが、聞いてほしくないことを問い詰められてしまい、思わず口からこぼれてしまった。

 その言葉は、九十九の心に深く突き刺さってしまっただろう。傷口をえぐるように……。

 九十九も何も言えず、綾姫は我に返った。


「ごめんなさい。言いすぎたわ」


「いや、問い詰めるような真似して悪かったな」


 九十九も綾姫も自己嫌悪に陥ったようだ。お互い謝罪した後、何も言えず、沈黙が続いた。

 だが、綾姫は意を決したかのように重い口を開けた。


「……この事、柚月達には言わないで。知ってほしくないから」


「……お前は、それでいいのか?」


「ええ。知ってしまったら、同じようには過ごせないわ。私は今を大事にしたいの。戦いの中でも笑って過ごせるならそれでいい。知られるのだけは耐えられない」


「……わかった。黙っておいてやるよ。それが綾姫にとって辛くないんならな」


 綾姫の儚く、切ない秘め事を知った九十九は、綾姫の願いを受け入れ、そこで初めて綾姫と呼んだ。

 悲しくも辛い決断を受け入れた時の綾姫の表情は椿によく似ている気がしたからかもしれない。もしくは自分と同じように言えない秘密を抱えているからかもしれない。

 九十九は綾姫を見守ろうと心に決めた。



 どこか呆然と綾姫を見ていた九十九の様子に気付いた朧は、九十九を不思議そうに見つめるが、九十九は朧の視線に気付かなかった。

 

「九十九?」


「ん?」


 朧に呼ばれた九十九はようやく朧が自分を見ていたことに気付いた。


「どうしたの?」


「いや……なんでもねぇ」


 朧に尋ねられた九十九だが、何も言えなかった。

 また一つ、朧にも言えない秘密を抱えることは心苦しい。だが、一度は綾姫の願いを受け入れた。

 たとえ朧が、何かに気付いたとしても九十九は決して話さないことを改めて心に決めた。

 そんな九十九の様子をうかがっていた柚月であったが、顔をしかめる。

 九十九が、任務中で独断行動をしたこともあってか、機嫌が悪くなったようだ。

 だが、自分の心情を気付かれたくない柚月は、ため息をつくことで感情を押さえた。



 夜になり、みんなが寝静まった頃、柚月は夢を見ていた。

 だが、その夢は悪夢のようだ。柚月は、汗をかき、うなされていた。



 柚月が見ていたのは、あの五年前の夢。

 赤に染まった聖印京を駆け巡る柚月は、息を切らし、恐怖をこらえてとある部屋にたどり着く。

 だが、目にしたのは妖狐……九十九に殺される椿の姿であった。


「姉上!」




「!」


 悪夢にうなされた柚月は、目を覚まし、起き上がる。

 額に汗をかき、肩で呼吸を繰り返した。


「まただ。また、あの夢……」


 このところ、柚月は毎晩のように悪夢を見る。昨日も今日も……。

 その悪夢を見たがために、機嫌が悪くなってしまった。

 しかし、なぜ、あの悪夢を見るのか柚月にはわからない。九十九を許すなと言っているのだろうか、あるいは、守れなかった自分を責めているのだろうか……。


「なぜだ。なぜ、あんな夢を……」


 悪夢にさいなまれた柚月は一筋の涙をこぼした。

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