第三十八話 影に潜む者達

 かつて、天鬼が潜んでいた塔の最上階から外を眺めている男がいた。

 あの天鬼の側近らしき男だ。男は影に隠れている。まるで潜んでいるかのようだ。

 男は妖の妖気が消えたことに気付いた。それも一匹だけではない。多くの妖の妖気が一気に消え去った。


「また、妖が減ったか。人間共が……」


 男は人間に対して、怒りをあらわにしているようだ。

 最近、妖の数が減った。この一か月間でだ。

 昨日も大量の妖を投入させ、人間の魂や命を奪おうとしたが、柚月達に討伐されてしまった。

 特殊部隊が発足し始めてから、妖の討伐数は以前よりも増えている。

 妖は人間の命や魂を奪うことで寿命を増やし、生きながらえてきたが、このままでは、天鬼が戻る前に、ほとんどの妖が討伐されてしまう恐れもあった。

 男は正直焦っていた。妖達を自分はまかされたのだが、減る一方だ。もし、この事が天鬼に知られたりでもしたら、殺される可能性もある。

 無能な四天王など天鬼には不必要だからだ。

 だが、どのような作戦を練ればいいのか、男には思いつかなかった。


「ねぇ?また殺されちゃったわよ?これじゃあ、天鬼様に叱られちゃうわね」


 妖艶な女性の声が聞こえてくる。だが、彼女も影に隠れていて、男から彼女の姿は見えない。

 女性は、焦っている様子はなく、楽しんでいるようだ。男が、追い詰められる姿が見たいのだろうか。

 彼女の様子に気付いている男は女性をにらんだ。


「私をあざ笑っているのか?」


「まさか、心配してあげてるのよ?天鬼様に知られたくないでしょ?」


「ちっ」


 女性は心配しているとは言っているものの、そぶりなどは一切感じない。

 やはり、あざ笑っているようだ。男は腹立たしさを感じ、舌打ちをした。


「仕方がないよ。あの九十九が人間側についたんだから。僕らを裏切って」


 女性の隣から少年の声が聞こえてくる。その少年の姿も影に隠れて男からは見えない。だが、無邪気な声をしている。悪意を帯びた無邪気な声の……。

 妖の討伐数が増えたのは、単に柚月達が特殊部隊を発足させただけではない。九十九が柚月達と共闘しているからであろう。

 彼らだけでも妖たちにとって強敵だというのに、九十九まで加わってしまっては、妖達に勝つ術は到底見つかるはずもなかった。


「九十九……。もともと気に入らない奴だったが、まさか、裏切るとは思わなかったな」


「そうだね。で、どうするの?九十九、殺しちゃう?」


「駄目だ。天鬼様はそれを許さない。そむけば我々が殺されてしまうだろう」


 少年は、九十九を殺すことを提案するが、男はそれを許さなかった。

 なぜなら、天鬼がそれを望んでいないからだ。男も九十九を殺すことを天鬼に提案したが、聞き入れてはもらえない。はじめは、男も天鬼が不在の時に殺してしまえばいいと考えてはいたが、もし、天鬼が不在の間に、九十九を殺してしまったら、自分たちの命は保証できないであろう。それゆえに男は妖達を放って、九十九を殺させようとたくらんではいたが、結果柚月達に討伐されてしまった。


「ツクモ……コロス……。ユルサナイ……」

 

 少年の隣から獣じみた声が塔に響き渡る。どうやら、本当に少年の隣には獣がいるようだ。

 ゆっくりとしたしゃべりではあるが、憎悪が込められているようだ。

 

「九十九は殺すな。お前は天鬼様に殺されたいのか?」


「……」


 男に止められてしまった獣は唸った。怒りを抑えようとしているのか、あるいは、怒りを抑えられないのだろうか。その唸り声は一層、塔に響いた。

 男は、ため息をつく。完全に行き詰まりのようだ。

 九十九は殺すべき存在だが、殺せない。かといって野放しにすることもできない。

 誰も答えを出せないかと思っていたが、女性が思いついたように語りかけた。


「なら、こっちに引き入れちゃえばいいんじゃない?あたしは大歓迎よ」


「ちょっと、裏切り者を引き入れるとか本気で言ってる?」


「あの九十九がこちら側につくとは思えんな」


「そうそう。今の九十九は、僕らにとって敵も同然なんだよ?彼は人間を守ろうとしてるし……」


 女性は、突拍子な提案を出すが、男も少年も却下する。

 当然であろう。あの九十九が、戻ってくるとは到底思えない。

 再び行き詰ったかのように思えたが、少年は、会話をやめてしまう。


「待てよ……」


「なんだ?どうした?」


 少年は何か思いついたようだ。

 彼の様子をうかがっていた男は少年に尋ねた。

 少年は、男の質問を無視し、ぶつぶつと呟き始める。この時の少年は、恐ろしい。なぜなら、こういう時は、恐ろしい提案を話し始めるからだ。

 誰も思いつかないような方法を……。

 少年は満足そうにうなずいた。


「うん、いい考えを思いついた」


「何よ?いい考えって。もしかして、九十九を引き入れる方法?」


「ダメダ……ツクモハ……コロス……」


 女性は嬉しそうに尋ねるが、獣は憎悪を募らせ、拒否する。

 少年は、獣の頭を撫でるが、獣は、毛を逆立てるように唸り、威嚇する。少年は、ため息をついた。


「まぁ、落ち着いてよ。彼を人間側から引き離せば、確実に奴らの戦力は落ちる。でも、裏切り者には罰を与えないと」


「だから……殺せはしないと……」


「あいつに奇襲をかけさせればいいのさ。そうすれば、僕らは身を守るために彼と戦わなければならない。その後、彼を捕まえるもよし、殺すもよしでいいんじゃない?」


 男が少年の提案を否定すようとするが、少年はさらに続けた。

 その提案は、九十九をこの塔におびき寄せるという方法である。

 九十九自らが奇襲をかければ、彼らは戦わざるおえない。たとえ、殺してしまったとしても、正当防衛だと天鬼に言い訳してしまえばいいとでも思っているのだろうか。

 なんとも恐ろしい提案だろうか。だが、彼の説明を最後まで聞いた男たちは、納得したような顔つきに変わった。


「いい案ね。あたしは大賛成だわ」


「確かに、あの男をとらえれば、天鬼様もお喜びになられるかもしれないな。だが、どうやって、奇襲をかけさせる?そう簡単にはいかぬと思うぞ?」


「ツクモ……テゴワイ……」


 彼らは九十九をとらえるという方向でいこうとしている。だが、相手は九十九。天鬼の右腕を灰にした手ごわい妖狐だ。

 たとて、九十九を罠にはめて、奇襲をかけさせたとしても、彼らは、九十九をとらえられるとは思えないようだ。

 しかも、どのように奇襲をかけさせるかも思いつかない。


「そうだね。彼は、手ごわい。けど、彼は以前と違って弱点があるのさ」


「ジャクテン?」


 獣は、少年に尋ねる。

 あの九十九に弱点などあっただろうか。男も女性も答えが出ないようだ。

 少年は、自慢げに九十九の弱点を説明し始めた。 


「そっ。彼についている少年さ」


「ああ、あのうっとしい子供ね。九十九にまとわりついて」


「彼をうまく利用すれば、奇襲をかけさせることなんて簡単だよ」


 どうやら、彼についている少年とは朧のことのようだ。少年は、朧を利用して九十九を塔におびき寄せるらしい。

 確かに、朧は九十九の弱点とも言える存在であろう。男たちは、納得するが、まだ答えは見えてこない。


「だが、どうやって利用するつもりだ?あの少年には九十九と天鬼様と戦った鳳城柚月と言う男がついているのだぞ?あの光刀の男が……」


 男たちは、柚月の存在も懸念している。柚月は天鬼と互角に戦った男だ。しかも、九十九と共に行動しているという噂も聞いている。

 朧を利用するためには柚月の存在は彼らにとって邪魔となっているだろう。だが、柚月は簡単に殺せる相手ではない。

 それでも、少年は、自信ありげな様子で話を続けた。


「でも、あの厄介な男なら、僕たち四天王の敵じゃないさ。問題ないよ。それに、九十九を人間側から引き離す方法だって考えてる」


「どうするつもりなの?全くわからないんだけど?」


「大丈夫、僕に任せてよ」


 全く答えが見えてこない男たちに対して、少年は、不敵な笑みをのぞかせるかのように告げたのであった。

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